著者プロフィール
長谷川政美（はせがわ まさみ）
1944年生まれ。進化生物学者。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士（東京大学）。著書に『DNAに刻まれたヒトの歴史』（岩波書店）、『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』（ベレ出版）、『世界でいちばん美しい進化の教室』（監修、三才ブックス）、『進化38億年の偶然と必然』（国書刊行会）など多数。最新刊は『ウイルスとは何か』（中公新書）。進化に関する論文多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。全編監修を務める「系統樹マンダラ」シリーズ・ポスターの制作チームが2020年度日本進化学会・教育啓発賞、2021年度日本動物学会・動物学教育賞を受賞。



著者プロフィール
小宮輝之（こみや てるゆき）
1947年東京都生まれ。上野動物園元園長。明治大学農学部卒。1972年多摩動物公園の飼育係になる。以降、40年間にわたり日本産哺乳類や鳥類をはじめ、さまざまな動物の飼育にかかわる。2004年から2011年まで上野動物園園長。日本動物園水族館協会会長、日本博物館協会副会長を歴任。2022年から日本鳥類保護連盟会長。現在は執筆・撮影、図鑑や動物番組の監修、大学、専門学校の講師などを務める。著書に『人と動物の日本史図鑑』全5巻（少年写真新聞社）、『くらべてわかる哺乳類』（山と渓谷社）、『いきもの写真館』全4巻（メディア・パル）、『うんちくいっぱい 動物のうんち図鑑 』(小学館クリエイティブ) など多数。

 

すべての生き物をめぐる
１００の系統樹

第86話

チョウチョウウオ科の
系統樹マンダラ

文と写真　長谷川政美・小宮輝之

上図はチョウチョウウオ科の系統樹マンダラである。この科の魚は熱帯から温帯の海に分布し、サンゴ礁に生息するものが多い。丸みをおびた薄い体型をしていて、たいていのものが鮮やかな色彩をもつ。第83話でお話ししたように、チョウチョウウオ科と前回紹介したキンチャクダイ科（エンゼルフィッシュ）とは以前は同じ科に分類されたこともあるが(2)、図83で明らかなように、ユーペルカ類所属不明群＊のなかで独立に生まれた別々の系統である。
＊ユーペルカ類所属不明群とは、旧スズキ目の中核をなすユーペルカ類のなかで所属不明だったもの。

◎鮮やかな色彩のチョウチョウウオ

サンゴ礁に生息する魚には、チョウチョウウオ科に限らず鮮やかな色彩のものが多い。
サンゴ礁では派手な色のカイメンやサンゴなどが多いので、目立つ体の色が逆に敵に見つけられにくい保護色の効果をもつということがある。またこのような色彩には同種の他個体から認識してもらうという面もあるだろう。
条鰭類とは別の絶滅した系統だが、およそ3億年前の棘魚類の化石から錐体細胞と桿体細胞という2種類の視細胞の痕跡が見つかったという。桿体細胞は明暗だけを認識するが、錐体細胞は色を認識するので、この時代から魚には色覚が備わっていたことが明らかになった(3)。古い時代から魚類のコミュニケーションには色覚が大事な役割を果たしていたことがうかがえる。
現在の硬骨魚の大半は4色型の色覚なので、彼らには3色型のわれわれヒトよりも鮮やかな色が見えていると推測される(4)。

◎黒い帯で目を隠すチョウチョウウオ

チョウハンの和名は目を残して顔を覆う長範頭巾(ちょうはんずきん) からきている。英語ではraccoon butterflyfish（アライグマチョウチョウウオ）と呼ばれるが、これはアライグマのような目のまわりの黒い模様からきている。
また白い模様からhalf-moon butterflyfish（半月のチョウチョウウオ）という呼び方もある。学名の種小名lunulaもこの白い模様からきていて、半月形を意味する。

チョウハンも含めてチョウチョウウオ科には目のまわりに黒い帯模様をもつものが多い。
上の写真のスミツキトノサマダイ、レインフォーズバタフライフィッシュ、スダレチョウチョウウオ、フォーアイバタフライフィッシュなどもそうだが、そのような模様は外から見て目がどこにあるかを分かりにくくしている。そのような魚のなかには、尾鰭近くに黒い斑点をもつものが多く、捕食者から見るとあたかもそこに目があるかのような錯覚を抱かせる効果があるのかもしれない(5)。頭を攻撃されたら致命的だが、尾の近くならば攻撃されても逃げおおせる可能性が高いであろう(7)。
危険が近づく気配を察すると、まずゆっくりと後ろ向きに泳ぎ、敵が襲いかかってきたところでいきなり前方へさっと泳ぐチョウチョウウオが観察されているという(4)。この動きが十分に速ければ、敵の攻撃は空振りに終わるし、もしもしくじって尾鰭を嚙みちぎられても被害は最小限で済む。

このほかにも、上の写真のオニハタタテダイやシマハタタテダイ、ミナミハタタテダイ、ブラックピラミッドバタフライフィッシュなどのように、目のまわりに黒い帯模様をもつものが多いが、チョウハン、スミツキトノサマダイ、レインフォーズバタフライフィッシュなどのように尾の近くに偽の目玉模様をもたなくても、本物の目の位置を悟られないようにするだけでも役に立っているようである。

◎日本固有種のチョウチョウウオ

淡水魚には日本固有種が多いが、海は世界中に繋がっているので、海水魚にはあまり日本固有種は知られていない。特に温帯から熱帯域のサンゴ礁などに暮らすチョウチョウウオの仲間は暖かい海域にいろいろな派手な色彩の種が生息している。
そのようななかで日本の海域でしか知られていない日本固有種のチョウチョウウオがユウゼンである。この仲間では珍しい黒っぽい体色に網目模様があり、渋い色の友禅の名にふさわしい。
暗い網目模様は岩肌に産卵する魚の卵を捕食するための岩礁での隠蔽効果があると言われている。小笠原諸島に多く伊豆諸島から相模湾以西の太平洋岸から沖縄島、南大東島の暖かい海に分布している。
日本固有種ではないが太平洋岸の日本海域からフィリピン北部に分布する日本的和名のシラコダイは種小名もnipponである。
同様に日本海域が主な分布域でありRoa modestaとTemminck & Sclegel により1844年に記載されたゲンロクダイがある。年代と命名者からシーボルトによりオランダに送られた標本と思われる(6)。なおゲンロクダイにも目のまわりに帯模様があるが、明るい色なので目を隠す効果はなさそうである。また目玉模様もあるが、尾の近くではない。
ユウゼン、シラコダイ、ゲンロクダイの写真を下に示したが、これらは文献(1)では系統樹解析されていないので、図86AVb8-3-8-3には含まれない。

つづく

1. Chang, J. (2023) The Fish Tree of Life
2. Nelson, J.S., Grande, T.C., Wilson, M.V.H. (2016) “Fishes of the World”, John Wiley & Sons.
3. Tanaka, G., Parker, A.R., Hasegawa, Y., et al. (2014) Mineralized rods and cones suggest colour vision in a 300 Myr-old fossil fish. Nature Commun. 5, 5920.
4. ジョナサン・バルコム（2018）『魚たちの愛すべき知的生活』桃井緑美子訳、白揚社．
5. ヘレン・スケールズ（2020）『魚の自然誌』林裕美子訳、築地書館．
6. 中坊徹次（2018）『日本魚類館』小学館．
7. Kjernsmo, K., Merilaita, S. (2013) Eyespots divert attacks by fish. Proc. Roy. Soc. B280, 20131458.