すべての生き物をめぐる
100の系統樹
第4話
単子葉植物の系統樹マンダラ
文と写真 長谷川政美
図4P1は単子葉植物の系統樹マンダラである。この系統樹マンダラから、1億年以上前の中生代白亜紀の比較的短期間に単子葉植物のたくさんの系統が生まれたことが分かる。
◎イネ科の進化
イネ科はイネ、オオムギ、コムギ、トウモロコシなどわれわれの食料として重要な位置を占めるものであるが、以前はイネ科の主要な系統であるイネやタケなどの系統、コムギやオオムギの系統、トウモロコシやエノコログサの系統という三大系統は、非鳥恐竜が絶滅した6600万年前以降の新生代に生まれたと考えられていた。
ところが草食恐竜の糞化石を分析してみると、恐竜の時代にこの3大系統がすでに分かれていたことが分かってきた(3)。このことは植物食恐竜の糞化石を解析した結果明らかになったことである。
イネ科のエノコログサ。
イネ科植物は土のなかの珪酸を吸収するが、この成分はガラス質の植物珪酸体(プラント・オパール)として残る。イネ科植物が珪酸体を含むのは、ジャリジャリして噛みにくくすることによってなるべく動物に食べられないようにするための適応と考えられる。植物珪酸体は双子葉植物や裸子植物でも見られるが、単子葉植物のイネ科に特に多いのである。
イネ科植物の化石は乏しいので、三大系統がいつ頃分かれたかについての化石からの証拠がほとんどなかったが、植物食恐竜の糞のなかの植物珪酸体がその手掛かりを与えてくれたのである。
植物珪酸体は植物の種類によってかたちが異なる上に、化石として保存される。それを解析した結果、イネ科の三大系統は6600万年前以前の白亜紀の間に揃っていたことが明らかになった。
120年ぶりに開花したイネ科のウンモンチクとハバチの仲間。栗林公園(香川県)にて。
◎さまざまな方向への進化
パイナップル科のサルオガセモドキは、下の図1.全生物界系統樹マンダラで菌界の地衣類であるサルオガセとのあいだの収れん進化の例として紹介したものである。
サルオガセモドキは高い木の枝から垂れ下がっているが、木に寄生しているわけではない。この植物は普通の根を失っているが、葉が根の役割を果たしているのだ。葉は細かい毛で覆われ、わずかな雨や露を葉の気孔から吸収できるようになっていて、自分で光合成も行って、花も咲かせる。木の表面を流れ落ちる水やほこりなどが養分の供給源になっているという(4)。
図1.(再掲) 全生物界系統樹マンダラ。文献(4)の口絵1を改変。中心にある「LUCA(ルカ)」は、あらゆる生物の最後の「共通祖先(Last Universal Common Ancestor)」。時間スケールの「Myr」は百万年単位であるから、この図は10億年の時間スケールで描かれている。ランブル鞭毛虫と襟鞭毛虫の画像は、それぞれ橋本哲男氏と岩部直之氏の提供による。
渦鞭毛藻の画像(©️fjouenne)はwikiより。
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海草(海藻と区別して「うみくさ」と読む)のアマモ科、淡水生のオモダカ科、アオウキクサ(サトイモ科)(以上はすべてオモダカ目)、イネ目のマヤカ科など陸上植物が水生に戻った系統も多い。
このような水生適応した植物の進化は、水から陸上に進出した四足動物(陸上脊椎動物)のなかでも、哺乳類に限ってもクジラ、ジュゴン、アザラシなどたくさんの系統が独立に水生に戻ったことと似ている。
最初に陸上植物や四足動物が陸上に進出した頃には、そこは競争相手がいない新天地だったが、次第に空いている生態的地位(ニッチェ)がなくなってきて、水生に戻るものが現れたのである。陸上の花を咲かせる植物が水生に戻った証拠に、よく見ると図4P1のアマモには花が咲いているのが見られる。
アマモ科のアマモの花は陸上の花を咲かせる植物が水生に戻った証拠。
サトイモ科には水生適応した系統が多いが、図4P1にあるティフォノドルムも水の中に生える。これはマダガスカルに分布し、高さが3mにもなる巨大なミズバショウのように見える。
日本にも分布するミズバショウ
Lysichiton camtschatcenseもサトイモ科であるが、この図に出ているサトイモ科3種に対して一番遠い関係にある(5)。
図にあるテンナンショウはブータンのもので、「ゾウの耳」とも呼ばれる。このゾウの耳のように見えるのは、花の集まりを包む苞葉というものであり、ミズバショウにも同じような構造がある。
◎植物と動物の共進化
ラン科は従来クサスギカズラ目Asparagalesに入れられていたが、分子系統学からはこれに入らない可能性が指摘されている(2)。
ラン科は単子葉植物のなかで最も種数の多い科である。この科はいくつかの亜科から成るが、最大の亜科が15,000種以上を含むセッコク亜科 Epidendroideaeであり、図4P1のなかのマダガスカルのアングレーカム属Angraecumがその一部である(6)。
セッコク亜科の大部分は熱帯の着生植物であり、下の写真は鳥の糞に含まれた種子が木の枝に着生したものである。
鳥の糞に含まれた種子が木の枝に着生したアングレーカム属。マダガスカルにて。
アングレーカム属は昆虫との共進化という点で興味深い植物である。この写真のアングレーカムは、私がマダガスカルの森でたまたま見かけたものであるが、花から距と呼ばれる長い管が下に伸びていて、その管の先に蜜がたまるようになっている。
実はこれと同属の
Angraecum sesquipedaleというランは、もっと長い距をもっている。19世紀に園芸植物としてイギリスに入ってきたこのランを見たチャールズ・ダーウィンは、マダガスカルにこんなに長い距をもったランがあるからには、そこにはこの距の奥まで届くような長い口吻をもったガがいるに違いないと予言した。
ダーウィンの死後1903年になって、彼が予言した通りのスズメガが発見され、
Xanthopan morganii praedictaと命名された。最初はアフリカにいるキサントパンスズメガ
Xanthopan morganiiの亜種とされたのだが、亜種名の
praedictaは「予言されたもの」という意味である。最近は、マダガスカルの「予言されたもの」を
Xanthopan praedictaと独立種にする論文も増えている。
植物には花粉を昆虫などの動物に運んでもらって受粉を助けてもらうものが多い。受粉を助ける昆虫のほう(送粉者という)は、蜜や花粉などを食料としてもらうので、双方にとって利益がある。その際植物にとっては、ほかの種類の植物の花粉を運んでこられたのでは困る。なるべく、自分と同じ種の花粉だけを運んでもらうのが望ましいのだ。一方、昆虫の側からは、自分だけが蜜にありつけることが望ましい。
このように、双方の利益が合致した方向に進化が進んだ結果、現在の
Angraecum sesquipedaleと
Xanthopan praedictaが進化したと考えられる。このような進化を「共進化」という。こうして
Angraecum sesquipedaleの長い距の奥にたまった蜜を吸えるのは、長い口吻をもった
Xanthopan praedictaだけということになったわけである。
共進化したと考えられるアングレーカム・セスキベダレAngraecum sesquipedaleの長い距(左)とキサントパンスズメガXanthopan praedictaの長い口吻。
実はマダガスカルには、
Angraecum sesquipedaleほどの長さではないが、さまざまな長さの距をもったアングレーカム属のランがたくさんある(図4P1にでているものもその一種)。
またマダガスカルには、
Xanthopan praedictaほどの長さではないが、さまざまな長さの口吻をもったスズメガもいる。植物と送粉者の間の共進化によって、それぞれ距と口吻の長さが決まってきたのであろう。
アングレーカム属のランと送粉者であるガの系統樹解析の結果、
Angraecum sesquipedaleが姉妹群(一番近縁なもの)から分かれたのがおよそ750万年前であり、一方送粉者の
Xanthopan praedictaがアフリカの姉妹群(
Xanthopan morganii)から分かれたのもほとんど同じ頃だったと推定される。
つまり、アフリカからマダガスカルに渡ってきたこのスズメガの祖先が新たなパートナーとしてアングレーカム属のランを選び、その後の両者のあいだの共進化の結果、今日見られるようなものが成立したと考えられる(7)。
つづく
【引用文献】
1. Angiosperm Phylogeny Group (2016) An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV.
Bot. J. Linnean Soc. 181, 1–20.
2. Hertweck, K.L., Kinney, M.S., Stuart, S.A., et al. (2015) Phylogenetics, divergence times and diversification from three genomic partitions in monocots.
Bot. J. Linnean Soc. 178, 375–393.
3. 長谷川政美、米澤隆弘 (2010) イネ科植物の進化と動物との関わり.科学 80(2), 128–132.
4. 湯浅浩史(2012)『世界の葉と根の不思議-環境に適した進化のかたち』誠文堂新光社.
5. Cusimano, N., Bogner, J., Mayo, S.J., et al. (2011) Relationships within the Araceae: Comparison of morphological patterns with molecular phylogenies.
Amer. J. Bot. 98(4), 654-668.
6. Freudenstein, J.V., Chase, M.W. (2015) Phylogenetic relationships in Epidendroideae (Orchidaceae), one of the great flowering plant radiations: progressive specialization and diversification.
Ann. Bot. 115, 665–681.
7. Netz, C., Renner, S.S. (2017) Long-spurred
Angraecum orchids and long-tongued sphingid moths on Madagascar: a time frame for Darwin’s predicted
Xanthopan/Angraecum coevolution.
Biol. J. Linnean Soc. 122, 469–478.