すべての生き物をめぐる
100の系統樹
第20話
アゲハチョウ科の系統樹マンダラ
文と写真 長谷川政美
図20AIbi-1-7.アゲハチョウ科の系統樹マンダラ。系統樹は文献(1-7)による。画像をクリックすると拡大表示されます。
図20AIbi-1-7は大型のチョウで構成されるアゲハチョウ科の系統樹マンダラである。アゲハチョウ科は、ウスバシロチョウやギフチョウなどのウスバシロチョウ亜科(Parnassinae)、アオスジアゲハ、ジャコウアゲハ、トリバネアゲハ、アゲハなどのアゲハチョウ亜科(Papilioninae)、それとこの図にはないが、メキシコの固有種ウラギンアゲハ1種のみのウラギンアゲハ亜科 (Baroniinae)の3亜科から成る。
アゲハチョウ科のチョウは英語で“Swallowtail”(ツバメの尾)と呼ばれるが、それは多くの種が後翅にツバメの尾のように長い尾状突起をもつことに由来する。
しかし、例えば同じトンボジャコウアゲハ属であっても、トンボジャコウアゲハのように尾状突起をもつものと、ベルトウムヌスマエモンジャコウのように尾状突起をもたないものとが混在することもある。また次回紹介するアゲハチョウ属のナガサキアゲハ(
Papilio memnon)では、オスは常に、メスはたいてい尾状突起をもたないが、メスではまれに尾状突起をもつものもある(8)。
◎ウスバシロチョウ属
日本にはウスバシロチョウ属(Parnassius)が3種分布している。北海道の大雪山系や十勝連峰の高山地帯(標高およそ1500m以上)にしかいないウスバキチョウ(キイロウスバアゲハともいう;P. eversmanni)と北海道から本州、四国に分布するウスバシロチョウ(ウスバアゲハともいう;P. citrinarius)、それと北海道にしか分布しないヒメウスバシロチョウ(ヒメウスバアゲハともいう;P. stubbendorfii)である。北海道ではヒメウスバシロチョウのほうがウスバシロチョウよりも広い地域に分布する(8)。
中国に分布するウスバシロチョウ属の一部。
上の写真が示すように、ウスバシロチョウ属は中国などでは非常にたくさんの種に分化していて、同じ場所で同時に9種類も見られることがあるという(9)。
◎ウスバキチョウの特異な生活史
ウスバキチョウ(Parnassius eversmanni)。9月6日、大雪山系にて。
ウスバキチョウは日本では北海道の大雪山周辺の高山地帯にしか生息しないが、少し変わった生活史をもつ(10)。日本に生息するチョウのなかには、
前回紹介したアカボシゴマダラのように、春型と夏型をもち、年2回世代交代するものも多いが、ウスバキチョウは丸2年(足掛け3年)かけてようやく成虫になる。
ウスバキチョウは6月頃に羽化するが、メスは羽化直後にオスと交尾し、翌日くらいから産卵する。数週間すると卵のなかに幼虫体が形成されるが、年内は孵化しないで、1年目の冬は卵で過ごす。
大雪山の冬には卵も凍結するが、この状態で氷点下30℃程度までは十分耐凍性があるという。これを「卵内初齢幼虫」というが、翌年6月頃に孵化する。その後4回脱皮して7~8月には5齢幼虫になり繭をつくり、そのなかで前蛹になる。4~5日後には蛹になる。こうして2年目の冬は蛹で越す。翌年の6月頃にようやく羽化する。
冬の期間が長い北海道の高山地帯では、卵や蛹の状態で2回越冬する必要があるのだ。高山では夏でも気象が安定せず、悪天候が続いたり、低温などにより1日の摂食時間が限られたりするので、幼虫の成長に時間がかかるのであろう。
私がウスバキチョウを野生で見たのは1回だけである。上の写真はすでに秋も深まった9月6日に見かけたものであるが、翅の黄色はすっかり退化していて、翅全体がボロボロになっていた。
文献(10)には写真家の渡辺康之さんが撮られた息をのむように美しいウスバキチョウの写真が掲載されている。渡辺さんは30年近く大雪山に通われ、山上での総滞在日数は1000日をはるかに超えているという。
◎春の妖精、ギフチョウの仲間
ギフチョウとヒメギフチョウ。
日本にはギフチョウ属(
Luehdorfia)が2種分布している。ギフチョウ(
L. japonica)とヒメギフチョウ(
L. puziloi)である。どちらも黒と黄色の縞模様で、後翅にオレンジと青の斑紋がある美しいチョウである。ギフチョウは日本の固有種で、本州の中部と南部に分布する。
ヒメギフチョウは東北アジア、日本では本州北部と北海道に分布する。日本海側ではギフチョウの北限は秋田県鳥海山麓であり(ここではヒメギフチョウと分布が重なる)、私が子供の頃に育った新潟県はギフチョウの分布域であった。
一方、太平洋側では関東地方からヒメギフチョウの分布域になる。また、中央部では長野県からヒメギフチョウが分布する。どちらも春先に現れるので、「春の妖精」と呼ばれる。
上の写真が示すように、ギフチョウでは前翅の黄条が先端付近でずれて曲がるのに対して、ヒメギフチョウではまっすぐに伸びる。
ギフチョウの幼虫の食草はカンアオイ、ヒメギフチョウの食草はウスバサイシンなどだが、どちらもコショウ目ウマノスズクサ科のカンアオイ属(
Aristolochia)である。本連載第3話で紹介したように、コショウ目はモクレン目とともに被子植物のなかで単子葉植物と真正双子葉植物が分かれる前に分岐した古い系統の植物である。
ギフチョウ属に近縁なホソオチョウが1970年代から日本で確認されるようになった。このチョウは大陸から人為的に持ち込まれたものと考えられる。ホソオチョウの幼虫の食草もウマノスズクサ科である。
シボリアゲハ属(Bhutanitis):(a)シボリアゲハB. lidderdalii、(b)シナシボリアゲハ B. thaidina。属名から分かるようにブータンと中国などその周辺の国々に分布する。
もう一つギフチョウ属に近縁なシボリアゲハ属は、中国南西部からブータン、インド、ミャンマーにかけて分布する。黒と黄色の縞模様と後翅のオレンジと青の鮮やかな斑紋はギフチョウ属に似ているが、上の2つの写真が示すようにシボリアゲハの後翅には3本の尾状突起がある(ギフチョウでは1本)。幼虫の食草はやはりウマノスズクサ属である。
◎トリバネアゲハ
パラワンアカエリトリバネアゲハ(Trogonoptera trojana)。左がオス、右がメス。
トリバネアゲハには、
図20AIbi-1-7に含まれるメガネトリバネアゲハなどのトリバネアゲハ属(
Ornithoptera)と上の写真が示すパラワンアカエリトリバネアゲハなどのアカエリトリバネアゲハ属 (
Trogonoptera)がある。
これらは、日本で普通に見られるジャコウアゲハに近縁で、モルッカ諸島からニューギニア、オーストラリア北部、さらにインド北部にかけて分布する大型の豪華なチョウである。鳥のような飛び方をすることからトリバネアゲハとかトリバネチョウと呼ばれる。
この仲間のアレクサンドラトリバネアゲハ(
Ornithoptera alexandrae)は開張25cmを超えることもあり、世界最大のチョウといわれる。このチョウはパプアニューギニア東部のわずか100平方キロメートルの範囲の熱帯雨林にしか見られないという(11)。アレクサンドラトリバネアゲハの属名
Ornithoptera は、「トリの翼」という意味である。
図20AIbi-1-7にはメガネトリバネアゲハのオスとメスが並んでいるが、メスはオスの1.5倍ほどの大きさである。オスのほうがメスにくらべて小さいながらきらびやかである。
トリバネアゲハの幼虫はギフチョウ、シボリアゲハ、ジャコウアゲハなどと同様、被子植物のなかでも古い系統の植物であるウマノスズクサ属を食べる。
◎ジャコウアゲハの仲間
アンテノールオオジャコウ(Phamacophagus antenor)のメス。マダガスカル固有のチョウで、ジャコウアゲハの仲間のなかで最大。
ジャコウアゲハの仲間には、日本にも分布するジャコウアゲハなどのジャコウアゲハ属(
Byasa)、トンボジャコウアゲハ属(
Parides)、それと上の写真が示すアンテノールオオジャコウなどのオオジャコウアゲハ属(
Phamacophagus)がある。
◎ベイツ型擬態のカバシタアゲハ
図20AIbi-1-7でアゲハチョウ属と姉妹群の関係にあるカバシタアゲハは、図18AIbi-1-5でも出てきたが、タテハチョウ科のアサギマダラとそっくりである。これは毒をもつアサギマダラに似ることによって、捕食者に食べられないようにしているベイツ型擬態の一例と考えられる。
つづく
【引用文献】
1. Simonsen, T.J., Zakharov, E.V., Djernaes, M., et al. (2011) Phylogenetics and divergence times of Papilioninae (Lepidoptera) with special reference to the enigmatic genera
Teinopalpus and
Meandrusa.
Cladistics 27, 113–137.
2. Nazari, V., Zakharov, E.V., Sperling, F.A.H., 2007. Phylogeny, historical biogeography, and taxonomic ranking of Parnassiinae (Lepidoptera, Papilionidae) based on morphology and seven genes.
Mol. Phylogenet. Evol. 42, 131–156.
3. He, J.-W., Zhang, R., Yang, J., et al. (2022) High-quality reference genomes of swallowtail butterflies provide insights into their coloration evolution.
Zool. Res. 43(3), 367−379.
4. Joshi, J., Kunte, K. (2022) Polytypy and systematics: diversification of
Papilio swallowtail butterflies in the biogeographically complex Indo-Australian Region. bioRxiv preprint doi:
https://doi.org/10.1101/2022.03.23.485569.
5. Wilson, J.-J., Karen-Chia, H.-M., Sing, K.-W., Sofian-Azirun, M. (2014) Towards resolving the identities of the
Graphium butterflies (Lepidoptera: Papilionidae) of Peninsular Malaysia.
J. Asia-Pacific Entomol. 17, 333–338.
6. Wu, L.-W., Yen, S.-H., Lees, D.C., et al. (2015) Phylogeny and historical biogeography of Asian
Pterourus butterflies (Lepidoptera: Papilionidae): A case of intercontinental dispersal from North America to East Asia.
PLoS ONE 10(10), e0140933.
7. Allio, R., Nabholz, B., Wanke, S., et al. (2021) Genome-wide macroevolutionary signatures of key innovations in butterflies colonizing new host plants.
Nature Comm. 12, 354.
8. 白水隆(2006)『日本産蝶類標準図鑑』学研.
9. 渡辺康之(1998)『中国の蝶』トンボ出版.
10. 渡辺康之(2000)『ウスバキチョウ』北海道大学図書刊行会.
11. ベン・ラザリー(2022)『この地球にすむ蝶と蛾』菅野楽章訳、化学同人.