EVOLUTION

 

知の巨人アリストテレス、分類学の父リンネ、

古生物学の創始者キュヴィエと連なる、自然に対する知識を体系化する博物学は、

19世紀半ばにダーウィンとウォーレスの進化論に到達した。

事実に基づき、歴代の学者たちが打ち立てた仮説の数々を丁寧に読み解きながら、

分子系統学の登場で新たな時代を迎えた“進化学の現在”までを追う。



著者プロフィール
長谷川政美(はせがわ まさみ)

1944年生まれ。進化生物学者。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』(ベレ出版)『分子系統学』(岸野洋久氏との共著)『DNAに刻まれたヒトの歴史』(共に岩波書店)『新図説 動物の起源と進化―書きかえられた系統樹』(八坂書房)など多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。進化が一目でわかる「系統樹マンダラ」シリーズ・ポスターは全編監修を務める。

 

進化の歴史

ー時間と空間が織りなす生き物のタペストリー


第43話

中生代の世界とその終焉

文と写真 長谷川政美

◎中生代の世界

中生代を通じて恐竜が繁栄したが、この時期に植物は多様な進化を遂げた。1億4000万年前の白亜紀初期の地層から「被子植物」の最古の花粉化石が見つかっている。多くの「種子植物(被子植物+裸子植物)」は、雄性器官で作られた花粉が雌性器官に受粉することによって起る有性生殖によって子孫を作っている。被子植物は花を咲かせる植物だが、昆虫に花粉を運んでもらって受粉を手助けしてもらうようになったのだ(図43-1)。
「裸子植物」も花を咲かせるが、美しい花は被子植物が作り出したものである。被子植物が出現する前から生きてきた裸子植物は主に風媒という方法で受粉を行なっていた。現在でも花粉症で問題になっているスギなどのように、大量の花粉を風の力でばらまいて雌花に到達させるのであるが、これではあまり効率がよくない。これに対して新しく出現した被子植物は、昆虫を利用して受粉させる方法を発達させた。最初は花粉を食べに来た昆虫が、いくつかの花を巡るうちに受粉の手助けをするようになったのだと考えられる。こうして被子植物と昆虫との共進化が始まった。
植物は昆虫を引きつけるような美しい花を咲かせて、昆虫に花粉を提供する代わりに、受粉の手助けをしてもらうようになった。そのうち、昆虫にとってさらに魅力的な蜜を出すような花が現れた。被子植物のなかで初期にほかから分かれたモクレンの仲間の花は蜜を出さないで昆虫には花粉だけを提供するが、あとから分かれた系統の花はみな蜜を出すのだ。
第39話で、現存の昆虫で見られるさまざまな口器の進化について議論したが(図39-7)、昆虫の口器の祖先型はストロー状のものだと考えられる。しかし、食べ物の変化に応じてストロー状口器から咀嚼機能のある噛み口が進化したり、また逆に噛み口がストロー状の口吻に進化したりといったことが、たびたび起ったようである。
ガやチョウなど鱗翅目の成虫ではそのほとんどが蜜を吸うための口吻になっているが、一つだけ例外がある。鱗翅目のなかで最初にほかから分かれたコバネガ科のガだけは成虫も口吻をもたずに噛み口をもつのだ。従って、初期の鱗翅目昆虫の成虫も噛み口で花粉を食べていたが、その後蜜を吸うのに特化したものが現われ、現在ではほとんどがそのようなものになってしまったものと考えられる。
このような鱗翅目の昆虫と被子植物との共進化は新生代の現在まで続いている。マダガスカルに、アングレーカム・セスキペダレというラン科の植物がある。距という長い管の先に蜜がたまるようになっている花をもったもので、19世紀に園芸植物としてイギリスに入ってきたこの花を見たダーウィンは、マダガスカルにこんなに長い距をもつランがあるからには、そこにはきっとこの距の奥にまで届く長い口吻をもつガがいるに違いないと予言した(図43-1)。
しかし、アーガイル公爵は、ダーウィンの進化論を批判する本を出版し、そのなかでそんなガがいるはずはないとダーウィンの考えを嘲笑した。ウォーレスは、アーガイル公爵の本の書評を書いて彼の議論を批判してダーウィンを擁護した。彼はダーウィンが予言したガはスズメガの一種だと考え、その書評に図43-1のような挿絵を挿入し、ガの発見に期待を寄せた。ダーウィンの死後1903年になって、彼が予言した通りにマダガスカルで長い口吻をもったスズメガが見つかった。

図43-1.アーガイル公爵の本に対するWallace (1867)の書評に載った挿絵。長い距をもったアングレーカム・セスキペダレAngraecum sesquipedale(ラン科)の花の蜜を吸う長い口吻をもったガ。このようなガの存在はダーウィンによって予言されたが、彼の死後、予言通りのスズメガが見つかった。この花はそのようなガに花粉を運んでもらって、同じ種類のほかの花のめしべに受粉するのを助けてもらっているはずだと考えた。この考えはダーウィンが1962年に出版した本のなかで述べられている。
http://lhldigital.lindahall.org/cdm/ref/collection/darwin/id/800

このガにはキサントパン・モルガーニ・プレディクタXanthopan morganii praedictaと名前がつけられたが、praedictaとは予言されたものという意味である。
このガは、第7話の図7-1に出てきたホシホウジャクと同じスズメガ科であるが、空中の一点に留まりながら(ホバリングという)、口吻を伸ばして花の蜜を吸うことができる。
このように花粉を運ぶ役割の動物を「送粉者」という。植物にとっては、いろいろな種類の花の花粉が運ばれてくるのでは、受粉の効率が悪い。同じ種の花粉だけを運んでくれるのが望ましい。一方、ガにとっては、自分だけが花の蜜にありつけるようになることが望ましい。こうして長い距をもったランと唯一種だけその花の蜜を吸うことができるような長い口吻をもったガが進化したと考えられる。ただし、このような関係には危うい面もある。もしもこのようなガがいなくなってしまったら、ランのほうも受粉が行われず、絶滅してしまうだろう。
現在、動物のなかで種数が最も多いのが昆虫であり、植物のなかで種数が最も多いのがきれいな花を咲かせる被子植物であるが、2つの生物群のこのような多様性の多くの部分は、両者のあいだの共進化によるものと考えられる。
植物と動物の共進化は受粉だけではない。植物は果実を実らせるようになった。果実は動物の食糧として利用され、それによって種子が散布され、植物の分布拡大に動物が関与するようになった。このような植物と動物のあいだの共進化の仕組みは、白亜紀の前期から中期にかけて確立し、その後現在に至るまで多くの生き物の生活と生態系に大きな影響を与えてきた。
送粉者は昆虫だけではない。マダガスカルのキツネザルはタビビトノキの送粉者であり、日本でも昆虫があまり活動しない寒い時期に花を咲かせるツバキなどの受粉にはヒヨドリ(図43-2)やメジロ(図43-3)が関与している。中生代の鳥類がどの程度まで送粉者の役割を果たしていたかは分からないが、現在では鳥類も昆虫と並んで重要である(図43-2)。北アメリカや南アメリカには花の蜜を吸うハチドリが多い(図7-1)。ミツバチは赤い色をあまり認識できないらしいが、アメリカの赤い花の多くは、ハチドリとの共進化の結果だという研究もある。

図43-2.昆虫があまり活動しない寒い時期に咲くツバキCamellia japonicaの花の送粉者であるヒヨドリHypsipetes amaurotis。ハチドリのようにホバーリングしながら花の蜜を吸うこともあり(a)、そのあとの嘴は花粉にまみれている(b)。この状態で次の花を訪れて送粉する。

図43-3.ツバキの花の蜜を吸っているメジロZosterops japonicus.メジロはヒヨドリにくらべてからだが小さいので、ホバーリングしなくても花びらにとまって蜜を吸うことができる。

◎鳥類は恐竜の生き残り

図43-4に鳥類を含む恐竜の系統樹を示した。鳥類に関しては、分子系統学の最新の成果から明らかになったものであるが、鳥類以外の恐竜はすべて6600万年前までに絶滅したもので、DNAなどの分子系統学のデータを使うことはできないので、形態の比較などから明らかになった系統関係を用いている。

図43-4.鳥類を含む恐竜の系統樹(イラストは図17-1にある小田隆さんによるもの)。鳥類はティラノサウルスを含む獣脚類恐竜のなかのデイノニクス(ドロマエオサウルス類)に近い祖先から進化した。A1は鳥類全体の最後の共通祖先、A2は現生鳥類の最後の共通祖先である。A1からA2に至る途中からたくさんの系統が派生したが、それらは6600万年前までに絶滅した(S1、S2)。それらは鳥類のステム・グループStem-groupという。A2から派生したものは絶滅種も含めてすべて鳥類のクラウン・グループCrown-groupという.非鳥恐竜のなかでティラノサウルスやトリケラトプスは6600万年前に絶滅した。ここでは竜脚類が獣脚類に近縁だとしているが(この2つをあわせて竜盤類という)、最近竜脚類が鳥盤類に近縁だという説も現れている。

これによると、鳥類は獣脚類恐竜のなかでもティラノサウルスに近縁なディノニクスと共通の祖先から進化したことになる。つまり、鳥類は恐竜のなかから進化したということである。このことを受けて最近では鳥類も恐竜として分類し、鳥類以外の恐竜を「非鳥恐竜」と呼ぶようになってきた。恐竜は絶滅したのではなく、鳥類として現在も繁栄を続けているのだ。
中生代最後の6600万年前に非鳥恐竜が絶滅したあとに続く新生代は、われわれ哺乳類の時代と呼ばれることがあるが、種数に関しては恐竜の生き残りである鳥類のほうが多いのである。

◎白亜紀末の大量絶滅

非鳥恐竜は、中生代白亜紀から新生代古第三紀に移る6600万年前に絶滅した。この時点は、Kreide(白亜紀に相当するドイツ語、英語ではCretaceousというがCで始まる地質時代名は多いのでここでは使われない)とPaleogene(古第三紀に相当する英語)の略字から「K/Pg」と呼ばれる。
非鳥恐竜がなぜ絶滅したかに関しては、さまざまな説明がなされてきた。1980年になって地質学者のウオルター・アルバレスとその父であるノーベル物理学賞の受賞者ルイス・アルバレスが多くのひとを納得させる新しい説を発表し、受け入れられるようになった。
その説とは、この時期に巨大な隕石が地球に衝突し、その衝撃で起きた熱風や津波などによる大量死だけでなく、舞い上がった粉塵が太陽光を遮断したために長期間にわたって地球全体で真っ暗闇の状態が続き、気温が低下し、植物が枯れたために食料が尽きて恐竜が絶滅したというものである。その証拠は実に明快なものであった。アルバレスらはイタリアにあるK/Pg境界の粘土層に異常に高濃度のイリジウムが含まれていることを発見し、このような説を唱えたのである。
イリジウムという元素は、地球の地殻にはほとんど存在しないことから、彼らはこの元素が隕石の衝突によってもたらされたと考えたのである。アルバレスらはイタリアのほかに、デンマークとニュージーランド(図42-5)のK/Pg境界も調べたが、同じように高濃度のイリジウムが検出された。その後世界中でも調査が行われて同様の結果が繰り返し得られ、彼らの説は受け入れられるようになった。
この巨大隕石の衝突によって地球上の生物種の70%、脊椎動物では90%の種が絶滅したといわれている。1980年代の東西冷戦の時代に、カール・セーガンらは、「核戦争が起こったら、大量の塵やエアロゾル(浮遊粉塵)が大気中に放出され、地球全体を覆って長期間にわたって太陽光を遮るために、地球生態系に壊滅的な打撃を与える」と警告している。カール・セーガンは、第29話でリン・マーグリスが細胞内共生説を提唱した頃に彼女の夫であった人物として紹介したが、核戦争の暗闇の世界は、「核の冬」と呼ばれた。巨大隕石衝突後には、この「核の冬」と同じような状況がおとずれたものと思われる。
このとき、鳥類もわれわれの祖先の哺乳類も甚大な打撃を受けたが、彼らは最終的に立ち直ることができ、その後、非鳥恐竜がいなくなった世界で大繁栄することができた。 
K/Pg境界における巨大隕石の衝突により、非鳥恐竜が絶滅したのは確かだが、この衝突がなかったならば、今でも非鳥恐竜が栄えていたのだろうか。もしもそうであったなら、現在の地球上で見るような哺乳類の繁栄はなく、われわれヒトが進化することもなかったかもしれないのだ。
最近、この隕石の衝突がなくてもいずれ非鳥恐竜は絶滅しただろう、という説が提唱されている。その提唱者の一人がニュージーランドのデビット・ペニーである。図43-5の写真は、1996年に私がニュージーランドを訪れた際に、彼が南島のマールボロで見られるK/Pg境界の地層に案内してくれたときのものである。

図43-5.ニュージーランド南島マールボロで露出しているK/Pg境界の地層。矢印ではさまれているのが白亜紀と新生代古第三紀の境界で、高濃度のイリジウムが検出される。左の人物はデビット・ペニーDavid Penny。

つづく


*もっと「進化」を詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』 (ベレ出版)。 本書は当サイトで連載していた「僕たちの祖先をめぐる15億年の旅」を加筆修正および系統樹図を全て作り直して一冊にまとめたものです。カラー図版600点掲載。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹

*もっと「進化」を詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史 (BERET SCIENCE) (ベレ出版)。 本書は当サイトで連載していた「僕たちの祖先をめぐる15億年の旅」を加筆修正および系統樹図を全て作り直して一冊にまとめたものです。カラー図版600点掲載。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹

【バックナンバー】
第1話 「自然の階段」から「生命の樹」へ
第2話 リンネの階層分類
第3話 キュヴィエの新しい分類
第4話 共通祖先からの進化
第5話 偶然性の重視
第6話 自然選択の現場 ーガラパゴスフィンチ
第7話 なぜ多様な種が進化したか?
第8話 分子系統学の登場
第9話 ペンギンはなぜ北極にいないか
第10話 ウォーレスのマレー諸島探検
第11話 ペンギンの分布
第12話 ホッキョクグマの分布
第13話 ウェゲナーの大陸移動説
第14話 大陸移動説の拒絶と受容
第15話 大陸分断による種分化と
幸運に恵まれた移住

第16話 海を越えた移住
第17話 古顎類の進化
第18話 南極大陸を中心とした走鳥類の進化
第19話 進化発生生物学エボデボの登場
第20話 繰り返し要素の個性化と多様な形態の進化
第21話 表現型の可塑性
第22話 ジャンクDNA
第23話 少ない遺伝子
第24話 ヘモグロビンにおける調節
第25話 エピジェネティックス
第26話 獲得形質は遺伝するか?
第27話 美しいオス
第28話 性選択
第29話 生命の誕生
第30話 すべての生き物の共通祖先LUCA
第31話 古細菌と真核生物を結ぶ失われた鎖
第32話 真核生物の起源についての「水素仮説」
第33話 地球生物の2大分類群
第34話 細胞核の起源
第35話 絶滅
第36話 凍りついた地球
第37話 全球凍結後の生物進化
第38話 カンブリア爆発
第39話 生命の陸上への進出
第40話 哺乳類型爬虫類の絶滅と恐竜の台頭
第41話 多様な菌類の進化
第42話 分解者を食べる変形菌の進化