MANDALA

 

ヒトとチンパンジーの共通祖先は600万年前に生きていた。

この地球上に、ヒトとゾウの共通祖先は9,000万年前、

ヒトとチョウの共通祖先は5億8,000万年前、

ヒトとキノコの共通祖先は12億年前に生きていた。

15億年前には、ヒトとシャクナゲの共通祖先が生きていたという…。



著者プロフィール
長谷川政美(はせがわ まさみ)

1944年生まれ。進化生物学者。復旦大学生命科学学院教授(中国上海)。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『分子系統学』(岸野洋久氏との共著)『DNAに刻まれたヒトの歴史』(共に岩波書店)『新図説 動物の起源と進化―書きかえられた系統樹』(八坂書房)『遺伝子が語る君たちの祖先―分子人類学の誕生』(あすなろ書房)など多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。

 

僕たちの祖先をめぐる15億年の旅


第1話

旅のはじまり

文と写真 長谷川政美

この物語に出てくるヒトの代表。名前は春香。

◎誰にでも祖先はいる

自分の遠い祖先のことを考えたことがありますか?
もちろんあなたは、お父さんとお母さんのあいだの子供として生まれました。お父さんもお母さんもそれぞれのお父さん(つまりあなたのお祖父さん)とお母さん(あなたのお祖母さん)の子供として生まれました。お祖父さんとお祖母さんもそれぞれのお父さん(つまりあなたのひいお祖父さん)とお母さん(あなたのひいお祖母さん)の子供として生まれました。
あなたが会ったことがあるのはひいお祖父さんやひいお祖母さんくらいまでかも知れませんが、ひいお祖父さんやひいお祖母さんにもそれぞれのお父さんとお母さんがいたはずです。このようにして、あなたの祖先をどんどん昔までさかのぼっていくことができます。

◎10代前は江戸時代

あなたの1代前の祖先はお父さんとお母さんの2人ですが、2代前の祖先は2人のお祖父さんとお祖母さんの合計2×2=4人です。3代前は4人のひいお祖父さんと4人のひいお祖母さんの合計2×2×2=8人です。10代前は、2を10回かけあわせて2×2×2…×2=1,024人となります。
昔は今よりも子供を産む親の年齢が若かったので、子供が生まれる親の年齢が平均して25歳だったとすると、10代前というのは今から250年前の江戸時代でした。100世代前は今から2500年前の弥生時代ですが、同じやりかたであなたの祖先の数を数えると、2を100回かけあわせて2×2×2…×2=1, 267, 650, 600, 228, 229, 401, 496, 703, 205,376人となってしまいます。1のあとに0を30個つけた数よりも大きくなります。
現在、地球上に住んでいる人の数(人口)は2011年に70億人(7のあとに0を9個つけた数)に達しましたが、100世代前のあなたの祖先の数がそれよりもはるかに大きくなってしまいます。昔の人口は今よりも少なかったはずなので、こんなにたくさんの祖先がいたはずはありません。それではさっきの計算のどこがおかしいのでしょうか。
この計算では結婚相手は親戚関係がないと仮定しています。実際にはいとこ同士(同じお祖父さんとお祖母さんをもつ人同士)の結婚はありますし、5代、6代とさかのぼると同じ祖先にたどりつくことを知らずに、つまり親戚同士であることを知らずに結婚することもあったでしょう。このようことがあるために、同じ祖先が何回も繰り返し数えられて、とんでもなく大きな数になってしまったのです。
こうして考えると、見ず知らずの他人だと思っている人とも、祖先をたどっていくと意外なところでつながっていることが分かります。
いずれにしても、どんどんさかのぼっていくとあなたの祖先だった人の数はとても大きくなることは確かです。
とてもたくさんの祖先のうちのだれか1人でもいなかったとしたら、あなたがこの世に生まれることはなかったのです。たとえばあなたの65世代前の祖先の1人が結婚する前に病気や何かの事故で亡くなったり、あるいは別の人と結婚していたとしたら、あなたがこの世にいることはなかったのです。
祖先をさかのぼると、自分の命の大切さが分かるでしょう。あなたがこの世に生きて、子供を残すということは、未来に向けて大きな可能性の種をまくことでもあるのです。逆に、ほかの生き物の命を絶ってしまうということは、単に一匹の命を奪うだけではなく、その動物が将来残す可能性のあるすべての子孫の命を奪うことでもあるのです。

◎10万世代前はすでに2本足で歩いていた

100世代前の祖先は、生物学的には現在のヒトとほとんど同じものだったと考えられます。ところがさらにさかのぼって10万世代前、およそ250万年前になるとだいぶ様子が違ってきます。その頃のヒトの祖先はアフリカで化石として見つかっているアウストラロピテクスであったと考えられています。現在のヒトがほかの動物と異なる特徴としては、2本足でまっすぐに立ちあがって歩く(直立2足歩行)ことと、大脳が大きいということがあげられます。アウストラロピテクスは2本足で立ちあがって歩いていましたが、大脳は現在の僕たちヒトよりもだいぶ小さく、チンパンジーなみだったようです。


ナックル歩行をするチンパンジー。

ゴリラのナックル歩行。この歩行はモノを持ちながら歩くのに適している。

ヒトがチンパンジー、ゴリラ、オランウータンなどの類人猿などと同じ祖先から進化してきたことは、19世紀イギリスのチャールズ・ダーウィン以来多くの学者が考えてきたことでしたが、これらの類人猿のなかのどれが僕たちに一番近い親戚だったかについてはさまざまな意見がありました。
僕たちがほかの動物を見る場合には、どうしてもヒト中心の見方になるということがあります。それはほかのヒトを見る場合にもあてはまります。
日本人の場合、同じ日本人の顔ははっきりと区別できるのに、西欧人の顔はみんな同じように見えてしまうということはありませんか?
自分がよく知っているものは、ちょっとした違いにすぐに気がつくのに、あまりなじみのないものは同じように見えてしまうということです。そのようなこともあって、ヒトから見るとチンパンジー、ゴリラ、オランウータンなどは同じ類人猿のグループと見なされてきました。
30年前くらいまでの動物園では、チンパンジーやゴリラのおりの前にはオランウータン科という看板が立っていたものです。これらはみんな同じグループであって、ヒトの親戚であるとしても、とても遠い親戚だと考えられていました。当然ヒトだけがこれらの類人猿とは別の独自の科であるヒト科に入ると考えられたのです(下図、図1-1左側の系統樹)。

図1-1 ヒトと類人猿の関係についての従来の系統樹(左側)とそれを書き改めた分子系統樹(右側)。

確かに2本足で立って歩くということと、大脳が特別に大きいということは、ほかの類人猿には見られないヒト独自の特徴ですが、そうだからといってチンパンジー、ゴリラ、オランウータンなどが同じグループに属するということにはなりません。
あなたがお父さんとお母さんから受け継いでいるのが遺伝子です。もちろん、お父さんとお母さんから育ててもらって、言葉やしつけなどいろいろなことも学んだわけですが、祖先をたどっていく際に一番はっきりした手掛かりを与えるのが遺伝子です。
お父さんやお母さんも、お祖父さんやお祖母さんの遺伝子を受け継いでいるわけです。このように受け継がれてきた遺伝子を手掛かりにして、ヒトと類人猿が分かれる前のはるかに遠い祖先までさかのぼることができるのです。

◎ヒトに一番近い親戚はだれか?

遺伝子の実体は、デオキシリボ核酸つまりDNAという分子です。DNAはA、T、G、Cという4種類のアルファベットで書かれた文章であり、これが生物のからだを作り上げる設計図です。
あなたの遺伝子の半分はお父さんから、あとの半分はお母さんからもらったものですから、あなたがお父さんやお母さんに似ているのは、同じ遺伝子をもっているからなのです。
DNAをヒトと類人猿の間で比較したり、ほかのいろいろな生物の間で比較することによって祖先をさかのぼる学問を、分子系統学といいます。30年ほど前から分子系統学が発展し、多くの生き物の祖先をたどることができるようになりました(図1-1右側の系統樹)。
祖先をたどるということは、まずヒトに一番近い親戚はチンパンジー、ゴリラ、オランウータンのうちのどれかをはっきりさせることです。そうすることによって、ヒトがどのように進化してきたかが分かるのです。このような祖先をさかのぼる旅はさらに続けることができます。
ヒトと類人猿のグループは、ニホンザルなどのサルと同じ祖先から進化したものです。これらをふくめたグループのことを霊長類といいます。さらに霊長類は、ネズミ、ウシ、クジラ、イヌ、コウモリ、ゾウ、ナマケモノなどほかの真獣類と同じ祖先から進化したものです。真獣類とは哺乳類のなかでメスが胎盤をもったグループです。図1-2(下図)に真獣類の系統樹を示しました。

図1-2 真獣類の系統樹マンダラ。系統樹の枝の長さはほぼ地質年代の経過と比例しており、中心部の赤い円は恐竜が絶滅した6,600万年前に対応する(クリックすると拡大表示します)。

このように中心点のまわりにいろいろな生き物を配置した系統樹のことを、系統樹マンダラといいます。この物語は、僕たちヒトの祖先をたどる旅ですが、ヒトの代表としては僕の孫、春香(冒頭の赤ちゃんの写真)に登場してもらいます。また系統樹マンダラではヒトを含むグループは、図1-2のようにピンク色で囲ってあります。
真獣類はカンガルー、オポッサムなどの有袋類やカモノハシ、ハリモグラなど単孔類などのほかの哺乳類と同じ祖先から進化したものです。哺乳類は、鳥類やワニ、カメ、トカゲ、ヘビなど爬虫類と同じ祖先から進化したものです。
このように祖先をどんどんたどっていくと、実は現在地球上で生きている動物、植物、菌類(キノコなど)はすべて、同じ祖先から進化してきたものであることが分かってきたのです。つまり、ヒトとチンパンジーが同じ祖先から進化してきただけでなく、もっと遠くまで祖先をたどると、ヒトとチョウも同じ祖先から進化したものですし、ヒトときれいな花を咲かせるシャクナゲや朽ちた木に生えるキノコなどもみんな同じ祖先から進化してきたのです。
ヒトとチンパンジーの祖先はおよそ600万年前に生きていたと考えられますが、ヒトとゾウの共通祖先は9,000万年前(図1-3)、ヒトとチョウの共通祖先は5億8,000万年(図1-4)、ヒトとキノコの共通祖先は12億年前(図1-5)、ヒトとシャクナゲの祖先は15億年くらい前に生きていたと考えられます(図1-6)。


図1-3 サバンナゾウの母子。9,000万年前までさかのぼるとヒトとゾウの共通祖先に出会います。

図1-4 ベニシジミ。5億8,000万年前までさかのぼるとヒトとベニシジミの共通祖先に出会います。

図1-5 キノコ。12億年前までさかのぼるとヒトとキノコの共通祖先に出会います。

図1-6 ブータンのヒマラヤ山中で咲くシャクナゲ。15億年前までさかのぼるとヒトとシャクナゲの共通祖先に出会います。

実はもっとさかのぼっていくと、ヒトと顕微鏡を使わないと見えない細菌類(バクテリア)の共通祖先になるのですが、この旅では眼で見ることができる生き物だけを話題にします。
この物語は、僕たちヒトの祖先をどんどん昔までたどり、最後にはヒトとヒマラヤの山中で美しく咲くシャクナゲとの共通祖先に出会う壮大な旅です。この旅は、ヒトの祖先をたどるだけではなく、地球上のあらゆる生き物の祖先をたどる旅でもあるのです。みんな同じ祖先から進化してきたのですから。このように祖先をたどっていくと、地球上の生き物はみんな親戚だということが実感できるでしょう。

つづく(次話)


*もっと詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』 (ベレ出版)。 本連載に大幅な加筆をして、新たな図版を掲載したものです。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹

【バックナンバー】
第1話 旅のはじまり
第2話 ヒトに一番近い親戚
第3話 ニホンザルとヒトの共通祖先
第4話 マーモセットとヒトの共通祖先
第5話 メガネザルとヒトの共通祖先
第6話 ネズミとヒトの共通祖先
第7話 クジラの祖先
第8話 イヌとヒトの共通祖先
第9話 ナマケモノとヒトの共通祖先
第10話 恐竜の絶滅と真獣類の進化
第11話 卵を産んでいた僕たちの祖先
第12話 恐竜から進化した鳥類
第13話 鳥類の系統進化
第14話 カエルとヒトの共通祖先
第15話 ナメクジウオとヒトの共通祖先
第16話 ウミシダとヒトの共通祖先
第17話 クラゲとヒトの共通祖先
第18話 キノコとヒトの共通祖先
第19話 シャクナゲとヒトの共通祖先
第20話 旅の終わり

*もっと詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史 (BERET SCIENCE) (ベレ出版)。 本連載に大幅な加筆をして、新たな図版を掲載したものです。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹