Creature

 

870万種ともいわれる地球上の多様な生き物たち。

まだ私たちはそのごく一部しか知らないが、

実に多くのことが明らかにされてきてもいる。

進化生物学者である著者が、

世界中で長年撮りためた貴重な写真と文章で

思いのままに「生き物」を語る。



著者プロフィール
長谷川政美(はせがわ まさみ)

1944年生まれ。進化生物学者。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『分子系統学』(岸野洋久氏との共著)『DNAに刻まれたヒトの歴史』(共に岩波書店)、『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』(ベレ出版)、『世界でいちばん美しい進化の教室』(監修、三才ブックス)、『共生微生物からみた新しい進化学』(海鳴社)、『進化38億年の偶然と必然』(国書刊行会)など多数。進化に関する論文多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。全編監修を務める「系統樹マンダラ」シリーズ・ポスターの制作チームが2020年度日本進化学会・教育啓発賞、2021年度日本動物学会・動物学教育賞を受賞。

 

進化の目で見る生き物たち


第3話

海流と生き物の分布

文と写真 長谷川政美

図3-1は、高知県足摺岬から見える海流である。海岸近くの青い海の色が、沖に出ると黒ずんでいるのが分かる。これがフィリピン付近から北に向けて流れてくる海流・黒潮である(図3-2)。黒潮の経路はさまざまな要因によって変化するが、図3-1のように足摺岬のすぐ近くを通ることもあるのだ。
黒潮のエネルギーは、偏西風や貿易風に地球の自転による効果が加わって生み出される。黒潮の中の速いところは秒速2メートルほどで、競泳短距離の一流選手の泳ぐ速さに匹敵するという(1)。

図3-1 足摺岬より望む黒潮(2021年5月23日)。

図3-2 図3-1の写真を撮影した当時の黒潮の経路。海上保安庁ホームページ の図を加工して作成。

明治30年(1897年)、当時大学生だった柳田国男が夏休みに愛知県の伊良湖崎に1か月ほど滞在していた際に、南方の島々に分布するヤシの実が海岸に流れ着いていたのを3回目撃したという(2)。帰京後そのことを友人の島崎藤村に話したところ、藤村が想像を膨らませて書き上げた詩に、大中寅二が作曲したのが、「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ」と詠う愛唱歌「椰子の実」である。
ヤシはこのように海流に乗ってさまざまな場所に流れ着くことによって、分布を拡げる。さまざまな動植物が南方から黒潮に乗って日本まで運ばれてきたのだ。このような海流は世界中で見られる(図3-3)。

図3-3 世界の海流(赤は暖流、青は寒流)。ウィキペディアより。

1993年3月にオーストラリア西海岸の砂浜で近くの学校の生徒が巨大な卵を発見して大騒ぎになった(3)。その卵は長径30cmもあった。それはその砂浜から6000kmも西にあるマダガスカル島に生息していて12世紀頃までには絶滅したと考えられ、象鳥とも呼ばれる巨鳥エピオルニスの卵だった。マダガスカルから海流に乗って流れ着いたものであろう。マダガスカルからモザンビーク海流、南インド洋海流、さらに西オーストラリア海流と乗り継いでいけば、マダガスカルからオーストラリアにまで流れ着くことは可能なのだ(図3-3)。
エピオルニスの中で最大の種エピオルニス・マキシマスは、頭頂高3m以上、体重450kgであり(図3-4)、その卵は鳥類で最大であり(図3-5)、大型非鳥恐竜でもこんなに大きな卵を産んだものはいなかった。

図3-4 エピオルニス・マキシマス(Aepyornis maximus)の骨格と卵。マダガスカル・アンタナナリブのチンバザザ動植物公園内にあるマダガスカル科学アカデミー博物館にて(2003年11月28日)。

図3-5 1.エピオルニス・マキシマス、2.モア、3.ダチョウ、4.コブハクチョウ、5.ウミガラス、6.ニワトリ。エピオルニスの卵の大きさをほかの鳥の卵と比較したもの(ロンドン自然史博物館)。

今でもマダガスカル南部の海岸には図3-6aのようにたくさんのエピオルニス卵殻が散らばっているところがある。そこには2種類の巨鳥が共存していたが(図3-6b)、今でも卵殻だけではなく完全な卵がそのまま見つかることもある。そのようなものが、海流に乗ってオーストラリアにまでたどり着くことがあるのだ。

図3-6 エピオルニスの卵殻。(a) エピオルニスの卵殻とマダガスカルミツメトカゲ(Chalarodon madagascariensis)。マダガスカル南端フォーカップの海岸には、今でもこのように象鳥の卵殻がたくさん散らばっている場所がある(2006年2月13日)。(b)フォーカップで見つかる2種類のエピオルニス卵殻(2006年2月13日)。たいていの卵殻は3~4㎜と厚いが、中には1㎜程度の薄い殻もある。厚い卵殻はエピオルニス科最大種のエピオルニス・マキシマスのものだが、薄いほうは同じエピオルニス科だが、より小型のムレロルニス属のものと思われる。ここではエピオルニス科の少なくとも2種が共存していたのだ。

◎バオバブの分布

バオバブ属(Adansonia)というアオイ科の植物がある。バオバブは世界中でマダガスカル、アフリカ、オーストラリアにしか分布しない。
バオバブには巨木として有名なものが多い(図3-7、図3-8)。バオバブでははっきりとした年輪ができにくく、年齢を知るには放射性炭素による測定が必要である。図3-7のディディエバオバブの年齢が測定されたわけではないが、このような最大級のバオバブの年齢はおよそ1,600歳と推定されている(4)。

図3-7 マダガスカル最大のバオバブであるディディエバオバブ(Adansonia grandidieri)。2005年11月16日、マダガスカル西部のムルンベ近くにて。

図3-8 アフリカバオバブ(Adansonia digitata)。2006年8月25日、南アフリカ・サンランドにて。(a)外観、(b)幹の内部にはこのような空洞がある。このバオバブの年齢が測定されたわけではないが、このような最大級のバオバブの年齢はおよそ1,600歳と推定されている(4)。オーストラリアのバオバブには、このような空洞が刑務所として使われていたものがあるという。

バオバブは、サン・テグジュペリの『星の王子さま』では、見つけたら急いで取り除かないと星一面にはびこってしまう厄介な植物として出てくるが、実際の地球上のバオバブは絶滅が危惧される存在である(5)。その原因として、ヒトによる環境破壊とともに、かつてバオバブの種子散布を助けていたと考えられる巨大なキツネザルの絶滅が考えられる(6)。
マダガスカルにヒトがやってくるまでそこで生きていた巨大キツネザルがバオバブの実を食べて、種子散布を助けていたというのだ。バオバブの種子は、キツネザルの体内を一度通過しないと、発芽しにくかった可能性がある。バオバブの実は堅い果皮で覆われていて、大型の動物でないと食べられないのだ(図3-9)。

図3-9 ディディエバオバブ(Adansonia grandidieri)の果実。マダガスカル西部のムルンダヴァでは11月頃になるとこのような果実が道端で売られる(2005年11月17日)。堅い果皮を割ると、たくさんの種子が白いパルプ質の衣に包まれて入っており、それを口にふくむとパルプ質が溶けて甘酸っぱい。遠い昔、海に出たバオバブの果実が海流に乗ってマダガスカルあるいはアフリカからオーストラリアに流れ着いて、オーストラリアのバオバブの祖先になったのかもしれない。

バオバブは、マダガスカルには6種(分類の仕方で変わるが)、アフリカとオーストラリアにそれぞれ1種ずつ分布する(アフリカには2種あるという説もある)。
これら南半球の大陸はかつてゴンドワナという超大陸の一部であり、マダガスカルがその中心に位置していた。そのことと、バオバブの多様性がマダガスカルで最大であることから、この植物はゴンドワナ超大陸の時代にそこで進化したものが、超大陸の分裂でいくつかの大陸や島に分かれたことに伴って、いろいろな系統に分化したものと考えられてきた。
しかし、超大陸の分裂は1億年前よりもはるか以前に起ったことであり、それに対してバオバブ属の分化は2300万年前から始まる中新世に入ってからであることが明らかになってきた(6)。図3-10に分子系統学から明らかになったバオバブの系統樹を示す。

図3-10 バオバブの系統樹マンダラ。分岐の順番とおよその年代は、文献(7)(8)による。時間のスケールは200万年(2Myr)。オーストラリアバオバブの画像は、Wikiより。クリックすると拡大表示されます。

バオバオ属は、いわゆる双子葉植物の中で単子葉植物と分かれる前の系統を除いたものから構成される真正双子葉植物(Eudicots)の中の一つのグループである。
この図で示した分岐の時間スケールはまだ確かなものではないが、バオバブ属は、およそ1億年あまり前の白亜紀から始まったと考えられる真正双子葉植物の中から進化したたくさんの目の一つであるアオイ目に属し、その中の一つの科であるアオイ科、さらにアオイ科のたくさんの属の中の一つに過ぎない。そのようなバオバブ属のもつ進化の時間スケールが、大陸移動が関わるほど古いものになるはずはないのである。
ほかの地域にくらべてマダガスカルでバオバブの種類が多いことは確かであるが、図3-10によると、マダガスカルのバオバブは系統的に一つのグループを作っていて、多様化が起ったのは、マダガスカルとアフリカやオーストラリアの系統が分かれた後のことなのである。
この3つの系統の祖先種がどこで進化したのかは不明である。マダガスカルで進化したものが、アフリカやオーストラリアに渡ったのかもしれない。その場合でも、マダガスカルの現生種6種の系統はその後生まれたことになる。もともとアフリカで進化したバオバブがマダガスカルやオーストラリアに渡った可能性も否定できない。
いずれにしても、バオバブが進化した時代にはすでにこの3つの地域は海で隔てられていたので、果実が海流に乗って漂着することによって分布が拡がったと考えられる。
このように海流は生き物が分布を拡げる上で重要な役割を果たす。しかし、植物と違って泳げない動物の場合は、漂着が成功するためにはさらに大きな障壁がある。次回は、そのことを取り上げてみよう。
つづく

【引用文献】
1. 道田豊ほか(2008)『海のなんでも小事典』講談社.
2. 柳田国男(1978)『海上の道』岩波書店.
3. Anderson, I. (1993) Australian schoolchildren find ancient egg on coast. New Scientist Newsletters https://www.newscientist.com/article/mg13718660-600-australian-schoolchildren-find-ancient-egg-on-coast/
4. Patrut, A. et al. (2015) Searching for the oldest baobab of Madagascar: Radiocarbon investigation of large Adansonia rubrostipa trees. PLoS One 10(3), e0121170.
5. 湯浅浩史(2003)『森の母・バオバブの危機』日本放送出版協会.
6. 長谷川政美(2018)『マダガスカル島の自然史』海鳴社.
7. Baum, D.A. (2003) Bombacaceae, Adansonia, Baobab, Bozy, Fony, Renala, Ringy, Za. In “The Natural History of Madagascar” (eds. Goodman, S.M., Benstead, J.P.), pp. 339-342, Univ. Chicago Press.
8. Carvalho-Sobrinho, J.G. et al. (2016) Revisiting the phylogeny of Bombacoideae (Malvaceae): Novel relationships, morphologically cohesive clades, and a new tribal classification based on multilocus phylogenetic analyses. Mol. Phylogenet. Evol. 101, 56-74.


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ブックデザイン:西田美千子
イラスト:ちえちひろ
編集:畠山泰英(科学バー/キウイラボ)


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編集:畠山泰英(科学バー/キウイラボ)





<バックナンバー>
第1話「コウモリの自然史」
第2話「特異なコウモリ『アブラコウモリ』」
第3話「海流と生き物の分布」
第4話「海を越えた動物の移住」
第5話「ヒグマの自然史」
第6話「クマ科の進化」
第7話「動物の長距離移動」
第8話「スズメ目の進化」
第9話「イヌの起源」
第10話「ウマの起源」
第11話「ネコの起源」
第12話「動物のからだの模様の形成」
第13話「光を求めて」
第14話「酸素濃度の極端な増減」
第15話「木材を食べるタマムシ」
第16話「木材を食べる動物たち」
第17話「物質循環をあやつる小さな生き物」
第18話「退化と中立進化」
第19話「目的なき性選択」
第20話「鳥が飛べるようになったのは性選択のため?」
第21話「音楽の起源」
第22話「節足動物の進化」
第23話「オスとメスの出会い」
第24話「無慈悲なハチと慈悲深いハチ」
第25話「チョウとガの進化」
第26話「遺存種」
第27話「植物の遺存種」
第28話「クジラの進化」
第29話「思い出に残る生き物たち」
第30話「ネアンデルタール人との出会いに思いを馳せる」