Creature

 

870万種ともいわれる地球上の多様な生き物たち。

まだ私たちはそのごく一部しか知らないが、

実に多くのことが明らかにされてきてもいる。

進化生物学者である著者が、

世界中で長年撮りためた貴重な写真と文章で

思いのままに「生き物」を語る。



著者プロフィール
長谷川政美(はせがわ まさみ)

1944年生まれ。進化生物学者。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『分子系統学』(岸野洋久氏との共著)『DNAに刻まれたヒトの歴史』(共に岩波書店)、『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』(ベレ出版)、『世界でいちばん美しい進化の教室』(監修、三才ブックス)、『共生微生物からみた新しい進化学』(海鳴社)、『進化38億年の偶然と必然』(国書刊行会)など多数。進化に関する論文多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。全編監修を務める「系統樹マンダラ」シリーズ・ポスターの制作チームが2020年度日本進化学会・教育啓発賞、2021年度日本動物学会・動物学教育賞を受賞。

 

進化の目で見る生き物たち


第27話

植物の遺存種

文と写真 長谷川政美


◎ヒトのおかげで生き延びたイチョウ

最初、南アフリカで発見された現生のシーラカンスであるラティメリア・カルムナエは肉鰭亜綱・総鰭下綱のなかの生き残りであるが、その後インドネシアでも別種が発見されたので、唯一の遺存種ではない。
それに対して、イチョウ(Ginkgo biloba;図27-1)は、イチョウ綱(Ginkgoopsida)ただ一種の遺存種である。
綱という分類単位は、動物の場合は硬骨魚類全体、あるいは哺乳類全体に相当する。哺乳類全体のなかでヒトだけが唯一生き残っているという状況に近いのである。

図27-1a.イチョウの盆栽(Ginkgo biloba;裸子植物門・イチョウ綱)。

図27-1b.東京都港区元麻布の善福寺境内にあるイチョウの巨木(雄株)。親鸞の挿したイチョウの杖が芽吹いて成長したものという伝説があり、樹齢800年ほどと推定される。イチョウの古木では、写真のような「乳」と呼ばれる樹幹の垂下が見られる。

イチョウは2億年以上前に出現し、中生代ジュラ紀(2億~1億4500万年前)に大繁栄し、1億年前の白亜紀中頃までは世界中に分布していた。ところがその後次第に衰退し、アフリカを出た現生人類ホモ・サピエンスがおよそ5万年前に中国南部に到達したときには、イチョウ綱唯一の種がそこで生きながらえていたのだ。
ヒトはこれまで多くの種を絶滅に追いやってきたが、イチョウはヒトのおかげで繁栄しているともいえる。現存のイチョウのほとんどはヒトの手によって植えられたものだからである。
中国、韓国、日本などの寺院や神社に古くから植えられており、18世紀日本の長崎の出島にいたオランダ人を通じてヨーロッパにも知られるようになった。こうして今では世界中の公園に植えられていて、街路樹としても代表的な樹木になっている。イチョウの実は食料として利用され、実のほかに葉も薬としても重要である。
ヒトがイチョウ綱最後の生き残りのいた中国南部に住み着くようになってすぐに、この遺存種を利用するようになったのかどうかは分からない。中国では古くから植物や薬草について書かれた文献がたくさんあるが、古い文献にイチョウは出てこない。
イネはおよそ1万年前から栽培されてきたので、紀元前13~11世紀の中国殷王朝後期に作られた漢字の祖先型である甲骨文字には「米」に相当するものがある。ところが、イチョウに相当する甲骨文字がないばかりか、イチョウに関する記述は10世紀以降にならないと現れないという(1)。
先にイチョウは日本の寺院や神社に古くから植えられていた、と述べたが、『枕草子』など平安時代の文献には出てこない。日本でイチョウが植えられるようになったのはそれよりも後の時代だったと考えられる。
イチョウ綱には16以上の属の化石種が知られており、現生のイチョウ属(Ginkgo)は、およそ1億7000万年前のジュラ紀中期に出現した。その後1億7000万年もの間、イチョウ属は形態的にあまり変わっていない。
現存するイチョウの遺伝的解析によると、現生集団の遺伝的多様性は限られていて、39万年前くらいまでしか共通祖先をたどれないという(2,3)。この時代は氷河時代の間氷期だったが、その後繰り返し氷河期が訪れた。その間、イチョウは中国南部のいくつかの待避地で生きながらえて、次の間氷期に再び分布を広げるということを繰り返したのだ。

◎裸子植物のもう一つの遺存種「奇想天外」

イチョウは種子植物(Spermatophyta)のなかの裸子植物門(Gymnospermae)に属する。種子植物のなかにはもう一つ被子植物門(Angiospermae)があり、現生の種子植物の圧倒的多数が被子植物である。種子植物進化の初期には裸子植物が優勢だったが、その後進化した被子植物がそれに取って代わりつつある。
そのように被子植物に対して衰退しつつあるグループと見られる裸子植物門には、イチョウ綱のほかに、ソテツ綱(Cycadopsida)、マツやスギなどの球果植物綱(Pinopsida)、それと長らく系統的な由来がはっきりしなかったグネツム目(Gnetales)が含まれる。ここではイチョウ綱と並んで遺存グループの色彩の濃いグネツム目の紹介と、実は針葉樹とも呼ばれる球果植物綱が系統的にまとまったグループではなく、そのなかにグネツム目が含まれてしまうというお話をしよう。
グネツム目は、東南アジアなどに分布するグネツム科(Gnetaceae)、ユーラシアや北アメリカの乾燥地帯に分布するマオウ科(Ephedraceae)、南部アフリカのナミブ砂漠にサバクオモト1種だけが遺存種として生き延びているウェルウィッチア科(Welwitschiaceae)の3科から成る。
遺存種のサバクオモトは「奇想天外」とも呼ばれる(図27-2)。グネツム科は東南アジア以外にも西アフリカや南アメリカにも分布するが、すべてグネツム属(Gnetum)に分類される(図27-3)。マオウ科はユーラシアや北アフリカ、南北アメリカの乾燥地帯に分布するが、これらもすべてマオウ属(Ephedra)に分類される(図27-4)。

図27-2.サバクオモト、奇想天外という別名もある(Welwitschia mirabilis;2006年8月16日、ナミブ砂漠にて)。この植物の属するウェルウィッチア科には現在本種1種だけしか生き残っていなく、しかもナミブ砂漠だけと生息域も限られている。水分と養分の少ない環境で育つので、砂漠に点在しており、この大きさに成長するのに1000年ほどかかっているという話もあるが、実際の年齢はよく分からない。

図27-3a.グネモン(Gnetum gnemon;2010年2月12日、ジャワ島にて)。この写真の実は未熟だが、成熟すると黄やオレンジ色になる。

図27-3b.グネモンの実をつぶした粉で作ったエンピン・ゴレンと呼ばれる揚げせんべい(2010年2月13日、ジャワ島にて)。

図27-4.マオウ (Ephedra sp.;2004年8月18日、中国新疆ウイグル自治区、トゥルファン沙漠植物園にて)。

これらのうちでグネツムの葉は一見、被子植物の双子葉類のようであり、サバクオモトの葉は被子植物の単子葉類のような平行脈のため、かつてこれらの植物は被子植物に近いのではないかと考えられたこともあったが、グネツム目がどのような由来をもつグループかについては最近まで不明であった。
2000年代に入って分子系統学的な解析がなされた結果、グネツム目に含められていたこれら3つのグループは進化的にまとまった分類群であり、裸子植物のなかのマツやスギなどの球果植物綱に近縁である可能性が指摘された(4)。
その後さらに大規模な解析が行なわれた結果、図27-5に示すように、グネツム目は球果植物綱に近縁であるだけでなく、球果植物のなかのヒノキ科やスギ科(ヒノキ目)よりもマツ科(マツ目)に近縁であることが明らかになった(5)。

図27-5.維管束植物の系統樹マンダラ。分岐の順番と年代は文献(5)による。画像をクリックすると拡大表示されます。

図27-5は、第13話で紹介したように、陸上に進出した植物が太陽光を求めて高くそびえ立つように進化した維管束植物全体の系統樹マンダラであり、裸子植物の部分を特に詳しく描いたものである。
初期の維管束植物の系統はシダ植物であり、木生シダのように高くそびえて森林を形成するものも現れたが、それらは胞子により次世代に命をつなぐものだった。その後、生殖に胞子ではなく種子を使う種子植物が進化した。栄養に富む種子の出現は、それを食料にする動物の進化にも大きな影響を与えた。
種子植物のなかで最初に進化したのが裸子植物であるが、その後進化した被子植物は、美しい花を咲かせ、花粉や蜜を目当てに集まる昆虫や鳥などに花粉を運んでもらい、受粉を助けてもらうようになった。白亜紀から新生代を通じて進んだ被子植物と動物の間の共進化により、被子植物はおおいに繁栄しているが、それに伴って主にあまり受粉効率のよくない風媒に頼る裸子植物は衰退傾向にある。
現存の裸子植物門では、種数がいちばん多いのがグネツム目を含む球果植物綱の742種、続いてソテツ綱の337種、残りのイチョウ綱は1種だけだから、被子植物門のおよそ30万種にくらべると圧倒的に少ないのである(6)。
裸子植物はたいてい風媒によって繁殖すると述べたが、ソテツでは虫媒があるらしい。リンネの弟子だったスウェーデンの植物学者カール・ツンベルクが、ゾウムシとソテツの密接な関係を1773年に報告している (7)。球果植物綱のほとんどは風媒であるが、そのなかのグネツム目には虫媒がある。グネツム科は昆虫が送粉する虫媒だという(8)。
ボルネオの熱帯多雨林に分布するグネモンの花は、日没頃から菌類の1種に似た匂いを放ち、糖分を含んだ甘い液を分泌し、これを吸いに訪れるメイガやシャクガの仲間に送粉してもらう。サバクオモトでも風媒だけでなく、虫媒もあり、カメムシが胚珠から養分を得て送粉するという(9)が、これには異論もある(10)。被子植物が昆虫を呼び寄せるのに編み出した方法と同じようなものを、裸子植物のなかでも独立に進化させたものがいるのだ。
イチョウ綱が姉妹群のソテツ綱から分かれたのが、およそ2億5000万年前の中生代の三畳紀からジュラ紀に移る頃であったが、その後多くの化石種を残したものの、現存種は1種だけになってしまったのだ。
イチョウは種子植物には珍しく、雌雄異株(dioecy)、つまりオスの生殖器とメスの生殖器が別々の木に形成される。多くの種子植物では一つの花のなかにおしべとめしべが共存したり、雄花と雌花が一本の木に共存するため、自家受粉が起こりうる。自家受粉を避けるための仕組みがあっても起ってしまうが、イチョウでは雌雄異株のため、決してそのようなことが起らないようになっている。
イチョウのこのような繁殖法は、親とは違った遺伝的形質を子孫に与えるので、環境が変わってもそれに対処するための遺伝的多様性が保たれる。このような方式がこの植物が数億年もの間生き延びてきた理由だとも考えられるが、実際には現存の1種以外はすべて絶滅してしまったし、現存種にしてもヒトの助けがなかったらすでに絶滅していたであろう。
イチョウのように雌雄異株で他家受粉を保証するやり方は、確かに遺伝的多様性を保つためにはすぐれているが、この方式が有効に機能するために必要なことがある。
多くの動物は雌雄が別個体になっているが、そのため繁殖に際して雌雄が効率よく出会える仕組みが必要であり、実際にそれを進化させてきた。ところが、植物のように自分で動き回ることの出来ない生き物では、送粉手段が確立しない限り、うまく機能しないことになる。
このような仕組みでも、近くに異性の木がたくさんあれば問題は生じない。従って、繁栄していた時期には何の問題もなかったが、いったん衰退し始めて、個体数密度がある閾値を下回ると一気に絶滅へと向かったのかもしれない。しかしながら、実際のイチョウはもっとしたたかである。遺伝的にはオスであるイチョウの雄木の一部の枝がメスに転換して種子をつけることがあるのだ(1)。
イチョウのような雌雄異株は種子植物のなかでは珍しいと述べたが、それは種子植物の大多数を占める被子植物についてであり、裸子植物ではそれほど珍しいことではない。球果植物では雌雄同株から雌雄異株への進化が少なくとも10回は起っているという。
ちなみにグネツム目のサバクオモトも雌雄異株である。このような雌雄異株への進化がたびたび起っているのだとすると、イチョウが雌雄異株になったのは地質学的には割合最近になってからである可能性が考えられるが、イチョウの性決定遺伝子の解析によると、イチョウが雌雄異株になったのは、非常に古く、遅くとも白亜紀には確立していたと考えられる (11)。従って、現在のイチョウのような仕組みは1億年近くにわたって有効に機能していたことになる。

つづく


【引用文献】
1. ピーター・クレイン(2014)『イチョウ・奇跡の2億年史』矢野真千子訳、河出書房新社.
2. Hohmann, N., Wolf, E.M., Rigault, P., et al. (2018) Ginkgo biloba’s footprint of dynamic Pleistocene history dates back only 390,000 years ago. BMC Genomics 19, 299.
3. Zhao, Y.-P., Fan, G., Yin, P.-P., et al. (2019) Resequencing 545 ginkgo genomes across the world reveals the evolutionary history of the living fossil. Nature Comm. 10, 4201.
4. Zhong, B., Yonezawa, T., Zhong, Y., Hasegawa, M. (2010) The position of Gnetales among seed plants: overcoming pitfalls of chloroplast phylogenomics. Mol. Biol. Evol. 27 (12): 2855-2863.
5. Ran, J.-H., Shen, T.-T., Wang, M.-M., Wang, X.-Q. (2018) Phylogenomics resolves the deep phylogeny of seed plants and indicates partial convergent or homoplastic evolution between Gnetales and angiosperms. Proc. Roy. Soc. B285, 20181012.
6. 長谷部光泰(2020)『陸上植物の形態と進化』裳華房.
7. クヌート・ノルストック(1996)ソテツ類の花粉を運ぶ甲虫.週刊朝日百科・植物の世界, 130, 11-300.
8. 加藤真(1996)グネトゥム科.週刊朝日百科・植物の世界, 126, 11-168.
9. コリン・マンヘイマー、ヘルタ・コルバーグ(1996)ウェルウィッチア科.週刊朝日百科・植物の世界, 126, 11-173.
10. Wetsching, W., Depisch, B. (1999) Pollination biology of Welwitschia mirabilis Hook. f.(Welwitschiaceae, Gnetopsida). Phyton 39, 167–184
11. Gong, W., Filatov, D.A. (2022) Evolution of sex-determining region in Ginkgo bilosa. Phil. Trans. Roy. Soc. B377, 20210229.






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