MANDALA

 

ヒトとチンパンジーの共通祖先は600万年前に生きていた。

この地球上に、ヒトとゾウの共通祖先は9,000万年前、

ヒトとチョウの共通祖先は5億8,000万年前、

ヒトとキノコの共通祖先は12億年前に生きていた。

15億年前には、ヒトとシャクナゲの共通祖先が生きていたという…。



著者プロフィール
長谷川政美(はせがわ まさみ)

1944年生まれ。進化生物学者。復旦大学生命科学学院教授(中国上海)。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『分子系統学』(岸野洋久氏との共著)『DNAに刻まれたヒトの歴史』(共に岩波書店)『新図説 動物の起源と進化―書きかえられた系統樹』(八坂書房)『遺伝子が語る君たちの祖先―分子人類学の誕生』(あすなろ書房)など多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。

 

僕たちの祖先をめぐる15億年の旅


第13話

鳥類の系統進化

文と写真 長谷川政美

現存する鳥類はおよそ1万種で、哺乳類のおよそ6千種よりも多くの種を含みます。僕たちの祖先とは直接はかかわりませんが、今回はこれら多様な鳥類のあいだの系統関係を見てみましょう。もちろん、あとで鳥類の祖先をさかのぼっていき、僕たちの祖先と合流することになります。

図13-1.鳥類の系統樹マンダラ(ワンクリックで拡大)。

ハヤブサはスズメの仲間

分子系統学による鳥類の系統樹マンダラ(図13-1)を見ながら話を進めましょう。分子系統学の進展によって、ほかの生き物同様、鳥類についても形態をもとにした系統関係のいくつかは見直さなければならなくなってきました。その1つがハヤブサ、チョウゲンボウなどハヤブサ科の鳥です。

   図13-1. 鳥類の系統樹マンダラ(一部拡大)。

かつてハヤブサ科は、ワシ、タカ、コンドルなどと一緒にタカ目(あるいはワシタカ目)に分類されてきました。ところが、ハヤブサ科の鳥はほかのタカ目とは異なった由来をもつことが分かってきたのです。
スズメ目は鳥類のなかで最大のグループで、僕たち哺乳類と同じおよそ6千種が含まれます。身近なスズメ、ヒヨドリ、ムクドリ、ツバメ、カラス、セキレイ、メジロ、ウグイス、シジュウカラなど含まれています。このスズメ目に一番近いのがオウム目ですが、実はハヤブサ科はスズメ目+オウム目の姉妹群になるのです。
図13-1の共通祖先○11から、オウム目、スズメ目、それにハヤブサ科が進化しましたが、タカはかかわっていないのです。そのためハヤブサの仲間はタカ目から外されてハヤブサ目という独自の目が設けられるようになりました。
皮肉なことに従来のタカ目は英語で「Falconiformes」と呼ばれていましたが、この「falcon」はハヤブサのこと。ですから、日本語ではタカ目からハヤブサが除外されハヤブサ目という独自の目が作られたのですが、英語ではFalconiformesからタカの仲間が除外され「Accipitriformes」という目が作られました。Accipitriformesは「Accipiter(ハイタカ)」が語源です(図13-2)。

図13-2.ハイタカ(さいたま市)。新しいタカ目Accipitriformesという名前は、ハイタカ属Accipiterからきている。

2つに分けられたタカ目とハヤブサ目ですが、一般的にはどちらも含む「猛禽類」と呼ばれています。鋭い爪とくちばしなど共通の特徴をもつ猛禽類にはフクロウ目も含まれますが、系統樹上では別のグループです。

図13-1. 鳥類の系統樹マンダラ(一部拡大)。

しかし、上図のとおり、それほど離れたグループではありません。スズメ目+オウム目+ハヤブサ目とタカ目、フクロウ目、ネズミドリ目、それにサイチョウ目+ブッポウソウ目+キツツキ目は1つのグループを形成しています。これらは「陸鳥グループ」と呼ぶことができます。
陸鳥グループのなかにハヤブサ目、タカ目、フクロウ目というすべての猛禽類が含まれます。このようなことから、陸鳥グループの共通祖先は、猛禽類に似た鳥だったのかもしれません。スズメ目のなかでもモズは鋭いくちばしをもち、猛禽類のような風貌をしています(図13-3)。実際、18世紀のスウェーデンの博物学者で分類学の基礎を築いたカール・フォン・リンネは、ワシタカ類、ハヤブサ類、フクロウ類、それにモズを猛禽類として1つの目にまとめているほどです。

図13-3.モズ(さいたま市)。スズメ目だが猛禽類のような鋭いくちばしをもつ。

水鳥の仲間たち

「陸鳥グループ」とならんではっきりとしたグループを作っているのが「水鳥グループ」です。ペリカン目、コウノトリ目、ペンギン目、ミズナギドリ目、それにアビ目が構成メンバーです。このなかでペンギン目は飛べない鳥として有名です。

図13-1. 鳥類の系統樹マンダラ(一部拡大)。

ペンギンは南半球にしか生息しないのですが、北半球にもペンギンに似た鳥がいます。ウミガラスです(図13-4a)。ペンギンとウミガラスはどちらも海で魚を採って食べています。1つの違いは、ペンギンは空を飛べないのに対して、ウミガラスは飛べるということです(図13-4b)。

図13-4a.ハシブトウミガラス(アラスカ・ケナイフィヨルド国立公園)。(a) ペンギンに似ている。

図13-4b.ハシブトウミガラスはペンギンに似ているが飛ぶことができる。

しかし、19世紀までは北大西洋に飛べない大型のウミガラスであるオオウミガラスが生息していました(図13-5)。それが乱獲の結果、19世紀中頃には絶滅してしまいました。オオウミガラスの属名はPinguinusでしたが、大航海時代に南半球を航行した船乗りがそこで見かけた飛べない鳥を見て、ふるさとのオオウミガラスに似ていることから「ペンギン」と名付けました。オオウミガラスは絶滅しましたが、その名前が南半球のペンギンに受け継がれたわけです。

図13-5.オオウミガラスの復元模型(ロンドン自然史博物館)。この鳥の属名Pinguinusがペンギンの名前の由来になった。

ウミガラスはカモメの仲間でチドリ目の鳥です。ペンギンがほかのどの鳥に近いのかについては、多くの研究が行われてきましたが、最近分かってきたのはアホウドリ、ウミツバメなどのミズナギドリ目に近いということです。○12からペンギン目とミズナギドリ目が進化したのです。
近年、分子系統学の成果をもとに、水鳥グループのなかで大規模な分類の見直しが行われました。それは、コウノトリ目とペリカン目についてです。従来コウノトリ目には、コウノトリ科以外にサギ科、トキ科、ハシビロコウ科などが含まれていましたが、コウノトリ科以外はすべてペリカンに近いことが分かり、ペリカン目に移されたのです。○13の子孫はすべてペリカン目に分類されます。水鳥グループにはこのほかにアビ目があります。

図13-1. 鳥類の系統樹マンダラ(一部拡大)。

俊敏なハチドリとおっとりヨタカ

アマツバメ目には、最速の鳥の1つであるアマツバメや空中の一点で静止しながら花の蜜を吸うハチドリなどが含まれます。実はこれが夜行性のヨタカ目の姉妹群なのです。○14からアマツバメ目とヨタカ目が進化したのです。ヨタカはじっとしていることが多く、活発なアマツバメやハチドリとはずいぶん違う印象ですが、夜間に飛びながら昆虫などを捕まえるのを得意としています。
また、ニューギニアなどのズクヨタカはヨタカに似ていることからヨタカ目に入れられてきましたが、最近ヨタカによりはアマツバメに近いことが分かり、アマツバメ目に移されました。意外なところでアマツバメ目とヨタカ目はつながっていたのです。

図13-1. 鳥類の系統樹マンダラ(一部拡大)。

フラミンゴに近いのはカイツブリ

カイツブリの足は、下の写真(図13-6)から分かるように体の極端にうしろから生えていて、まっすぐに立つことができず、地上を歩くことはほとんどありません。しかしこのような位置に足があることによって、水中では大きな推進力を得ることができます。カイツブリは潜水して水生動物を捕らえます。カイツブリはアビに近いとされてきましたが、分子系統学から、フラミンゴ目に近いことが明らかになってきました。

図13-6.潜水するカイツブリ。

フラミンゴは、その体型から、コウノトリに近いと考えられてきました。フラミンゴはシアノバクテリアや水中プランクトンなどをクチバシの縁のヒゲ状の組織で漉しとって食べています。オオフラミンゴの鮮やかな紅色は、シアノバクテリアの色素であるβ-カロテンやカンタキサンチンによるものです。下の写真(図13-7a)で手前の若鳥は白色ですが、これらの色素を含むシアノバクテリアやプランクトンを食べることで紅色になるのです。

図13-7a.オオフラミンゴの群(ケニア・ナクール湖)。

図13-7b.オオフラミンゴ(ケニア・ナクール湖)。

また図13-7bから分かるようにフラミンゴには水かきがあります。これは泳ぐためのものではなく、湖などの浅瀬で餌を採る際に泥などに沈まないためのものです。泳ぐためのものでないとしたら、「水かき」というのは少しおかしいですね。「皮膜」と表現したほうがよいかもしれません。言ってみれば雪の上を歩くときに使うカンジキです。
いずれにしても、このようにカイツブリとフラミンゴはそれぞれ独特で、互いに大きく異なる生活と体型をしていますが、この2種がお互いの近い親戚なのです。このような場合に両者の共通祖先である○15がどのようなものだったかを思い浮かべるのは難しいですね。

鳥の2大グループ

鳥綱は「古顎下綱(こがくかこう)」と「新顎下綱(しんがくかこう)」の2つに大別されます。古顎下綱は、ダチョウ、レアなどの飛べない鳥と、南アメリカの飛べる鳥、シギダチョウを含むグループ。現生の残りの鳥がすべて新顎下綱に入ります。
新顎下綱の共通祖先が○17ですが、その子孫のなかで最初にほかから分かれたのが、カモ目とキジ目をあわせたグループ。この2つの目がお互いに姉妹群の関係で、グループのなかにはニワトリ、ウズラ、シチメンチョウ、アヒル、ガチョウ、バリケンなどヒトによって家禽化された鳥が多く含まれます。

飛べない鳥「走鳥類」

古顎下綱にはアフリカのダチョウ、南アメリカのレア、オーストラリアのエミューとヒクイドリ、ニュージーランドのキーウィー、それに南アメリカのシギダチョウ(図13-8)などが含まれます。

図13-8. カンムリシギダチョウ。シギダチョウは古顎類のなかで飛ぶことのできる鳥である。

このうち、シギダチョウは飛べますが、残りは飛べない鳥で「走鳥類」と呼ばれています。走鳥類にはこのほかに絶滅した巨大な鳥がいます。ニュージーランドのモアやマダガスカルのエピオルニスです(図13-9)。

図13-9. エピオルニスの骨格標本と卵(マダガスカル・アカデミー博物館)。

これまでシギダチョウが走鳥類の姉妹群であって、走鳥類の祖先は飛べない鳥だったと考えられてきました。現在の走鳥類の分布を見ると、昔のゴンドワナ大陸と重なりますから、真獣類の進化のところでも出てきたゴンドワナ大陸の分断が、走鳥類の種分化と関係していたのではないかとも考えられてきたのです。ところが、分子系統学の解析結果は意外なものでした。
空を飛ぶシギダチョウが、走鳥類の内部から進化してきたのです。古顎類のなかで最初に分かれたのがダチョウであり、シギダチョウがモアに一番近いところに位置づけられました。こうなると、走鳥類の共通祖先が飛べなかったとは考えにくくなります。
つまり、そのように考えると、飛べなかった鳥からシギダチョウのように飛べる鳥が進化したことになるからです。空を飛ぶ能力の進化は簡単に起るとは考えにくいので、このような系統関係を受け入れるとなると、飛ぶ能力をもっていた祖先から、ダチョウやモアなどで独立に飛ぶ能力を失ったと考えるほうがよさそうです。
古顎下綱と新顎下綱の共通祖先が○18で、現生の鳥類はすべてこれから進化した子孫なのです。

つづく(次話)





*もっと詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』 (ベレ出版)。 本連載に大幅な加筆をして、新たな図版を掲載したものです。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹

【バックナンバー】
第1話 旅のはじまり
第2話 ヒトに一番近い親戚
第3話 ニホンザルとヒトの共通祖先
第4話 マーモセットとヒトの共通祖先
第5話 メガネザルとヒトの共通祖先
第6話 ネズミとヒトの共通祖先
第7話 クジラの祖先
第8話 イヌとヒトの共通祖先
第9話 ナマケモノとヒトの共通祖先
第10話 恐竜の絶滅と真獣類の進化
第11話 卵を産んでいた僕たちの祖先
第12話 恐竜から進化した鳥類
第13話 鳥類の系統進化
第14話 カエルとヒトの共通祖先
第15話 ナメクジウオとヒトの共通祖先
第16話 ウミシダとヒトの共通祖先
第17話 クラゲとヒトの共通祖先
第18話 キノコとヒトの共通祖先
第19話 シャクナゲとヒトの共通祖先
第20話 旅の終わり

*もっと詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史 (BERET SCIENCE) (ベレ出版)。 本連載に大幅な加筆をして、新たな図版を掲載したものです。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹

*最新の鳥類系統樹マンダラポスター
長谷川政美監修、小田隆画『系統樹マンダラ【鳥類=恐竜編】両面特大ポスター
(発行・発売:キウイラボ)

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監修:長谷川政美(進化生物学者)
イラストレーション:小田 隆
アートディレクション:木村裕治
デザイン:後藤洋介(木村デザイン事務所)
ダイアグラム:坂野 徹(金沢美術工芸大学)
プリンティングディレクター:熊倉桂三(山田写真製版所)
編集:畠山泰英(科学バー/キウイラボ)