SNAIL

 

職業柄、カタツムリやナメクジを加熱することがある。

熱した個体から立ちのぼるのは、浜焼きのすごくいい香り。

そのとき僕は「彼らは間違いなく貝だ」と実感する。

寄生虫を研究している僕なりに、好きな陸貝の話をしてみたい。

誰にとってもたのしい陸貝入門になるのかどうかはわからないけれど。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師。貝類の寄生生物を研究中。フィールドで見つけた貝をコレクションしている。著書に『カタツムリ・ナメクジの愛し方』(ベレ出版)がある。

 

寄生虫を研究している僕が
カタツムリとナメクジについて
語りたいときに語ること

第14話

カタツムリの標本づくり

 文と写真 脇 司


飼ってもよし、標本にしてもよし

採ってきたカタツムリは、そのまま飼っておいても良いし、殻を標本にするのも良いだろう。加熱して肉を除いて殻だけにして、殻を乾せばよい標本になる。今回は標本づくりのコツを紹介しよう。

必要なもの
タッパー、アルコールランプなど水を加熱できるもの、耐熱カップ、ピンセット、歯ブラシ

①下準備
カタツムリを数時間から一晩水に漬けておく。これで軟体部が殻から出て固定される。これをやっておかないと、ゆでるときにカタツムリがおどろいて殻に引っ込んでしまい、肉をつまんで引っ張り出すのが難しくなってしまう。あまり長く水に漬けすぎると、カタツムリがおぼれてしまい、死んで肉が腐ってしまう。そうなると、今度は肉を引っ張るときに途中で縮れてしまうので、きれいに肉抜きできなくなるので注意。



②ゆでる
肉の部分をピンセットでつまんで熱湯につける。これにより、殻と肉をつなぐ殻軸筋という筋肉を加熱で殻から離すイメージだ。あついお湯で一気にゆでるのがコツなので、アルコールランプと耐熱カップでお湯を加熱しながらどんどん茹でていくのが理想的。
ゆで時間はカタツムリが大きいほど長くなる。5 mm程度の小さいものは数秒でも長すぎるくらいだが、大きいものは数分間ゆでなければならない。生煮えだと殻軸筋が殻にくっついたままで肉が採れないし、ゆですぎると今度は肉が固くなって殻から外しにくくなるので、ゆで時間は経験と勘によるところも大きい。


③肉抜き
サザエのつぼ焼きを食べるとき、肉を引っ張って殻から出したこと、だれもが一度は経験したことあるだろう。同じ要領で、カタツムリの肉を殻から出してみよう。
肉の部分をピンセットでしっかりつまんで、殻の方をくるくる回して肉を外して取り出す。肉の方を引っ張ってもきれいに抜けないので、肉をつまんだ手は固定したままで、必ず殻の方をくるくる回すこと。


④乾かす
殻を振って水を出し、一晩から数日陰干しする。殻口を下にして、水を切るように置くと早く乾く。

肉抜きに失敗したら・・・
肉抜きの途中で肉がちぎれて、肉が殻の中に残ってしまうことがある。
そんなときは殻をよく振って、中に残った肉を振り出そう。ティッシュで殻全体をくるんで、手首のスナップを効かせて何度も何度も振り続ければ、たいていの場合は肉が出てくる。勢いあまって殻をぶん投げないように注意しよう。
それでも出てこないときは、数日常温で放置して肉を腐らせて、ピストンで勢いよく水を流して中を洗い流すこともできるが、殻の先端の細い部分には水が届かず失敗することもある。こうなると、カタツムリの殻は薄くて少し透けているので、残った肉が黒く透けて見える。この標本は非常にダサいので出来れば避けたいものである。この標本は「数年たつと、肉が砂のように風化して自然に出てくる」と言われるけど、僕の手持ちの肉抜き失敗標本は、肉がまだ砂になりません。

⑤掃除
歯ブラシや筆を使って、表面の泥や粘液を丁寧に取り除く。歯ブラシや筆はできるだけ柔らかいものが良い。
忙しい時には、生きたカタツムリを網に入れて乾かしておくと休眠する。この状態になると、かなりの確率で数週間生かして置けるので、仕事を片付けてお手すきになるまでカタツムリをキープすることができる。僕はこれを「カタツムリを未来に飛ばす」と呼んでいる。網はしっかりしたものでなく、三角コーナーに取り付けるネットでOKだ。

つづく

【バックナンバー】
序章 魅せられて10年
1話 陸貝を愛でるために知っておきたいこと
2話 カタツムリの殻をボンドで補修する話
3話 貝と似て非なるもの
4話 カタツムリはどこにいる?
5話 ナメクジを飼ってその美しさに気がついた
6話 幸せの黄色いナメクジ
7話 オカモノアラガイはカタツムリ
8話 カタツムリの上手な見つけ方
9話 貝屋の見る夢
10話 初採集のトキメキはいま
11話 ピンとくる貝
12話 ナメクジはなぜ嫌われるのか
13話 陸貝採集 -道具のすヽめ

*もっと詳しく知りたい人に最適の本
脇 司著
『カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)


本連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。