職業柄、カタツムリやナメクジを加熱することがある。
熱した個体から立ちのぼるのは、浜焼きのすごくいい香り。
そのとき僕は「彼らは間違いなく貝だ」と実感する。
寄生虫を研究している僕なりに、好きな陸貝の話をしてみたい。
誰にとってもたのしい陸貝入門になるのかどうかはわからないけれど。
著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)
1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師。貝類の寄生生物を研究中。フィールドで見つけた貝をコレクションしている。著書に『カタツムリ・ナメクジの愛し方』(ベレ出版)がある。
第6話
研究活動や学会発表のため海外に行くことがある。そんな国外旅行の楽しみの一つは、フィールドでの動植物との出会いである。
というのも、海外の生き物は、日本と種類が違うことが多く、日本の見慣れた種類とは形も色も大きさも大きく違っていることが多い。生き物のカタチに魅せられた生き物屋にとって、普段見慣れない生きものを見ることは、とても幸せなことなのだ。
僕にとって、海外産の陸貝を見つけることは基本的に幸せなことだけど、実は、外国産陸貝のいくつかの種は日本に外来種として入ってきている。そういう種類は、国内でも観察することができて、案外身近なところにいたりする。
たとえば、コハクガイは北米原産の小さな陸貝で、日本には外来種として既に侵入して、今や国内に広く分布している。コハクガイは比較的乾燥した場所を好む陸貝で、町中の公園や、花壇の石の裏など、人が生活している場所にもたくさんいるので、都心でも身近なところで見つけることができる。
しかしながら、コハクガイは小さくてつまらない貝なので、僕は全然ピンとこない。その辺にたくさんいるというのも貝屋にとって大きなマイナスポイントで、何を隠そう僕はコハクガイの殻を1個しか持っていないし、写真を撮ったこともない。個人の趣味嗜好もあるけれど、少なくともたくさんのコレクターに愛される貝ではないだろう。
コハクガイの話はこれくらいにして、海外のカッコいい陸貝の話をしよう。たとえば、Banana slug だ。Bananaはバナナ、slugはナメクジの仲間のことで、Banana slugとはバナナのような形のナメクジ、すなわち”バナナナメクジ”となる。もちろん、日本にはいない種類のナメクジだ。
このバナナナメクジが、僕の興味を強く、強く、引きつけて止まない。
ナメクジが貝? と思った人もいると思うが、ナメクジはれっきとした巻貝の仲間で、体の基本的な構造はカタツムリと共通している。陸で殻をなくす方向に進化した貝がナメクジで、殻を保ったまま進化した陸貝がカタツムリ……と考えてよいだろう。カタツムリかナメクジか微妙なグループがあって、たとえば殻のちょっとだけ残ったナメクジとか、殻が小さくてナメクジ化しつつあるようなカタツムリもいるので、明確な線引きはないけれど、この分けかたでとりあえず問題ない。
さて、”バナナナメクジ”である。バナナナメクジの仲間は北米に3種いるようだ。バナナナメクジは、アメリカ西海岸にあるカリフォルニア大学サンタクルス校のマークにも描かれているおり、おそらく現地では、なじみの深い生き物なのだろう。
バナナナメクジの仲間は「オオコウラナメクジ上科」という分類群に含まれ、日本のナメクジとは遠い親戚にあたる。ネットや文献でもたびたび紹介されている。
僕は、カナダに滞在したときに、偶然にもバナナナメクジと出会うことができた。とてもすてきなナメクジだった。最初に見かけたのは、体長がだいたい4cmくらいの個体だった(下の写真)。
しつこいようだが、カナダ滞在時にバナナナメクジと出会うことができて、とても幸せだった。できれば解剖して、生殖器を見たり寄生虫がいないかチェックしたりしたかったけど、海外なのでそれはできず、グッとこらえてバナナナメクジとお別れした。
※バナナナメクジについては「くろしお」No.36 の脇 (2017)にも掲載されています。【バックナンバー】
序章 魅せられて10年
1話 陸貝を愛でるために知っておきたいこと
2話 カタツムリの殻をボンドで補修する話
3話 貝と似て非なるもの
4話 カタツムリはどこにいる?
5話 ナメクジを飼ってその美しさに気がついた