SNAIL

 

職業柄、カタツムリやナメクジを加熱することがある。

熱した個体から立ちのぼるのは、浜焼きのすごくいい香り。

そのとき僕は「彼らは間違いなく貝だ」と実感する。

寄生虫を研究している僕なりに、好きな陸貝の話をしてみたい。

誰にとってもたのしい陸貝入門になるのかどうかはわからないけれど。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師。貝類の寄生生物を研究中。フィールドで見つけた貝をコレクションしている。著書に『カタツムリ・ナメクジの愛し方』(ベレ出版)がある。

 

寄生虫を研究している僕が
カタツムリとナメクジについて
語りたいときに語ること

第15話

カタツムリの足跡は点線になる?

 文と写真 脇 司


よく見てみると・・・

カタツムリは這って歩く。そして一直線の足跡ができる。そして足跡がキラキラ輝く。こんな光景は、テレビや絵本で一度は目にしたことがあるのではないだろうか。
だが、ある条件がそろうとカタツムリの足跡がとぎれとぎれの点線になることがある。これはいったいどういうことだろう? そして、どんな理由でカタツムリの足跡が点線になるのだろうか?

カタツムリは乾くのが苦手
足跡が点線になることを考える前に、カタツムリの足跡事情について知っておこう。
そもそもカタツムリは、乾燥が苦手な生き物だ。例外的に、一部のカタツムリは砂漠でも生きることができるけど、それは強い日射、高温や乾燥に耐えられるように体を特別に適応・進化させている種類だけで、普通のカタツムリは乾くのが苦手だ。
例えば、春から秋にかけての気温の高い時期に、落ち葉や木の幹の表面でカタツムリが殻に閉じこもって休んでいることがある。これはまわりが乾いた時にとる行動で、乾燥した空気に体の水分が奪われるのを防ぐため、殻に入って殻の口に蓋を作ってしまう。こうなれば、体から水分が失われることがほとんどなくなる。だから、このままかなり長い間(場合によっては数週間以上も)乾燥したまま耐えることができる。やがて、雨が降ったり涼しい夜がきたりすると ーつまり、湿度が上がって温度が下がってくるとー カタツムリは殻から体を出して歩き回るのだ。

渇きに耐えるミスジマイマイ。この種は樹上性で木によく登るのだけれど、この個体は木に登っている間に周りがだんだん乾いてきて、耐えられなくなってそのまま殻に閉じこもってしまったのだろう。

さて、カタツムリは歩いたあとには必ず足跡が続いている。この正体は、カタツムリから出された粘液だ。つまり、カタツムリは歩くたびに自分の体からタンパク質、多糖類、そして何より貴重な水を消費している。人に例えると滝のように汗を流しながら水分無補給で歩き続けるようなものだろうか。否、カタツムリにとっての水分は人間のそれよりもっと貴重でかけがえのないものかもしれない。彼らは、文字通り”身を削りながら”歩いているのだ。

カタツムリの足跡が点線になるわけ
カタツムリの足跡が点線になること自体は、陸貝屋にはそこそこ知られているようで、ネットで調べればいくつかの観察例がヒットする。ネットから離れて研究論文で調べてみると、既往研究でもカタツムリの足跡が点線になる理由について考察・実験が行われており、その理由は諸説あるようだ。大まかに①捕食者からの逃避、②早く歩くため、③足跡を減らして水分を保持するため、といった説が提唱されている。
①の捕食者からの逃避説は、カタツムリ食の昆虫がカタツムリの足跡を追跡して追いかけてくるので、点線にすることで追跡を中断させて撒いてしまう、というものだ。
②の早く歩けるという説は、足と床の設置面積が少ないので速く動ける、あるいは筋肉にスナップが効いて勢いが付く、というものだった。しかし、カタツムリの歩く速さを測った既往研究によると、足跡が一直線の時と点線の時とで速さが違わなかったそうなので、この説は違うように思われる。僕は、点線の足跡は③の水分保持のためのものではないか?と考えている。
下の写真はハコネマイマイの足跡が点線になっていく様子を撮影したものだ。このカタツムリを乾燥した厚紙に置いたところ、体をめがね橋のように伸ばしながら歩いて行った。床の紙にできるだけ接触しないように、体の一部分を少し浮かせた状態で歩き、その結果足跡が点線になっていった。乾いたものの上でこのように歩くことは先行研究でも観察されている。

ハコネマイマイの足跡が点線になっていくようす。A. カタツムリを乾いた紙の上に置いたところ。B. カタツムリが体を伸ばして離れた場所(白三角)に着地しようとしているところ。C. 離れた場所に着地したことで、床と接しない場所(=足が浮いている状態、黒三角)ができた。D. 同じように床と接しない場所(黒三角)を等間隔で作りしながら水平移動していく。E.足と紙が接していたところに粘液がつく一方で、接しなかったところは乾いたままなので、足跡が点線になる。

ハコネマイマイの足跡が点線になっていくようすの模式図。AからCの順にカタツムリが矢印の方向に移動していく。三角は、図2と同様にカタツムリの足が床と離れているところを示す。青はカタツムリが紙と接していたところで、ここが濡れる。カタツムリは滑るように移動できるので、紙と接する場所を変えないまま前進できるのだ。

おそらくこの行動は、乾燥した状態で天敵が近づいてきたり、お腹がすいてどうしても餌を探したくなったりしたときに取る、特別な歩き方なのだろう。これはカタツムリが「失われる水分を加味してもその場所から移動したくなったとき」にだけ見せる、とっておきの方法なのではないだろうか。

このハコネマイマイも仕方なく歩いていたのだろうか?天敵(僕)から逃げたかったのかも。

つづく

【バックナンバー】
序章 魅せられて10年
1話 陸貝を愛でるために知っておきたいこと
2話 カタツムリの殻をボンドで補修する話
3話 貝と似て非なるもの
4話 カタツムリはどこにいる?
5話 ナメクジを飼ってその美しさに気がついた
6話 幸せの黄色いナメクジ
7話 オカモノアラガイはカタツムリ
8話 カタツムリの上手な見つけ方
9話 貝屋の見る夢
10話 初採集のトキメキはいま
11話 ピンとくる貝
12話 ナメクジはなぜ嫌われるのか
13話 陸貝採集 -道具のすヽめ
14話 カタツムリの標本づくり

*もっと詳しく知りたい人に最適の本
脇 司著
『カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)


本連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。