あなたのそばに寄生虫
第11話
愛する雷魚と寄生虫
文と絵 脇 司
皆さんは、カムルチーという魚をご存じだろうか。
カムルチーは雷魚またはスネークヘッドとも呼ばれる大型の淡水魚だ。目がつぶらな可愛い魚で、鱗は立派で迫力がある。
カムルチーの仲間は、鰓呼吸に加えて、上鰓器官という特殊な器官を使って空気呼吸も行うので、そのときに「ぽこぽこ」と空気の泡の音がするのも面白い。個人的に一度飼ってみたい魚ではあるけれど、体長は1メートルにも成長するので、うちのマンションじゃあ飼えないよね。というわけで、僕の中でのカムルチーは「水族館でしっかり眺めて満足する(そして、自宅で飼えない悲しみを噛みしめる)」魚になっている。
あまり流通に乗らないが、食べてみるととてもおいしい白身魚で、あっさりした身はムニエルなどにもってこいの食材だ。
図1. 水槽をすいすい泳ぐカムルチーの若い個体(茨城大学水圏フィールドステーション)。
図2. 水槽をゆうゆうと泳ぐカムルチー(カワスイ 川崎水族館)。
そんな美味しいカムルチーだけど、実はアジア大陸由来の外来魚で、本来は日本に分布しない。
日本へ持ち込まれたのは1920年ごろとされており、今は全国的に分布が広がっている。今のところカムルチーによる生態系への「大きな」影響は見当たらないが、影響は小さければよいというものではない。
カムルチーは若い時には小型の水生昆虫などを食べ、成長して大きくなると小魚などの動物を食べるようになる。つまり、日本在来のそれらの生き物が、このカムルチーによって少なからず食べられ、その個体数を減らしていることになる。
寄生虫はいるのだろうか
カムルチーは、僕が個人的に好きな魚だったこともあって、その寄生虫を他の研究者や学生と共同で調べたことがある。
カムルチーはスーパーでこそなかなか見ることが出来ないが、川や湖に近い鮮魚店で扱われていることがある。また、日本の湖や川にはそれなりの個体数が泳いでいるので、それが網にかかって漁獲されることもある。そういったカムルチーをこつこつと集めて調べていった結果、果たしてその胃から細長い寄生虫の成虫が出てきたのだ。
寄生虫の形態をしっかりと観察して、その形を過去の文献と照らし合わせた結果、この寄生虫は
Azygia hwangtsiyuiという吸虫の一種だった。
また、関東から九州まで広く分布していることも明らかになった。この吸虫が日本未発見で、当時は日本語の名前が無かったので、成虫が細長かったことに因んで「ライギョノネドコムシ」と名をつけた。
図3. ライギョノネドコムシ。A:カムルチーから出てきた成虫。B:ヒメタニシから出てきた幼虫(セルカリア)。この仲間のセルカリアはボウフラのようにちょこちょこ動く。
僕は吸虫の生活史が好きなので、早速この成虫からDNAを調べて、それを元に(形態観察も駆使しつつ)その幼虫を探していった。その結果、ヒメタニシという淡水の貝から、この吸虫の泳ぐタイプの幼虫(セルカリア)が見つかった。さらに、ヌマチチブという淡水魚からは、この吸虫の幼虫(juvenileと呼ばれる、セルカリアの次の”成長段階”)も見つかった。
こうして、ライギョノネドコムシの日本での生活史が分かった。
日本での暮らしぶり
ライギョノネドコムシの成虫はカムルチーに寄生し、成虫が産んだ卵がやがてヒメタニシという淡水の貝に感染する。ヒメタニシからたくさんの幼虫(セルカリア)が外に出て、それがボウフラそっくりに動くので、水生昆虫をよく食べるカムルチーの若い個体に食べられて感染する。あるいは、セルカリアをヌマチチブなどの小魚が食べて、それを大型のカムルチー(魚をよく食べる)が食べて感染する。ライギョノネドコムシは、このようにして日本で生活史をぐるぐる回している。
図4. ライギョノネドコムシの日本における生活史。A:中間宿主(幼虫の宿主のこと)となるヒメタニシから、セルカリアという幼虫が水中に出る。BとC:セルカリアが、カムルチーの若い個体や、他の小魚に食べられる。D:セルカリアを食べた小魚が待機宿主(カムルチーの幼虫を保持した状態)となり、さらにそれが大型のカムルチーに捕食される。
ライギョノネドコムシは、カムルチーからしか成虫が報告されていないようだ。
つまり、人がカムルチーを持ち込まなければ、そもそも寄生する相手がいないので日本には定着できなかったと思われる。中間宿主のヒメタニシもかなり古い年代に人為的または自然に日本に移入したと考えられており、この吸虫の日本への定着は、こうした宿主動物の移入事情を反映したものと言えそうだ。
日本への侵入は複数回
ただし、ライギョノネドコムシがいつ日本に来たかは分かっていない。この虫の遺伝子を解析したところ、ライギョノネドコムシは繰り返し日本に侵入した可能性が高いことが分かっている。
例えば、1920年ごろ日本にカムルチーが導入されたとき、ライギョノネドコムシも一緒に入ってきたのかもしれない。あるいは、これまで様々な淡水生物が飼育用に大陸部から日本に輸入されてきたので、その時に感染小魚や貝類が日本に侵入したのかもしれない。
いずれにせよ、大陸と日本は海で隔てられているので、淡水で生活するライギョノネドコムシは自分で日本まで移動できない。人間の生物の輸入・輸送が、この虫の侵入のきっかけになっていることは間違いないだろう。
ライギョノネドコムシは、現在のところ、日本在来の宿主に悪影響を与えた様子はない。しかし、同じルートで別の寄生虫が、大陸部から日本に入ってくる可能性はあると僕は考えている。新たに侵入する寄生虫が、日本の在来生物に感染して高い病害性を示す可能性だって否定できない。この虫は、大陸部からの新たな寄生虫導入のリスクがあることを、身をもって教えてくれる存在と見なすことができるのだ。
つづく