Parasite

 

寄生虫は気持ち悪いと思われることがほとんどだ。

しかも「あいつは寄生虫みたいだ」という言葉に尊敬の気持ちは微塵もない。

そう、寄生虫は存在としてかなり厳しいポジションにいるわけなのだが、

あまりにも多くの寄生虫が私たちのそばにいるので無視をするわけにもいかない。

というか、自然の中に出かけて行き、よく見てみるとこれが実に面白いのだ。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師、2022年4月から同大准教授。貝類の寄生生物をはじめ広く寄生虫を研究中。単著に『カタツムリ・ナメクジの愛し方:日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)がある。

 

あなたのそばに寄生虫

第3話

綱渡りのような一生

 文と写真 脇 司


タチウオの寄生虫の一生
タチウオという魚がいる。味よし。見た目よし。名前も良し(太刀〔たち〕というのはすごく良い名前だと思う)。さらに、タチウオは縦になって泳ぐ。名前の由来は“立ち魚”、という説があるくらいだ。というわけで、泳ぐ姿も良し。僕の中で、タチウオは良いことづくめの魚になっている。
さて僕は、魚をまるごと1尾で買って(いつも自腹)、自宅で捌いて内臓についた寄生虫を調べるのがちょっとした習慣になっている。寄生虫を調べて残った身のほうは、自分で料理してそれに舌鼓を打つという、寄生虫学者としては理想的かつサステイナブルな趣味である。
そんな僕が一時期、タチウオを買うのにハマってしまった。毎週のようにタチウオを1尾丸ごと購入しては家に持ち帰って、腹を裂いて内臓を取り出して寄生虫を探して、残りの身を食べる、ということを繰り返していたのだ。
タチウオの値段は、店によっては1尾900円くらいで、まあそこまで高くない。身のほうはムニエルで食べるので夕食になるわけで、実質900円から夕食費の一部を差し引いた出費額で、魚の解剖を楽しみつつ研究材料の寄生虫をゲットできることになる。やはり、タチウオは良いことづくめの魚だ。ただし、調子に乗って週に2回とか3回とか買ってしまうと、身のほうをどう消費したものかと献立に悩まされることになる。
タチウオからは色々な寄生虫が出る。その中でも面白かったのは、硬骨魚ならではの消化器官である幽門垂(ゆうもんすい)という内蔵から条虫(サナダムシの仲間)の幼虫が出てきたときのこと。腹部を切り開いてその内臓を覗いた瞬間、白い虫体が見え隠れする。取り出してみると、表面はつるつるしており、頭が丸くてひも状の寄生虫。典型的な条虫の幼虫だ。

図1.左:タチウオの胃と腸の間にある内蔵「幽門垂」に付いていた条虫の幼虫(黒矢印)。タチウオの幽門垂は、細長い袋状のものが沢山あつまったような形状をしている。右:幼虫を1匹ずつ取り出してスライドグラスに並べた様子。

さっそくこの幼虫の遺伝子を調べてみる(寄生虫は幼虫と成虫の形が全然違うので、幼虫の種やグループを知るためには、遺伝子に頼らざるを得ない)。すると、どうやらサメに寄生するサナダムシにかなり近いことが分かった。ただし、同種と思われるほど遺伝子の近いものはなく、「おそらくサメのサナダムシと同じグループだろうなあ」くらいしかわからなかった。
もしこの幼虫がサメに寄生する虫であれば、このタチウオに寄生した幼虫は、タチウオの体内では成虫になることができず、サメか何かに食べられて、その体内で初めて成虫になると予想できる。
残念ながら、このタチウオから見つかった幼虫が、その後どのような成虫になるかは、まだ分からない。いつか僕がサメを調べて、お腹からサナダムシの成虫を得て、その遺伝子を調べたときにタチウオからの幼虫と同種と思われるほど近しかった場合に、タチウオからサメに感染が回ることが想定できるようになる。
だがしかし、サメは鮮魚店にあまり売っていないので、それが分かるのは遠い未来のことになりそうだ。ちなみに、タチウオがどうやってこの幼虫に感染したのかも、全く分からないままになっている。

図2. タチウオに寄生した条虫の幼虫が、サメに感染して成虫になるまでの予想図。本当にサメに感染するかは証明されておらず、タチウオが何を食べてこの寄生虫に感染したかもよくわからない。この寄生虫の一生が明らかになる日は遠そうだ…。

寄生虫が一生を全うするために必要なこと

寄生虫は一般的に「怖い」と思われがちな生き物だろう。場合によっては「しぶとい」「生命力が高い」といったイメージもついて回ることがある。例えば映画界の代表的な寄生虫のスター(だと僕は思っている)である、リドリー・スコット監督の「エイリアン」は、幼体が人に寄生する。この寄生生物は、酸の体液を持ち、成体はその強靭なアゴや尾で人に襲い掛かってくる怪物ともいうべき存在だ。
シリーズ2作目の「エイリアン2」では、どちらかというと数を頼みにして多数のエイリアンが人間に襲い掛かっていたが、マシンガンで撃っても撃っても簡単に駆除することはできなかったという点で、やはり怖くて強い畏怖の対象となっていた。
マンガ『寄生獣』の「ミギー」だって、右手に寄生してからは体を刃にしたり硬質化させたりと好き勝手にやっている。寄生虫に感染した人が急に狂暴化したり、感染が死に直結する例も少なくない(例:SFホラー映画「遊星からの物体X」など)。読者の皆さんの近くにいる「寄生虫のようなやつだ」と思われている人だって、転んでもただでは起きないハングリー精神のある人物だったりするかもしれない。
一方で、現実世界の寄生虫はどうだろう。もちろん病原体という意味で恐ろしい寄生虫はいるけれど、人に無関係な寄生虫も自然界にはたくさんいる。
また、寄生虫そのものを生き物としてみた場合、寄生する相手(=宿主)の体内という快適(好適)な住みかにたどり着けなければ、食い扶持がなくなったり住みかを失ったりするので生きていくことは難しく、その意味では生きることに大きな制約がつく脆弱な生き物といえるだろう。
さらに寄生虫には、タチウオから見つかった条虫の幼虫のように、次の宿主に感染しなければ次の成長段階に進めない、というものも少なくない。
一例として、僕の好きなマイマイサンゴムシというカラスとカタツムリの寄生虫の生活史を見てみよう。
マイマイサンゴムシは、成虫がハシボソガラスの消化管内に寄生して、たくさんの卵を産む。その虫卵がハシボソガラスの糞に交じって排泄されると、その卵を主に北海道に分布しているエゾマイマイというカタツムリが食べて感染し、体内でスポロシストという幼虫になる。この幼虫からさらにセルカリアという幼虫が外に放出され、別個体のエゾマイマイにもう一回感染し、今度はメタセルカリアという幼虫に成長する。最終的に、このメタセルカリアが宿主のエゾマイマイごとハシボソガラスに食べられると、再び寄生が成立する。

図3.マイマイサンゴムシの生活史。Nakao et al.(2017)ならびに佐々木・中尾(2021)に基づいて作成。マイマイサンゴムシは、ハシボソガラスとエゾマイマイがそろっていないと、その生態系で命をつないでいくことができない。

こういった寄生虫は、幼虫が宿主にどれだけたくさん寄生していても、成虫の宿主になる動物がその場にいなければ、モラトリアム期のまま一生が終わってしまうことになる。逆もまた然りで、成虫が宿主に寄生していても、幼虫の宿主がいなければいくら産卵したところで子供は育たない。こういった理由で、寄生虫の幼虫と成虫のすべての宿主がその生態系に揃っていなければ、寄生虫が子供から大人、そして子供に命をつなぐことはできない。
映画の中の「エイリアン」だって、ヒトや犬などの宿主にたどり着けなければ、フェイスハガー(幼体の小型ステージ)のままその生涯を終えてしまう。ああ、なんと寄生虫は厳しい生き方を選んだことだろう!このままでは、寄生虫はこの地球から絶滅してしまうのではなかろうか?
この地球では、多様な種の寄生虫が、それぞれさまざまな動物種に取りついており、野外において寄生虫の付かない動物はいないとまで言われている。実際に、僕が野外で捕まえてきた生き物には、たいてい何かしらの寄生虫が付いている。鮮魚店にならぶ魚だって、実は海で自由におよぐ野生の動物なので、アニサキスをはじめ何かしらの寄生虫が付いている。そういったものの中には、生涯のうちに複数の宿主を経由するものも少なくない。
というわけで、とても難しい生き方を選んだように見える寄生虫は、その実、野外では繁栄している。寄生虫の一見か細い綱渡りのように見える伝搬戦略は、実はパルクールのようなアクロバティックな攻めの戦略だった、といえるのではないだろうか。

つづく


【引用文献】
1.Nakao, M., Waki, T., Sasaki, M., Anders, J. L., Koga, D., & Asakawa, M. (2017). Brachylaima ezohelicis sp. nov. (Trematoda: Brachylaimidae) found from the land snail Ezohelix gainesi, with a note of an unidentified Brachylaima species in Hokkaido, Japan. Parasitology International, 66(3), 240-249.
2.佐々木瑞希, & 中尾稔. (2021). マイマイサンゴムシの自然界における終宿主の初記録. タクサ: 日本動物分類学会誌, 50, 6-10.



*併せて読みたい
脇 司著
カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑
』(ベレ出版)


当Web科学バー連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。

<バックナンバー>
第1話「この世の半分は寄生虫でできている」
第2話「そもそも「寄生」ってなんだろう?」