Parasite

 

寄生虫は気持ち悪いと思われることがほとんどだ。

しかも「あいつは寄生虫みたいだ」という言葉に尊敬の気持ちは微塵もない。

そう、寄生虫は存在としてかなり厳しいポジションにいるわけなのだが、

あまりにも多くの寄生虫が私たちのそばにいるので無視をするわけにもいかない。

というか、自然の中に出かけて行き、よく見てみるとこれが実に面白いのだ。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師、2022年4月から同大准教授。貝類の寄生生物をはじめ広く寄生虫を研究中。単著に『カタツムリ・ナメクジの愛し方:日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)がある。

 

あなたのそばに寄生虫

第5話

外来種にまつわる
寄生虫の複雑な事情

 文と写真 脇 司


まず外来魚を釣りに行く
梅雨直前のじめっとしたとある日、クーラーボックスを片手に、霞ケ浦のとあるフィールドに来た。時刻は夕方夕まづめ。ちょうど夜行性の魚が腹を減らし、動き始める時間帯だ。気温もさほど低くなく、喰いつきも期待できそうだ。僕はさっそく、サバの切り身を針にかけ、竿でブンと遠投する。やがて、遠くでボチャンと仕掛けが落ちた音。水底に仕掛けが落ちたのを竿の感触で確認してから、竿先に小さな鈴をつけ、放置してアタリを待つことにした。
釣りは魚が食うか食わないか次第なので、人間側が焦っても全く意味がない(水域の何処に仕掛けを投げるか、などのセンスはもちろん問われる)。この時間は僕にとって、忙しい日常から離れて「何もしない」ができる唯一といっていい時間だ。仕掛けを投げ入れて魚のアタリを待つ間、時間がどろりと鈍重になり、泥濘を歩くように脳の思考がゆっくりになる…。
そういえば、昨日観た映画、あまり面白くなかったな…今書いている論文、ここをこうすればもっと面白くなるかな…今日は何時くらいに家に帰れるかな…。
などと考えること十数分、竿先の鈴からチリンと音が。にわかに竿がガクンと引っ張られる。僕はあわてて竿をとり、慎重かつ大胆にリールを巻く。やがて大きな魚影が水面に浮かび、北米原産の大型外来魚「チャネルキャットフィッシュ」が水しぶきをあげる。頭からしっぽの先まで40センチはあろうかと思われるが、この魚種にしては全然小さい。

図1.北米原産の外来ナマズ・チャネルキャットフィッシュ(やや若い個体)。この写真の個体は体長およそ40センチだがこれでも小さめで、大きな個体は80センチオーバー、体重5キロに達することも。力がとても強いので、釣りではその「引き」を楽しむことができる(しつこいですが遊びで釣っているわけではありません)。
このチャネルキャットフィッシュは「釣り針+おもり+リール」のごく簡単な仕掛けで釣れるので、2021年に釣りを始めた僕のようなビギナーでも結構釣れる。釣り餌は動物質なら何でも良いが、においがあり酒の肴になるようなものが特に良い。僕は「サバの切り身」信者なので専らこれを使用するが、人によっては「イカの切り身派」「イカの塩辛派」「専用の市販の釣り餌派」「魚肉ソーセージ派」などの様々な流派に分かれ混迷を極めている。
実際に釣る際には、この魚が隠れられるような物陰、つまり橋の下や護岸のコンクリート構造物の近く、浮島の近くなどを狙って仕掛けを投げ込む。霞ケ浦では大型の個体が多く、そういった個体は力も強く引き上げる時にかなり暴れるので、魚との駆け引きを良い意味で「雑」に楽しむことができる。
ところで僕は、霞ケ浦まで遊びで釣りに来たのではない。にわかには信じてもらえないかもしれないが、これはれっきとした寄生虫研究のフィールド調査だ。

図2.チャネルキャットフィッシュのいそうな”におい”のする場所(実際に釣れたかどうかは別)。A:草が茂って水面の影になっているところ(矢印)。B:堤防や石積みの周辺(矢印)。C:橋の真下の影になっているところや、橋脚の根元(矢印)。
チャネルキャットフィッシュの寄生虫

霞ケ浦は利根川水系の一部で、茨城県の南東に位置する日本で2番目に大きな湖であり、淡水魚の一大漁場になっている。ここではウグイ、シラウオ、ハゼ類をはじめ色々な魚がとれ、まわりの道の駅では魚の佃煮や甘露煮が販売されている。どれも大変おいしいくおすすめで、僕もよくお土産に買って帰る。豊かな漁場・霞ケ浦の恵みを舌で感じることができるにちがいない。

図3.茨城県に位置する霞ケ浦とその周辺地図。霞ケ浦とその隣の湖・北浦から水が利根川に合流し、銚子へと流れやがて太平洋にそそぎ込む。

このように霞ケ浦は恵みの湖と呼ぶべき場所だが、一方で、ここにはたくさんの外来魚が入ってきた歴史的事実がある。その代表が、先ほど釣った北米原産のチャネルキャットフィッシュで、霞ケ浦には遅くとも1981年には入っていたようだ(片野ら,2010)。この魚は「アメリカナマズ」とも呼ばれており、僕のラボでは親しみを込めて「アメナマ」と呼んでいる。アメナマは在来魚を含むさまざまな動物を食べることで日本の生態系に悪い影響をおよぼしているとされ、外来生物法によって特定外来生物に指定されている。
この魚も一般的な魚の例に違わず寄生虫を宿しており、僕は専ら寄生虫目的でこれを釣っている。釣り上げたチャネルキャットフィッシュをラボに持ち込んで、キッチンバサミで腹を開いて出てきたピンク色の腸を顕微鏡でのぞくと、腸壁をゆっくり動く白い影が目に入る。それがチャネルキャットフィッシュの寄生虫「尾崎腹口吸虫」の成虫だ。この変わった名前の由来は、この虫を種として記載(新種とした)尾崎佳正博士で、この虫はプラナリアと同じ扁形動物の仲間だ。なお、この寄生虫の人への感染例はない。

図4.利根川水系(霞ケ浦含む)の尾﨑腹口吸虫の生活史。この生活史は、2019年以降の僕と共同研究者の先生方、そして大学のラボの学生さんとの研究で明らかとなった(Hayashi et al. 2022)。尾崎腹口吸虫の日本への侵入と生活史が明らかにされたのは、近畿の淀川水系に続いて2例目となる。成虫がチャネルキャットフィッシュに寄生するのが利根川水系の生活史の特徴だ。脇司・林蒔人。イラスト協力:関根百悠。

尾崎腹口吸虫の成虫は、霞ヶ浦では上の図のような生活史(一生)を送っている。
チャネルキャットフィッシュや日本のナマズに寄生した成虫は、宿主の腸で産卵し、その卵は宿主の糞と共に水中へ放出される(ナマズよりチャネルキャットフィッシュの方が圧倒的に個体数が多く、成虫の主な宿主はこちらと考えるべきだろう)。それがカワヒバリガイという二枚貝に取り込まれ、スポロシストという幼虫になる(①)。スポロシストからは、セルカリアという幼虫が大量に生み出されて水中に出る(②)。水中のセルカリア幼虫は、ウグイをはじめとした日本在来の小魚や、タイリクバラタナゴなどの外来種の小魚に感染し(③)、その体内で次のステージのメタセルカリアという幼虫になる。この幼虫が感染魚とともにチャネルキャットフィッシュやナマズに食べられると成虫になる(④)。br> ところで、チャネルキャットフィッシュは北米原産のナマズだ。では、この寄生虫も北米産で、宿主と一緒に日本に来たのだろうか?それとも、寄生虫が日本産で、チャネルキャットフィッシュは日本の寄生虫に感染したのだろうか?答えは、どちらもノーである。

様々な外来種が織りなす寄生虫の複雑な事情

チャネルキャットフィッシュの寄生虫・尾崎腹口吸虫は、東アジア原産だ。この虫は、カワヒバリガイという大きさ2センチ程度の貝と一緒に日本に来たと考えられている。この貝は東アジア原産で、養殖のために持ち込まれたシジミに紛れて日本に入ってきたとされ、すでに関東~近畿まで分布を広げている。カワヒバリガイがいる水域であってもこの寄生虫が必ずいるわけではなく、これまでその感染が見つかってきたのは、淀川水系と利根川水系だけとなっている。

図5.東アジア原産の淡水二枚貝カワヒバリガイ。写真のように、たくさんの個体が何かしらの構造物にくっついて生活する(写真では、水中の木の枝にくっついていた)。毛のような足糸(矢印のもさもさしたもの)でくっつくが、集団で付着されると掃除がとても大変だ。この貝もチャネルキャットフィッシュと同様に特定外来生物に指定されている。

おそらくこの寄生虫は、原産地の東アジアでは、カワヒバリガイ=>現地の小魚=>ナマズ類…の順に感染して生きていると思われる。東アジアでこの寄生虫が問題になった話は全く聞いたことがなく、原地の魚は感染してもひどい病気にならないようだ。
一方で、日本の魚にとってこの寄生虫はまさに新興疾病で、メタセルカリアの感染を受けた小魚に対して強く病害性が出る。典型的な症状はヒレからの出血症状で、日本在来の小魚がこれによって死んでしまうことが心配される。
霞ケ浦では、チャネルキャットフィッシュとカワヒバリガイはもちろんのこと、外来種の小魚もメタセルカリアのキャリアとしてこの寄生虫の生活史を回すのに一役買っている。外来種の様々な魚や貝がいる中で、日本在来の小魚が外来種の寄生虫に感染して一人(?)負けしているという、カオスな状況になっている。

アメナマ釣りは楽しいが…

伝統的な釣り「ヘラブナ釣り」は気軽に楽しめるため初心者にお勧めで、シンプルなだけに奥深く、釣りの玄人も一周してヘラブナ釣りに帰ってくるという。チャネルキャットフィッシュ=アメナマ釣りも同様に、仕掛けは至ってシンプルだが、細やかな釣り場や餌の選択の違いがその日の釣果を左右する。力が強く、釣るときの「引き」もすばらしい。「釣りはアメナマに始まり、アメナマに終わる」のかもしれないが、この尾崎腹口吸虫を駆除するためにも、アメナマ釣りができなくなるほどチャネルキャットフィッシュを減らすべきだろう。
とは言うものの、一度入った外来種を駆除することはとてもとても難しい。
実は、利根川水系(霞ケ浦含む)の尾崎腹口吸虫がどこから来たかは分かっていない。すでにこの虫が侵入していた淀川水系から、何らかの形で持ち込まれたのかもしれない。あるいは、海外から感染カワヒバリガイが直接、利根川水系に持ち込まれたのかもしれない。いずれにしても、水と水が陸で隔てられている以上、寄生虫が人の手で運ばれたことは間違いないだろう。感染域のチャネルキャットフィッシュやカワヒバリガイ、そして小魚を他の場所に放流しないように心掛け、人の手による感染拡大を防ぐことが大事なのだ。

末筆ながら、利根川水系での本寄生虫の研究(Hayashi et al. 2022)を共同で実施させていただいた、共同研究者の皆様に感謝致します。

つづく



【引用文献】
1.片野修, 佐久間徹, 岩崎順, 喜多明, 尾崎真澄, 坂本浩, 山崎裕治, 阿部夏丸, 新見克也 & 上垣雅史. (2010). 日本におけるチャネルキャットフィッシュの現状 (保全情報). 保全生態学研究, 15(1), 147-152.
2.Hayashi, M., Sano, Y., Ishikawa, T., Hagiwara, T., Sasaki, M., Nakao, M., Urabe, M. & Waki, T. (2022). Invasion of fish parasite Prosorhynchoides ozakii (Trematoda: Bucephalidae) into Lake Kasumigaura and surrounding rivers of eastern Japan. Diseases of Aquatic Organisms, 152, 47-60.

*併せて読みたい
脇 司著
カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑
』(ベレ出版)


当Web科学バー連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。

<バックナンバー>
第1話「この世の半分は寄生虫でできている」
第2話「そもそも『寄生』ってなんだろう?」
第3話「綱渡りのような一生」
第4話「秋の夕暮れとヒジキムシ」