Parasite

 

寄生虫は気持ち悪いと思われることがほとんどだ。

しかも「あいつは寄生虫みたいだ」という言葉に尊敬の気持ちは微塵もない。

そう、寄生虫はこの世の中でかなり厳しいポジションにいるわけなのだが、

あまりにも多くの寄生虫が私たちのそばにいるので無視をするわけにもいかない。

というか、自然の中に出かけて行き、よく見てみるとこれが実に面白いのだ。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師、2022年4月から同大准教授。貝類の寄生生物をはじめ広く寄生虫を研究中。単著に『カタツムリ・ナメクジの愛し方:日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)がある。

 

あなたのそばに寄生虫

第6話

愛しいハリガネムシが見つからない

 文と写真 脇 司


ある夏の日の思い出
小さいころ、実家でカマキリを捕まえて虫篭で何匹か飼っていたことがある。
やがてそのカマキリのうち1匹が死んで、その中から白くて細長い虫が出てきた。ちょっとトラウマチックな体験である。
その時はその虫の正体がわからなかったが、うちの親は手慣れたもので、その細長い虫を割りばしでつまみ、ライターで燃やしてさっさと殺してしまった…。そんな夏の日の思い出、である。
さて、この寄生虫は「ハリガネムシ」という(図1)。古い文献では「鉄線虫」の呼び方が使われている。さらに古い文献には「サウメン(そうめん)ムシ」の呼び名もあったという。ミミズやゴカイにみえるかもしれないが、類線形動物門というグループで、この門に属する全ての種が寄生虫と考えられている。すごいグループだ。
カマキリだけではなくカマドウマ、オサムシなどの昆虫類に寄生することが知られているが、ハリガネムシの種類によって利用する宿主は違っている。日本には十数種のハリガネムシがおり、一部の種類は海の節足動物に付くことが知られるが、今回は陸上のハリガネムシの話をしよう。

図1.黒いハリガネムシ(Chordodes属の一種)。この種類のハリガネムシの手触りはざらざらしていて、「いたくない紙やすり」のような触感だ。体は意外と硬くて、人の手で曲げようとしても簡単に曲がらない。やや硬めの針金モールのような触感だ。見た目・触感からしてまさしくハリガネという感じで、ハリガネムシとは良い名前を付けたものだ。

ハリガネムシの巧妙な生活史と伝説
さて、この細長いハリガネムシがカマキリなどの昆虫から出てくるのには理由がある。
ハリガネムシは、実は水の中で産卵する(図2)。そこで水の中に行きたいハリガネムシは、宿主のカマキリの行動を操作して、水辺まで運んでもらっている。やがてカマキリが水辺に行き水に落ちると、ハリガネムシがすみやかに宿主から脱出する。ハリガネムシにも雌と雄がいて、”つがい”が水中で交尾して、雌が産卵する。これが、ハリガネムシが宿主からでてくる理由となる。
日本では、夏~秋にハリガネムシが宿主から脱出して水の中をのたうつ光景がよく見られるため、この時期の水中はさながらハリガネムシの婚活会場になる。
こうして水中で生まれたハリガネムシの卵からは、やがて幼虫が孵化してくる。
ハリガネムシの幼虫は、まず水中で生活する水生昆虫の幼虫に感染する。その水生昆虫は、ハリガネムシを保持したまま羽化して成虫となり空中を飛び回る。それがカマキリなどの昆虫につかまって捕食されることで、再び感染がまわっていくのだ。

図2.カマキリに付くChordodes属ハリガネムシの生活史。
宿主の昆虫から脱出するときの見た目のインパクトから、ハリガネムシには様々な伝説がある。
よく耳にするのは、江戸時代の拷問に使われたという話だ。これは、カマキリから出てきたハリガネムシを罪人の爪と指の間に突っ込むと、ハリガネムシが自分から指に潜って体内に侵入するというもので、指がきわめて痛いらしい。なんとも身の毛のよだつ拷問…のように聞こえるかもしれないが、これは明らかな迷信だ。上記のハリガネムシの生活史から考えると、カマキリから出てきた虫体は、わざわざ人の体に入りなおすなんてことはしないし、むしろ早く水の中で自由な生活を送りたいはずだ(図3)。
この他にも実話として、水道水の給水装置からハリガネムシが出てきたとか、人の口から出てきた(これは迷入〔何らかの原因で一時的に迷い込んだこと〕とされる)とか、とにかく話題に事欠かない寄生虫だ。

図3.カマキリを宿主とするハリガネムシ(Chordodes属の一種)を著者の手に乗せているところ。この個体は水の中を泳いでいたので体はひんやり。体表は、例によってざらついておりちょっと気持ちよい。こうやって触っていても、ハリガネムシが人の体に侵入するなんてことは全くない。この意味で、とても安全な寄生虫と言えるだろう。
ちなみに、ハリガネムシの行動操作によって飛び込んだ昆虫は、実は魚の重要な餌になっていると考えられている。ハリガネムシは、陸上の栄養を水中の魚に共有する「ポンプ」の役割を果たしているわけだ。ちゃんと生態系のお役に立ちつつ、手触りまで気持ちいいハリガネムシ。なんて愛されるべき寄生虫なのであろうか!

ハリガネムシを求めて
ハリガネムシが好きなので、ハリガネムシ探しは僕の夏から秋にかけての半ば趣味的ともいえるライフワークになっている。
そんなハリガネムシを探すときは、ちょっと澱んだ水の落ち葉の積もったところとか、小さな水の緩やかに流れるせせらぎとかに手網を入れる。そうすると、虫体が網に入ることがある。タイミングと場所がマッチすればたくさん採れることもあるが、実際に野外で探して見つけるのは結構難しい。別の生き物を採集しているときにたまたま取れた、ということの方が多かったりする。
日本のハリガネムシ研究の太祖として知られる井上巌博士も、「ハリガネムシ類は特殊の地帯を除き偶然的に見いだされることが多い…」「ハリガネムシ類は中々材料が得難いものであり…」と書き連ねている。そう、ハリガネムシとの出会いは古来より一期一会なのだ。
このように大変貴重な虫なので、道路の上でカラカラに干からびたハリガネムシも、サンプルとしてちゃんと大切にコレクションしておく(図4)。今にして思えば、幼少期に燃やされたハリガネムシ、ちゃんと取っておけばよかったなあ…。

図4.干からびたハリガネムシ(Chordodes属の一種)の例。A:おそらく宿主ごと車に引かれてしまったのだろう…。炎天下で宿主共々、カラカラに乾燥してしまっている(矢印がハリガネムシ)。B:こちらは別地点の道路の上で採れたハリガネムシ。手網に入れて撮影することで「なんちゃって採集風景」にしたかったけれど、虫体が乾いて丸まっていてちょっと不自然かもしれない。こんな乾いたサンプルでも、大事に持って帰ります(遺伝子は多分読めます)。

このように、夏から秋まで目を皿のようにしてハリガネムシを探している。やがて眼が肥えてくると、その辺に落ちている「黒くて細長いもの」が全部ハリガネムシに見えてくる。
例えば、下の写真(図5)は大学の廊下に落ちていた糸くずだ。大学の屋内にハリガネムシなんぞいるわけがないのに、こんなものでも脳の一部が「あっ!!!!!ハリガネムシ!!!!」と認識してしまう。僕の認知能力はそんなもんである。

図5.ハリガネムシに見えた糸くず。
下の写真(図6)もハリガネムシと誤認した例。アスファルトのヒビの黒いところ(矢印)が、道路の上で干からびたハリガネムシに見えてしまう。視線を合わせてヒビとまっすぐ向き合うと「ああヒビか」と判るが、視界の隅っこにこれがチラリと見えたりると、脳の一部が「おっ!!!ハリガネムシ!!!」と反応してしまう。

図6.ハリガネムシに見えたアスファルトのヒビの黒いところ。

図7.どれがハリガネムシかわかるだろうか?
最後の写真(図7)はひっかけ問題で、どれも本物のハリガネムシだ。読者の皆さんは、一瞬、違うものに見えたりしなかっただろうか?
一連の写真とこの記事で、ハリガネムシの認知のむつかしさ、そしてその愛らしさを少しでも知っていただけたら、とても幸いである。

貴重なハリガネムシの写真を提供いただいた東邦大学の林蒔人様に感謝致します。

つづく



*併せて読みたい
脇 司著
カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑
』(ベレ出版)


当Web科学バー連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。

<バックナンバー>
第1話「この世の半分は寄生虫でできている」
第2話「そもそも『寄生』ってなんだろう?」
第3話「綱渡りのような一生」
第4話「秋の夕暮れとヒジキムシ」
第5話「外来種にまつわる寄生虫の複雑な事情」