Parasite

 

寄生虫は気持ち悪いと思われることがほとんどだ。

しかも「あいつは寄生虫みたいだ」という言葉に尊敬の気持ちは微塵もない。

そう、寄生虫は存在としてかなり厳しいポジションにいるわけなのだが、

あまりにも多くの寄生虫が私たちのそばにいるので無視をするわけにもいかない。

というか、自然の中に出かけて行き、よく見てみるとこれが実に面白いのだ。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師、2022年4月から同大准教授。貝類の寄生生物をはじめ広く寄生虫を研究中。単著に『カタツムリ・ナメクジの愛し方:日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)がある。

 

あなたのそばに寄生虫

第4話

秋の夕暮れとヒジキムシ

 文と写真 脇 司


秋を告げる風物詩と言えば…
デパ地下で売られる惣菜に、ニンジンをモミジ型に切り抜いたものが乗せられ始めた。和菓子コーナーにも、栗がまるごと入った薄皮まんじゅうが並び始め、練り切りにも柿や栗を模したものが目立つようになった。秋の到来だ。
広島で高校時代を過ごしていたころは、ススキの穂や、空に出てくる秋の雲や、ジョロウグモの成長度合いで秋の訪れを感じたものだった。ところが今はどうだろう。天気や紅葉を見て秋を感じるよりも先に、デパ地下や和菓子コーナーの品揃いの変化で季節の移ろいを感じるのが現代の東京都心…というのが僕の実感だ。

図1.秋の訪れを感じさせるもの。左は、秋の猪苗代町で散策中に出会った、紅葉に囲まれた小さな滝。右はその近くで見かけたジョロウグモ。このクモは秋に大きく成長するので、生き物屋にとって秋を感じさせる虫となっている。

とはいえ僕は、この季節変化の感じ方があまり嫌いではない。「季節感に乏しい」「温かみに欠ける」と言ってしまえばそれまでかもしれないが、五感で感じるよりも早く秋を目の当たりにできるメリットもあるだろう。
千疋屋の店頭にならぶのは初物のイチジク。スーパーにも、北海道水揚げの新物サンマが並び始めている。もう秋である。そして僕はこうつぶやくのだった。
「今年も、もうサンマヒジキムシの季節か…」

図2.秋になり、店頭に並び始めた新物サンマ。トロ箱に入ったサンマをトングで採って買うのが楽しい。

サンマの寄生虫その1「鉤頭虫ラジノリンクス」

魚という食べ物は、日本人が利用する天然資源のうち、唯一と言っても良い野生動物だ。本来、野生動物に寄生虫がついているというのは当たり前のこと。ある野生動物が餌となる生物を食べる際、その餌生物に寄生虫の幼虫がついていることは結構ある(というか、寄生虫は、餌生物に寄生して食べられる戦略をとっているものが多いのだ)。魚のような動物は、感染源の虫体が含まれる海・河川の水に長時間晒されてもいる。
どうも今の日本人は、あたりまえにいるはずの天然魚の寄生虫に対して、敏感になりすぎているように思う。魚につく様々な寄生虫のうち、人に害があるのはほんの一部の種類だけなのだから。
それはさておき、秋の魚といえばサンマだ。日本では超有名な魚の一つで、秋になると毎日のようにその姿を目にするようになる。一方で、生きて泳ぐサンマを見た人は少ないのではないだろうか? 
実はサンマ、通常の網によるサンプリングでは死にやすく、展示飼育が難しい。というのも、サンマはウロコが剥がれやすく、網で採るときの刺激でウロコがバラバラと剥がれ落ちてしまう。サンマの塩焼きを食べる時を思い出してほしい。
サンマの内臓(もっと細かく言えば消化管)に大量の青いウロコが入っていることがあるだろう。それはサンマのウロコだ。網で大量のサンマを水揚げするときに、網の中のサンマたちのウロコが次々剥がれてしまい、その大量のウロコをサンマが飲み込んだものなのだ。ウロコが落ちると魚はやがて死んでしまうので、網で採集した後に長期間飼育することは難しい。
また寿命も2年と短く、折角苦労して採集しても、展示期間がそこまで長くない。こういった理由で、サンマは鮮魚ではよく見るけれども泳ぐ姿を見かけない魚となっている。
さて、サンマも他の天然魚の例に違わず、実に様々な寄生虫がつく。その代表的な寄生虫の一つが、鉤頭虫の仲間・ラジノリンクス・セルキルキ(以下ラジノリンクス)だ。
ラジノリンクスはオレンジ色の寄生虫で、サンマの消化管内に寄生する。大きさはおよそ1~3cm程度で、サンマへの病害性はほとんどないとみられる。ちなみに人に寄生するような寄生虫ではなく、私たちがこのラジノリンクスを食べても問題はない。
さてサンマはご存知の通り内臓がいちばんうまいのだが、このラジノリンクスの鮮やかなオレンジ色はサンマを焼いても失われることはない。内臓の苦みが好きな諸君なら、焼き上がったサンマのはらわたにオレンジ色の短い紐のようなものがあるのを一度は見たことがあるだろう。見たことがなければ、次からは意識して観察してほしい。これはサンマの内臓ではなく、寄生虫のラジノリンクスだ。

図3.研究用にサンマの内臓を取り出して解剖しているようす。左図はサンマの消化管を少し壊してラジノリンクス(矢印)を露出させたところ。右はラジノリンクスをスライドガラスに並べて標本にするところ。虫体はおよそ1~2 cm。この調査日は、サンマを5個体解剖して5虫体を得た。各サンマに1虫体いたわけではなく、感染魚には複数の虫体が付いており、調べた5個体の中には感染していないサンマもいた。とはいえ、この日はなかなか高い発見率だったと言えよう。

サンマの寄生虫その2「サンマヒジキムシ」

サンマの寄生虫にはもう一つ、有名なものがいる。それがサンマヒジキムシだ。サンマヒジキムシは、カイアシ類という甲殻類の仲間で、広い意味でエビ・カニの仲間になる。
この虫は、ヒトが食べても問題なく、ヒトに寄生するようなこともない。購入したサンマにもしこの虫が付いていたとしても、心配せずにそのまま引き抜き除去すればいつも通りサンマを食べることができる(甲殻類だから、アレルギーの人は注意が必要かもしれない)。エビ・カニと言っても、姿かたちは5センチくらいの黒い紐のようなもので、まさにヒジキそっくりだ。「サンマ」「ヒジキ」「虫」とは言い得て妙であり、大変良い名前を与えられたと思う。

図4.サンマヒジキムシに寄生されたサンマのエタノール固定標本。サンマから伸びる黒いものがサンマヒジキムシの虫体(矢印は胴部を示している)。

実は、僕はこのサンマヒジキムシが大好きで、スーパーや鮮魚店でこの虫を見かけると宿主のサンマごと買い上げてしまう。というのもこのサンマヒジキムシ、店頭に出る時にはあらかじめ人の手によって取り除かれて無くなっていることが多い。このため、珍しくも店頭に並んだサンマヒジキムシを見かけると、ついつい僕の財布のひもは緩んでしまうのだ。
サンマヒジキムシを見つけたいなら、白いスチロールパックに入ってラップされたサンマより、ブルーシートの入った大型スチロール容器(トロ箱)に氷とともに入っているサンマの方がおそらく人の目に触れる機会が比較的少ないので、この虫の発見率が体感で高いように思われる。
1度だけ、サンマの塩づけと一緒に塩漬けにされてしまったサンマヒジキムシを見かけたことがある。加工場で気づかれずに、サンマと一緒に塩(もしかすると塩水)に漬けられてしまったのだ。
人の手で除去されたり、塩サンマと塩漬けにされたり、運よくそれを潜り抜けても僕のような研究者に買い上げられたり、まったく数奇な運命をたどりがちな寄生虫と言えるだろう。このようにサンマヒジキムシはネタの宝庫だが、サンマは秋しか出回らないので、僕にとって秋は「サンマヒジキムシを集める時期」になっている。

図5.塩サンマとともに塩漬けにされてしまったサンマヒジキムシ(矢印)。

ちなみに、サンマにくっついているのは全て雌となる。サンマヒジキムシの仲間であるヒジキムシの仲間は、交尾をした後で雌が宿主に取り付いて頭を突っ込み大きく成長し、卵を作る。生活史には謎が多く、サンマにたどり着く前に別の宿主(イカタコの仲間の可能性がある)に付いているはずなのだが、実際に何に付くのか、よくわかっていない。
サンマヒジキムシの成体(大人)がサンマだけにしか着かないのか、実は他の魚にも寄生できるのかどうかについても、はっきりしていないようだ。この不思議な生物の全貌が明らかにするなるのは、もう少し先のことになるだろう。

図6.サンマの寄生虫ラジノリンクスとサンマヒジキムシ。ラジノリンクスは腸管内に寄生するため外部からは見えないが、たまにサンマの肛門から虫体が出ていることもある。サンマヒジキムシは頭胸部が完全にサンマの体内に入り込んでしまっており、全体の虫体を観察するためには、寄生部位を丁寧に切り開いていくしかない。

サンマの記録的な不漁が続いているという。ニュースを見てもサンマの資源を守ろうとかいった話はなく、サンマの値段の心配ばかりで嫌になる。
もっと、サンマを保全しつつ食べていくにはどうするかとか、自然界でサンマを食べてきた動物の餌は大丈夫かとか、心配をすべきことは他にもあるのではなかろうか。僕としては、サンマはもちろん、サンマに寄生するサンマヒジキムシやラジノリンクスが一緒に減ることが心配だ。
これらの寄生虫がサンマだけに寄生するかははっきりしないが、どちらもサンマからよく見かける虫なので、サンマは主要な宿主の一つであることは間違いないだろう。 生態系は、生物同士の微妙なバランスが保たれることで維持されている。サンマと一緒にサンマヒジキムシやラジノリンクスが減ってしまうことで、まわりまわって地球上の生態系が大きく変わってしまう、ということも起こりえるのかもしれないのだから。

つづく


*併せて読みたい
脇 司著
カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑
』(ベレ出版)


当Web科学バー連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。

<バックナンバー>
第1話「この世の半分は寄生虫でできている」
第2話「そもそも『寄生』ってなんだろう?」
第3話「綱渡りのような一生」