EXPLORER

 

地球上に残された"人類未踏の地"はあるけれど、

潜水艇も宇宙船も使わずカラダひとつで行けるのは地底だけ。

暗くて狭くて寒そうな地底への入口といえば洞窟だ。

国内外1000超の知られざる洞窟に潜ってきた洞窟探検家による、

逆説的サバイバル紀行"洞窟で遭難する方法、教えます"。



著者プロフィール
吉田勝次(よしだ かつじ)

1966年、大阪生まれ。国内外1000超の洞窟を探検・調査してきた日本を代表する洞窟探検家。(社)日本ケイビング協会会長。洞窟のプロガイドとして、TV撮影のガイドサポート、学術探査、研究機関からのサンプリング依頼、各種レスキューなど幅広く活動。THE NATIONAL SPELEOLOGICAL SOCIETY(米国洞窟協会会員)。(有)勝建代表取締役。同社内の探検ガイド事業部「地球探検社」主宰。ほか探検チームJ.E.T (Japan Exploration Team) と洞窟探検プロガイドチーム「チャオ」の代表。個人ブログ「洞窟探検家・吉田勝次の足跡!」では日々の暮らしから最近の海外遠征まで吉田節で綴る(動画あり)。甘いものに目がない。

 

人類未踏地をゆく

世界洞窟探検紀行

 

第5話

三重県「霧穴」探検 その1

文と写真 吉田勝次(洞窟探検家)

◎食事の準備

 本連載で最初に案内する洞窟「霧穴」があるのは三重県。僕の基地のある愛知県から車で4時間ほど。車で行けるところまで行って、持てるだけの荷物を担いで山を1時間登れば、洞窟の入口「洞口」に着く。
 こう話すと、けっこう気軽なレジャーだと思うかもしれない。実際、洞窟用の個人装備さえ揃えてしまえば、相乗りする車のガソリン代と高速代を割り勘にするので、懐にやさしい趣味と言えるだろう。ただ、僕の洞窟探検は、探検を充実させるために食事を大切にしているので、とにかく食料が多くて荷物が重くなる。探検なのだから、荷物はなるべく軽量にすべきじゃないかと思うかもしれない。しかし、それは登山のはなしだ。山に登れば目の前に広がる雄大な景色と澄んだ空気がご馳走になるからだ。
 一方、洞窟は山と違って、洞内に入ると外からの情報が一切遮断され、光がまったく届かない真っ暗の空間なのだ。一度入ったら昼か夜かもわからなくなる。狭い場所が多く固い岩に囲まれているため閉塞感が常にあり、立ち上がって歩ける場所も少なく、湿度が高くじめじめしていている。地面は大きな岩がごろごろしているガレ場か、洞内を流れる水が運んだ泥でぬかるんでいるか、あるいは水中か。いずれにしてもそこにいるだけで相当にストレスがかかる。なので、心をリセットするために食事ぐらいはおいしく、たのしく、みんなでおしゃべりしながら食べたいのだ。それがひいては、洞窟探検のさらなる充実につながることは、20年以上続けている洞窟探検のリーダーとして実感している。
 時計の針を少し戻して、洞窟探検に出発する前日。とくに洞窟内に寝泊まりして探検する時の食材の調達は重要な仕事だ。五人で連泊するなら、食料だけの重さが女性二人分、90キロを超える。生ゆでタイプのうどん、肉、野菜たっぷり、キムチ、僕のソウルフードの赤味噌と、とにかくおいしければいいという方針で食材を選ぶから重くなる。
 探検のための装備も含めて、すべての荷物をパッキングするのにメンバー全員で丸1〜2日かかる。探検の成功を決めるのは探検直前のパッキングだと言っても過言ではない。なぜなら、どのバッグに何が入っているか全員で把握しておきたいからだ。そうしないと、厳しい環境の洞窟の中で、例えばよく使う道具の「カラビナをとってくれる?」「え? どこですか?」と返答するようでは、洞内の貴重な時間がもったいないし、ストレスが溜まる。もっと言うと「カラビナ」という言葉さえ省略するために、カラビナを入れたバッグに緑色のテープを貼って色で誰でもわかるようにしておけば、洞内では「緑」と言うだけで、カラビナがほしいのだと相手に伝わるのだ。
 洞窟内はただでさえ厳しい環境なので、スムーズなやりとりを実現する必要がある。そういう理由で、荷物の中身を把握するためのパッキングの作業に参加できないメンバーは、翌日からの探検に参加しなくていいと伝えている。

写真1 基地でパッキングをする仲間たち。

 パッキングは、道具類、寝具、食料をそれぞれ40リットルのケイビングバッグに入れて色付きテープで何が入っているかをわかるようにしておき、さらに各バッグの重さを測って基地の一画に並べていく。1つのバッグは重いもので12キロくらいだろうか。それを3つ、多いときで5つ背負子に積み上げると腰からお腹くらいの高さになる。
 バッグの中にどうやって荷物を詰めていくのかも、洞窟探検ならではのやり方がある。軽いものは下で重いものを上にという登山の常識は通用しない。なぜなら、洞内ではバッグを背負って歩く場面は少なく、人はロープにぶら下がるか、狭い通路を這うか、岩と岩の隙間に体をねじ込むか、そういう姿勢でいる時間のほうが長いのだ。
 もし重いバッグを背負ってロープにぶら下がったらどうなるだろう? 後ろに重心が移って、その上体をもとに戻すだけで腹筋を相当使い、腕も曲げておかなければならないので、姿勢を維持するためだけに体力を使ってしまうことになる。
 だから、狭くてストレスのかかる洞内で荷物を探す労力を減らすために、なるべく食材、道具など種類ごとにバッグを分けてパッキングする。バッグそのものは十分な強度の材質に防水加工が施され、体にぶら下げられるように工夫されている。  ちなみに、探検メンバーが集まる僕の基地には、洞窟探検に必要な訓練を積むための設備を整えて、いつでも練習ができるようにしている。ツアー参加者はもちろん、洞窟探検チームの新メンバー、テレビの撮影スタッフも、めざす洞窟に入るために必要な技術を自分一人でクリアするまで練習してもらうのだ。プロの洞窟ガイドには定期的に訪れてもらい、レスキュー技術の向上に努めてもらう。この基地は社団法人日本ケイビング連盟の本部であるので、職業ケイビングガイドの認定も行ない、事故なく安全に洞窟を楽しむために機能している。

◎一路、霧穴へ

 みんなでパッキングしたバッグを車の中にぎっしり積み込んで、一路三重へと向かおう。林道で車が入れるところまで行き、車を降りてからは荷物を担いで山道を登るのだ。どの荷物をいくつ背負って登るかはジャンケンで決めるのが僕たちのルール。遊びの要素を随所に入れて、体力的に厳しい状況を少しでも楽しもうという涙ぐましい努力のひとつである。

写真2 各自が持つ荷物はジャンケンで決める。

 先ほど話した90キロの荷物ができてしまったときは、ある男(地質学者のK氏)が背負うことになり、4人掛かりで「オリャー!」と激重の荷を担ぐところまでは手伝った。K氏が山道を歩き出して先に行ったなと思ったら、木の向こうで、すっと姿が消えた。あれ? と思って近寄ってみるとK氏は倒れて動けなくなっていた……。結局、その荷物は僕が担ぐことになったのだが、このときはさすがにきつくて、少し歩いたら木の幹に抱きついて休み、次に抱きついて休めそうな適当な太さの木を見つけたらそこまで歩いてまた休む、という登り方だったので、ふだんは洞口まで1時間のところが5時間かかってしまった。

写真3 筆者(左)とI氏で山を登り霧穴の洞口へ向かうところ。

 何をするにも体力がいる探検には甘いものが欠かせない。甘いものに目のない僕は、ホットケーキ、ぜんざい用の小豆も持ち込んで食べる。秘境を旅する紀行『オーパ!』で知られる作家の開高健も旅先で甘いものを常に食べられるようにしてくれと同行者に頼んでいたという。
 探検中の行動食としてチョコレートと飴は定番。メンバーに好評だったのは激甘インスタントレモンティー。洞内で汲んだ水を沸かしたお湯で粉末を溶かして飲むとおいしく、水筒に入れて探検中に持ち歩く人もいたほどだ。
 ここまで洞窟の話より食べものの話が多いように、食にこだわりは強い。洞窟の中で仲間といっしょに食べる食事は格別だからだ。何物にも代え難いので、食べたい食料を持って山を登るのは僕が自らに与えた使命だと思っている。
 念のため言っておくと、日帰りの洞窟探検ならば、一人分が90キロになるような重い荷物にはならないので安心してほしい。これは何日も洞窟の中に泊まりながら探検をするときの話だ。

◎油断禁物

 荷物を担いで山道を1時間ほど登り霧穴の入口「洞口」までやって来ると、「え? ここから入るの?」と思うかもしれない。畳三畳ほどの洞口は、植物が茂る山の斜面にあり、垂直方向に深くなる「縦穴」なので、陸上で見る限りあまり存在感はない。目の前にそびえる山に登る登山とは違う。ただ、洞窟に入るには、最初からロープを使って真っ暗な穴の中に降りていくことになるので、まったくの初心者では入れない。
 実は、霧穴という洞窟は上級者向きだ。今回は文章なので案内できるのだが、本来は洞窟探検に必要なロープワークだけでなく、レスキュー技術までマスターしている人が入れる洞窟なのだ。

写真4 霧穴の洞口の縦穴から下降する筆者。

 ふだん「鍾乳洞」という言葉から連想する洞窟は「横穴」のことが多い。これらはコンクリートを打った通路であり、スニーカーで歩けて、手すり、階段が整備され、案内版と順路を示すサインがあり、ライトアップもされている。しかも人間の都合に合わせて岩を割ったりして改造している「観光洞」だ。
 一方、いま目の前にある霧穴という洞窟は自然のままなので、観光洞にあるような設備は一切ない。そもそも、霧穴の洞口は極端に小さくはないが、登山道からは外れた場所にひっそりあるので、案内して連れて行かれなければ、ほぼ見つけることは不可能だ。何度も通った僕でさえ、一度、一人で夜に向かっていて途中で迷ってしまったほどである。そのときは、すでに夜中で荷物もあり、そのまま歩き続けたらマズイ予感がした。だから、その場にバタッと倒れ込んで寝てしまった。朝起きて、明るくなって見回してみたら「なんだ、ここかー」と、自分が居る場所がすぐにわかって、そこからは霧穴の洞口まで迷わず行けたのだが……。どんな洞窟でもそうだが、たいてい洞口は山の中のわかりにくい場所にあるものだ。
 そんなわけで、荷物を背負って山を登って洞口に着くと、早くも達成感を感じて油断する人がいる。「えー、こんな穴に入るんですかー」とはしゃいで安易に洞口を覗き込もうとする人もいる。これが危ない。
 洞窟で事故が起こりやすいのが縦穴の洞口で、死亡率がいちばん高い。洞口は穴の入口なので、まだ明るく、安心感があって油断する。洞窟に入る前にごはんを食べたり、仲間としゃべったりしているうちに、「どんな洞窟だろうねー?」とふらふらっと洞口に近寄っていったりして、そのまま穴に落ちる事故が起こるのだ。
 穴の底までは何十メートル、洞窟によっては何百メートルもあるので、落ちたら一巻の終わり。洞口のまわりの土がまた崩れやすいので、洞口は洞窟でいちばん危険なところといってもいい。だから、体をロープで確保せずに洞口の縁から1メートル以内に近づいてはいけない、と僕はみんなに言っている。自然洞の洞口のまわりに安全のためのロープが張ってあるわけではない。自然の洞窟に入るときは常に油断禁物だ。

つづく

【バックナンバー】
第1話 怖がりの洞窟探検家
第2話 すごい洞窟の見つけ方
第3話 ある遭難しかけた者の物語 その1
第4話 ある遭難しかけた者の物語 その2
第5話 三重県「霧穴」探検 その1
第6話 三重県「霧穴」探検 その2