EXPLORER

 

地球上に残された"人類未踏の地"はあるけれど、

潜水艇も宇宙船も使わずカラダひとつで行けるのは地底だけ。

暗くて狭くて寒そうな地底への入口といえば洞窟だ。

国内外1000超の知られざる洞窟に潜ってきた洞窟探検家による、

逆説的サバイバル紀行"洞窟で遭難する方法、教えます"。



著者プロフィール
吉田勝次(よしだ かつじ)

1966年、大阪生まれ。国内外1000超の洞窟を探検・調査してきた日本を代表する洞窟探検家。(社)日本ケイビング連盟会長。洞窟のプロガイドとして、TV撮影のガイドサポート、学術探査、研究機関からのサンプリング依頼、各種レスキューなど幅広く活動。THE NATIONAL SPELEOLOGICAL SOCIETY(米国洞窟協会会員)。(有)勝建代表取締役。同社内の探検ガイド事業部「地球探検社」主宰。ほか探検チームJ.E.T (Japan Exploration Team) と洞窟探検プロガイドチーム「チャオ」の代表。個人ブログ「洞窟探検家・吉田勝次の足跡!」では日々の暮らしから最近の海外遠征まで吉田節で綴る(動画あり)。甘いものに目がない。

 

人類未踏地をゆく

世界洞窟探検紀行

 

第4話

ある遭難しかけた者の物語 その2

文と写真 吉田勝次(洞窟探検家)

◎洞窟の水中で迷う

洞窟の中では、狭い通路を歩いたり匍匐前進して進むばかりではなく、水中に潜って奥をめざすこともある。奈良県の深い山の中にある未踏の洞窟を探検していたときの話をしよう。
洞窟のもっとも深い場所にある泉からは、透明度が高く水温6℃ほどの冷たい水が湧きだしていた。こうした洞窟を探検するには潜水調査するためにスキューバーダイビングの器材を持ち込む。
水中だとさほど重さを感じない潜水器材だけれども、空気中では20キロある。めざす再奥の泉まで、直径50センチぐらいの狭い通路を1時間ほど引きずって進む。着いたときには汗だくだ。
海や湖などと異なり、水中から浮上すれば空気のあるところに出られる保証がないのが洞窟。水面と洞窟の壁のあいだにスペースのある場所でなければ吸える空気はない。奥から湧き出してくる水は多少濁ってもすぐに綺麗になるけれど、万が一、水が濁ったまま視界ゼロになっても手探りで戻れるように、洞窟の潜水では、リールに巻いたライン(視界が悪いときに伝って戻るためのヒモ)の先端を岩に固定して、そのラインを伸ばしながら潜る。

写真1 国内のとある洞窟の水中に潜る直前。黄色いラインが命綱。

奈良の未踏洞窟では、深さ約10メートルの水路で、距離にして20メートルぐらい水の中を進んだところで簡単には通過できそうにない場所に出くわした。岩壁から突起物のように岩が飛び出していて、水路の幅はわずか20センチほど。通過するには突き出た岩を何かで割って拡げるしかない。

写真2 洞窟の水中。引っかかりそうな箇所が見えてきた。

写真3 比較的狭い水路が目の前に。

床に転がっている石で叩いてみても水の抵抗でなかなか割れない。それでも根気づよく叩いていると、少しづつ割れていくのはよいのだけれど、水は見る見る濁って視界が悪くなり、タンクの空気はどんどん減っていく。ただでさえ水中で肉体労働をしているので空気を余計に消費してしまうのに、恐怖心が芽生えてしまうと過呼吸になり、さらに酸素を使ってしまう。
いったん心を落ち着かせ、少しずつ岩を割りながら進んでいくと、一か所、どうしても割れない岩にぶち当たった。どうしても割って水路を広げることができないので、少し無理して身体をねじ込んだら動けなくなった。とっさに戻ろうとしたが何かに引っかかって戻れない……。
水中なので、タンクの空気があるうちに何とか脱出しないといけない。落ち着く必要もあるけれど、迷ってる時間はない。そんなときは直感的な決断が強いられる。


◎どうする?

「人間、いつかは死ぬ!それがここなのか? 嫌なら動け!」
そのとき僕は、奥にあるかもしれない空気のある水面を目指すことに決めた。

写真4 かなり狭い水路の手前。
誰も行ったことがない未踏地だから、都合よく空気のあるスペースがあるのか、ないのかはわからない。どう動くべきかは、賭けというよりは勘で決める。自分の勘は、多くの洞窟に潜り、洞窟の形状やパターンを頭と身体に刻み込んできた経験があれば信じることができる。悩んだり迷ったりすれば恐怖心でパニックになってしまっていただろう。早い決断と行動こそが危険を最小限にする数少ない方法だ。
とはいえ、非常事態から脱出するまでの数分間、実際は一筋縄ではいかなかった。心は「奥に進む」で決まっていたが、念のため、戻れるものなら戻ろうと動いてみた。やはり背中の何かが岩に引っかかってしまい戻れない。
覚悟を決めて、浮上できる空間が先にあることを信じて強引に身体をねじ込んだ。すると、岩をゴリゴリ擦りながら少しずつ進めたのだ。動けた! でも喜んではいられない。どこかに呼吸ができる水面がない限り、酸素ボンベにはタイムリミットがくる。
洞窟は上へ伸びている。視界は濁って1メートルぐらい先がぼんやり見えるだけ。だんだん狭くなってくるとさすがに不安になってくる。そこから25メートルほど進んだところで、上の水面が揺らいでいるところが濁った水と綺麗な水のあいだで見え隠れする。さらに上へと浮上していくと泡立った水面が水中から見えた。
空気がある!
でも水面から天井まで数センチなのか、数メートルなにか、浮上してみないとわからない。焦る気持ちを押し殺し、恐怖心も押さえ込む。平静を装いながらもそれでも逃げだすように浮上した。すると水面の上には十分なスペースがあった。水面から天井まで5メートル、20畳ほどの空間で奥にはまた泉が続いていた。僕以外の人間は訪れたことのない世界。
人類初だ! 
発見の嬉しさで興奮。でも喜んでばかりはいられない。
未踏の洞窟を探検する醍醐味を味わいつつ、発見を喜んだのも束の間、ふたたび恐怖心が僕を襲ってきた。水温6℃の水中をウエットスーツで潜っているので寒くて震えているのか、怖くて震えているのか、自分でもよくわからない。わかっているのは、ここから今来た水中の狭い通路を戻らないないと地上に戻れないということ。
浮上してきた水面は濁っていてまったく見えない状態。行きに張ってきたラインを水中で手探りで確認しながら戻るのだけれど、その場で30分待っても水の濁りはなくならないまま。
タンクの空気の残圧は、潜る前は130気圧あったものが、今は50気圧になっていた。ここまで80気圧を消費して、残り50気圧で戻れるのか、自問自答しているうちに時間は過ぎる。待っていても救助が来るわけではないので戻ることに決めた。
タンクを固定したジャケット型のダイビング用装備(BC)を脱いで、すべての潜水用器材を1本のヒモのように細長くつなぎ、タンクもすべて手で持ってレギュレターだけをくわえて潜航した。見えないから何かに引っ掛かったら死ぬかもしれないと思い始める……。
濁って視界がほとんどゼロに近い水中で、来るときに張ってきたライン(ヒモ)を確認しながらゆっくり慌てずに動く。恐怖心で呼吸が早くなると空気の消費量が増えてしまうので、とにかく落ち着くことが大切。
ラインから離れてしまったら絶対に戻れないので、慎重の上にも慎重に進む。すると水路の中を順調に進み、いちばん狭い部分を通過できた。しかし空気の残圧を見る余裕はない。濁った水の奥にラインだけが伸びている。この向こうに空気がある。考えるのはそれだけ。やがて仲間のライトが見えたので、水中で安堵した。口にくわえたレギュレターをはずして「やばかった~」と叫んだと記憶している。残圧計を見ると「0」。

写真5 水路探検から戻り、浮上してレギュレターを外した筆者。
生きて帰って来られたからよかったものの、まったく自慢できるような事態ではなくて、探検としては「失敗」だ。失敗は失敗として認め、そこから学んで前に進もうと心掛けている。
「待っててくれる仲間がいるから奥に進める!」
それだけはどれだけ自分がスキルアップしたり最新鋭の装備が開発されても変わらないだろう。
ほかにも遭難しかけたことはある。潜っていた洞窟の地下河川が突然の大雨の影響で増水して流されそうになったり、戻るためのルートがわからなくなり何時間も洞窟の中をさまよったり、素潜りで空気のあるエアポケットを探しながら潜っていったら帰る方向がわからなくなったり……。こうした経験から体得した心得は、アクシデントに遭ったときこそ平常心を保ち、生き残るためのそのときにいちばん適した行動をとること。単純なことだけれど、実践するのは難しい。
長く洞窟探検をしていると、どこに危険が潜んでいるのか、ある程度予測・予知ができるようになってくる。自分の命を守るため、また仲間の命を守るため、確実に危険を回避することが、探検家にとっていちばん必要な資質だと思う。
これまでの4回の連載で、僕がなぜ洞窟探検をはじめたのか、未踏洞窟の探検をはじめるまでのプロセス、それから、よく聞かれるので洞窟の中であった危険なことを書いてみた。これから洞窟の話を書く人間がどういう人間か少しはわかっていただけただろう。洞窟探検の仲間はお互いを信じる関係を築くことが大切だ。僕は、皆さんが連載を最後まで読んでくれると信じて、そして皆さんは僕を信頼して、世界中の洞窟を探検する旅をご一緒しましょう。さあ、これからディープな洞窟探検が始まるよ!

つづく

*もっと「洞窟探検」を知りたい人に最適の本
吉田勝次著素晴らしき洞窟探検の世界 (ちくま新書)。 本書は当連載を大幅に加筆修正して、新たにイラストレーションを掲載して一冊にまとめたものです。

挿絵:黒沼真由美
対談:五十嵐ジャンヌ


吉田勝次著『洞窟探検家 CAVE EXPLORER』(風濤社)。話題の洞窟王が切り撮った、悠久の時と光がつくる神秘。大自然が生み出した総天然色の魔法! 大判写真集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【バックナンバー】
第1話 怖がりの洞窟探検家
第2話 すごい洞窟の見つけ方
第3話 ある遭難しかけた者の物語 その1
第4話 ある遭難しかけた者の物語 その2
第5話 三重県「霧穴」探検 その1
第6話 三重県「霧穴」探検 その2

*もっと「洞窟探検」を知りたい人に最適の本
吉田勝次著素晴らしき洞窟探検の世界 (ちくま新書)。 本書は当連載を大幅に加筆修正して、新たにイラストレーションを掲載して一冊にまとめたものです。

挿絵:黒沼真由美
対談:五十嵐ジャンヌ

大型写真集、吉田勝次著『洞窟探検家 CAVE EXPLORER』(風濤社)。話題の洞窟王が切り撮った、悠久の時と光がつくる神秘。大自然が生み出した総天然色の魔法!