EXPLORER

 

地球上に残された"人類未踏の地"はあるけれど、

潜水艇も宇宙船も使わずカラダひとつで行けるのは地底だけ。

暗くて狭くて寒そうな地底への入口といえば洞窟だ。

国内外1000超の知られざる洞窟に潜ってきた洞窟探検家による、

逆説的サバイバル紀行"洞窟で遭難する方法、教えます"。



著者プロフィール
吉田勝次(よしだ かつじ)

1966年、大阪生まれ。国内外1000超の洞窟を探検・調査してきた日本を代表する洞窟探検家。(社)日本ケイビング協会会長。洞窟のプロガイドとして、TV撮影のガイドサポート、学術探査、研究機関からのサンプリング依頼、各種レスキューなど幅広く活動。THE NATIONAL SPELEOLOGICAL SOCIETY(米国洞窟協会会員)。(有)勝建代表取締役。同社内の探検ガイド事業部「地球探検社」主宰。ほか探検チームJ.E.T (Japan Exploration Team) と洞窟探検プロガイドチーム「チャオ」の代表。個人ブログ「洞窟探検家・吉田勝次の足跡!」では日々の暮らしから最近の海外遠征まで吉田節で綴る(動画あり)。甘いものに目がない。

 

人類未踏地をゆく

世界洞窟探検紀行

 

第6話

三重県「霧穴」探検 その2

文と写真 吉田勝次(洞窟探検家)

信頼できる装備

 洞窟探検は地道な作業の連続だ。信頼できるのは自分と仲間、そして装備だ。霧穴のような縦横複合型洞窟を探検するのに必要な装備を紹介しておこう。

写真1 縦穴洞窟を探検する時の装備を身につけた筆者。基地にて。
 頭のほうからLEDライトとバッテリー付きのヘルメット。防水機能に優れたツナギ。その上から着るハーネスに、縦穴を登り降りするために使う道具(アッセンダー、フットコード、ディッセンダー、カウズテールなど)をぶら下げる。腰には小物用ギアバッグを装着して、カラビナ、アンカー、ハンガー、シュリンゲなどを入れておく。電動ドリルはアンカーを打つときに欠かせない。
 足元は濡れても重くならないタイプの、滝で水遊びするときのために作られたキョニオニング用のシューズか、ケイビング用の長靴を履く。この長靴はふつうの長靴と比べると足首のあたりが細くなっているので脱げにくい。ふつうの長靴は履きやすい分、脱げやすいので、ぬかるんだ洞窟内だと脱げてしまうことが多い。
 どの道具、装備も欠かせない大切なものだが、洞窟らしい使い方をするものについていくつかお話ししよう。
 ロープ:登山の際に険しい斜面を下りるときにも使うが、洞窟ではその使い方が違う。なぜかというと洞窟は、山と違って四方が囲まれた状態の縦穴の中を下りることが多いから、ロープをぽーんと下に投げるとどこかの岩にひっかかる確率が高い。それを回収するだけで命懸けの作業になりかねないので、命綱であるロープを周囲の岩で傷つけないためにも、ロープを入れた専用バッグを自分の体にぶら下げて、必要な分だけ繰り出しながら下りることになる。
 アンカー:岩盤がしっかりしているところには短めのアンカーを使う。穴は電動ドリルを使って開ける。ロープを固定するアンカーが1か所だけでは不安なので、最低2か所、場合によって3か所打ち込むこともある。

写真2 洞口に3か所打ち込んだアンカーにカラビナを掛けて、そこにロープを通している。
 壁面の岩が脆そうなときには長さ30センチほどの長いアンカーを使う。もう1種のアンカーは、ハンマーを使って岩盤に打ち込めるようになっている昔ながらのものだ。バッテリーが切れて電動ドリルが使えなくなった時に、あと1か所のアンカーを面倒くさがって打たなかったために事故が起こることのないように手打ちのセットを持って行く。ロープにぶら下がりながら、自分の腕でハンマーを振り上げてアンカーを打ち込まなければいけないので疲れるが、自分たちの命のことを考えれば絶対に惜しんではいけない。

写真3 脆い岩盤用の長いアンカー(右)と通常のアンカー。
 カラビナ:洞窟探検ではさまざまな場面で使用する金属製の開閉できるリングだ。例えば、岩に打ち込んだアンカーにハンガーという器具を取り付けて、そこにカラビナを掛ける。

写真4 アンカーにハンガーを付けてリング状のカラビナを取り付けた状態。
 このとき使うのは上下方向に加重がかかるのでO型のものを使い、何かの弾みで開閉する部分が開いて外れたりしないように安全環付きのものを使う。このカラビナにロープを結んだり、リングの中を通したロープを使って縦穴を降りたり、登ったりするのだ。ほかにも、自分が着ているハーネスのリングと、後で詳しく説明するディッセンダーやアッセンダーという道具類と繋ぐのも、バッグを体にぶら下げるときに使うのもカラビナだ。
 ディッセンダー:縦穴を降りて行くときに、小さな滑車のあいだにロープをS字に挟んで抵抗を増やすことで、人が下りるスピードを調整するための道具だ。深さ90メートルくらいまでを基準に2種類を使い分ける。より深い縦穴では、一度に下りる距離が長くなり、ロープとディッセンダーの滑車が激しく擦れて熱を発生しやすくなるので、放熱性の高いタイプを使う。そうしないと摩擦熱でナイロン製のロープが溶けて切れやすくなるのだ。

写真5 下降する時に使用する、放熱性の高い「マリンバ」と呼ばれるディッセンダー。
 比較的浅い縦穴のときに使うディッセンダーは、2つ同時に使うことが多い。これは僕たちが考案した使い方で、ディッセンダーを異なるロープに付け替えなければいけないときに(リビレイ)、通常の作業を省略しながらも安全に次ぎの行動に移れる利点があるのだ。この省略が大切で、それまで体力がない人がリビレイの時に30分も付け替えに時間を要していたのに(下は奈落の底なので生きた心地がしない)、ディッセンダーをダブルにするだけでスムーズに行動できるようになった。

写真6 比較的浅い縦穴を下降する時に使うストッパー付きのディッセンダー。
 アッセンダー:ロープにつけて登るための道具。フットコードとワンセットで用い、尺取り虫のような動作で主に足を使って上へ登って行くときに使う。フットコードに掛けた足で踏ん張って体を上方へ持ち上げ、その位置でロープに体が固定されると、その登った分だけまたアッセンダーを上方へ移すことが出来るので、その分だけ上方に上がったフットコードにまた足をかけて踏ん張って上方へ移動する動作を繰り返す。ハンドアッセンダー、チェストアッセンダー、フットアッセンダーがあり、それぞれを使い分ける。

写真7 縦穴をロープを使って登る時に使うハンドアッセンダー。
 こうした道具を使って登り降りする技術をシングルロープテクニック(SRT)と呼ぶ。SRTが注目され始めたのは1968年のことで、あとでお話しする、メキシコにある400メートル級の巨大縦穴を誇るゴロンドリナス洞に挑んだ当時のアメリカチームが使ったことがきっかけで普及し始めたそうだ。それから半世紀が経ち、SRTをベースにしながら、僕たちの洞窟探検に合った独自のスタイルを進化させて現在に至っている。洞窟に入る直前に、これらの道具を持ち、装備を身につけたら探検のための準備はOKだ。

◎命を守るアンカーの打ち方

 縦穴は、固い岩の壁に打ち込んだアンカーを頼りに、自分のロープを使って降りて行く。ロープをかけるアンカーは、万が一抜けたら人が落下して命の危険に晒されるのでしっかりと岩に打ち込んで抜けないようにしなければいけない。責任重大なので、これはリーダーである僕の大切な仕事だ。
 アンカーを打ち込むのがその岩で本当にいいのか、というのは、岩をハンマーで叩いたときの音で判断する。キーンキーンという高い音が一番いい。逆にふさわしくない岩の場合は、バス、バフ、バオなどの低めの音がする。この音は岩の表面付近が浮いていて剥がれそうな状態なのだ。
 ひとつ怖い話をすると、ある洞窟で、高層ビルがすっぽり入る深さの巨大な縦穴を降り始めたときに、打ち込んだアンカーが1度に3本、バババッ!と抜けて、そのまま僕の体が縦穴の中で落下したことがある。その時は、洞口のいちばん最初にロープを縛った木が丈夫だったので、一気に10メートルほど落ちたところで止まり、ロープも切れずに事なきを得た。けれども、僕の頭の中は真っ白になり、そのショックが大きすぎて一晩休ませてもらったほどだった。
 3つのアンカーが全て抜けた原因は、打ち込んだ岩が脆かったことだ。岩をハンマーで叩いたときの音は高くてよかったのだが、実際にアンカーを打ち込んだのが、もろい鍾乳石だった。その岩は鍾乳石とは思えないほど大きく、巨大な洞口は湿気が多く光も適度に入ってきていたので岩の表面はびっしりコケで覆われていた。そういうこともあり目の前の壁が鍾乳石なのか岩盤なのかわからなかったのだ。この時は助かったが、二度と味わいたくない経験なので、アンカーを打つ岩は慎重に選ばないといけない。
 本書で案内している霧穴は、何度も探検に入り、確実にアンカーが岩に打ち込まれているかを常に確認しているので、その点は安心できる。

縦穴を降りる技術

 縦穴は、SRTというロープを使って登り降りする技術を使って安全を確保しながら降りていく。洞内で怪我した場合、誰の助けも呼ばずに自分たちの力だけで救助する「セルフレスキュー」が基本なので、安全のために多少の段差でもロープを使う必要がある(セルフレスキューについて詳細は後述する)
 洞口で事故が多いという話をした。落下しないよう注意しながら、どのようにロープを張って降りていくかを判断するのは難しい。洞窟の縦穴は土管を縦にしたように垂直方向に伸びている穴ではなくて、所々曲がっていたり、途中に岩が突き出していることのほうがふつうだ。洞口の近くに都合よく丈夫そうな木があったとして、その木に縛ったロープを縦穴の中に垂らすと、たいていは壁から飛び出た岩に当たって擦れてしまう。こうした状況は避けなければいけないので、洞口から降下している途中でロープが擦る岩があれば、ロープの下へ伸びる方向を変えるSRTの技術を使ってロープが岩に触らないようにする。

写真8 洞口の縦穴から入る仲間を見守る筆者(左)。
 アンカーを岩に打ち込んで下方へ伸びたロープの方向を変える「デーヴィエイション」と、新たなアンカーを壁に2か所以上打ち込んで支点を変える「リビレイ」という2つの技術がある(リビレイの支点と支点のあいだを1ピッチと数える)。リビレイとデーヴィエイションは、降りるとき以上に、登り返すときに必要なロープを守るために進化した技術である。

写真9 リビレイは、両手で持っているところをアンカーで固定して新たな支点を作る技術。
 なぜロープが岩に擦れるのを嫌うのか。洞窟の底からロープを頼りに地上に出るとき、SRTではアッセンンダーを使用して、ぐいぐいとロープを繰り返し引っ張る動作を続ける。一度、実験したところ、男性一人分の加重を掛けてロープを使って登る動作をするたびに、100メートルのロープだと1メートルくらい上下に動き、その調子で岩の鋭利な部分にロープが5分間擦れると切れることがわかった。こうした事態を現場の洞窟では避けるために、ロープがどこにも擦らないように気をつける。洞窟でSRTを使うときは、登って戻るときのことを考えながら、降りるためのコースを決めなければならない。

つづく

【バックナンバー】
第1話 怖がりの洞窟探検家
第2話 すごい洞窟の見つけ方
第3話 ある遭難しかけた者の物語 その1
第4話 ある遭難しかけた者の物語 その2
第5話 三重県「霧穴」探検 その1
第6話 三重県「霧穴」探検 その2