EXPLORER

 

地球上に残された"人類未踏の地"はあるけれど、

潜水艇も宇宙船も使わずカラダひとつで行けるのは地底だけ。

暗くて狭くて寒そうな地底への入口といえば洞窟だ。

国内外1000超の知られざる洞窟に潜ってきた洞窟探検家による、

逆説的サバイバル紀行"洞窟で遭難する方法、教えます"。



著者プロフィール
吉田勝次(よしだ かつじ)

1966年、大阪生まれ。国内外1000超の洞窟を探検・調査してきた日本を代表する洞窟探検家。(社)日本ケイビング連盟会長。洞窟のプロガイドとして、TV撮影のガイドサポート、学術探査、研究機関からのサンプリング依頼、各種レスキューなど幅広く活動。THE NATIONAL SPELEOLOGICAL SOCIETY(米国洞窟協会会員)。(有)勝建代表取締役。同社内の探検ガイド事業部「地球探検社」主宰。ほか探検チームJ.E.T (Japan Exploration Team) と洞窟探検プロガイドチーム「チャオ」の代表。個人ブログ「洞窟探検家・吉田勝次の足跡!」では日々の暮らしから最近の海外遠征まで吉田節で綴る(動画あり)。甘いものに目がない。

 

人類未踏地をゆく

世界洞窟探検紀行

 

第3話

ある遭難しかけた者の物語 その1

文と写真 吉田勝次(洞窟探検家)

◎身動きがとれない

洞窟探検を始めて20年以上。洞窟は、その魅力と同じくらい危険もたくさんある。常に危険を回避しながら前へ進んでいくことは、探検するときの絶対条件。しかし、事故は偶発的なものなので突然、危険な状況に陥ることがある。これまでに遭遇した、思い出すだけで息苦しくなる絶体絶命のピンチについてお話ししよう。安心してください、生きています(笑)。
人がいないジャングルの奥地や無人島、ヒマラヤの山々では、事故が起きたときに第三者の力を借りられないので、小さなトラブルでも最悪な結果になる可能性がある。日本国内に3000か所あるという、世界の僻地と比べれば身近な国内の洞窟にしても、地面の下、奥深く進めば、無線もGPSも使えない。いったん洞窟に入ればそこは非日常の孤立した別世界、「近くて遠い場所」なのだ。
岐阜県のとある未踏洞窟を1年かけて調査していたときのこと。人ひとりがギリギリ通れる通路をいつものように進み、前から気になっていた通路まで進んだところ、下方へ伸びている小さな通路の入口に出くわした。「通路」といっても、辺りはぬかるみドロドロ、目の前の入口は、相変わらず人ひとりが通れるかどうかの狭さ。その入口から入ったとしても、進んだ先が真っすぐなのか、曲がって広くなっているのか、行き止まりなのか、何もわからない。でも、先へ進むにはその小さな通路を突破するしかない。だから僕は小さな通路の入口に頭から身体を突っ込んでしばらく進んでみた。すると、途中でまったく動けなくなってしまったのだ(マズイ!)。

写真1 国内のとある洞窟の狭い通路を通過中。

このような事態に陥らないように気をつけているのだけれど、特に未踏洞窟を探検するときは、進んでいく先のことは誰にもわからない。そこを敢えて進んで行くのだから想定外のできごとが起きる。このような場合、進めなくなったときに戻りやすく、身体の負担が少ないので、足のほうから入って行くべきだ。しかし足には目がついていない。進むべき通路はどこなのか? 危険の有無など確かめるためには、頭から入っていくしかなかった。
動けなくなる前に、下へ45度ぐらい傾斜している小さな通路に頭を入れて奥を見てみると、さらに狭くなりはするが、その角度のままで先が続いているように見えた。そこで、慎重に頭から入っていくことにしたのだった。ところが、水平の通路と違い、下り坂で通路内はドロドロなために、身体がどんどん滑り落ちて狭い通路に入り込んで止まった。そのまま行けるところまで行き、進んだ先にあるといいなと思っていた広い空間で身体の向きを変えて戻りたい、という僕の希望は叶わなかった。しかも身体が止まったところから奥をよく見ると行き止まり…。
45度の斜面、狭いすき間の中でほとんど身動きできないので、そのままの体勢で後ろ向きに這い上がらないと戻れない。1分ほどもがいてみたけれど、僕の身体の置かれた状況に変化はなし。
そのときまではどんな狭い通路でも身体をねじ込んで進むことができた。頭が入ればすり抜けられる猫とは違い、人間は頭が入っても胸部が通らないことが多い。胸の厚みと幅は肋骨で形作られていて骨格がしっかりしているからだ。限界ぎりぎりの狭い通路を進むには、肺の中の空気を出し切って出来るだけ胸の厚みを減らす。もちろん長い距離を通過中ならば、呼吸は最低限の吸気量にとどめなければ、肺が膨らみ、たちまち身体が通路の中に詰まって身動きがとれなくなってしまう。頭部を下にして長いあいだ動けなくなると、低体温症や頭部の血圧上昇などで死に至る可能性もある。最悪のケースを常に考えながら恐怖心を抑え込んで進む。
まったく動けなくなったと気がついた瞬間、僕に襲いかかってきたのは恐怖心だった。怖さが極まると過呼吸になり危ない。過呼吸になれば、酸欠になりパニックを起こして自分で自分が制御できなくなる「魂が離れる」状態。そうなっていたら、助かる道はあっても自分でそれを閉ざすことになる。どれだけ平常心でいられるかが生死を分けるポイントだ。
恐怖心に襲われそうになった瞬間、とっさにライトを消して目を閉じると、目の前の“真っ暗な現実”をやり過ごすことができた(オチツケ、オレ!)。こうしていったん落ち着いてから、自分が置かれている状況を確認してみると、しっかり動かせるのは両手の手首と指だけ。近くに手を貸してくれる人はいない。ピンチに陥ったときに必ず思うことは、いつもこれ。
「人間、いつかは死ぬ。それがここなのか? 嫌なら動け!」
まだ死ぬ訳にもいかないので、身体全体をくねらせて少しずつ、数ミリずつ戻ることに。ところが、狭いうえに泥で滑る。今までに体験したことのない感じ。思った以上に動けないことがわかると、また恐怖に押しつぶされそうなる。指先を1つに集めて泥に刺し、左右の指を交互に伸ばすと、数センチくらい進めそうだという発見が、そのときの折れそうな心を支えてくれた。身体を多少くねらせてみると、少しだけ指の負担も減るようだった。ところが、早く脱出したい気持ちが強く、焦ってしまい、せっかく数十センチ戻れたのに滑って元の位置に戻ってしまうことの繰り返し。挫けそうになりながらも、コツコツ動けば戻れるという確信を持つことができれば、あとは体力と精神力さえあれば何とかなる。
結局、身動きがとれなくなったところから、這い出すまでの時間は30分間ほどだったけれども、嫌に長い時間に感じられた。

◎骨折はラッキー

中華人民共和国の縦穴洞窟「石硝抗」は名前のある未踏洞窟だった。地上の川が忽然と消え、300メートル超の縦穴に滝のように流れ込んでいるのが石硝抗の地形。雨が降ると川に水があふれ、滝となって縦穴に落ち、洞窟内は嵐のようになるだろう。

写真2 中国・万丈抗で発見した720mの縦穴。赤い円の中に人が見える。
探検は渇水期の時期を狙ったので心配される水はないけれど、万が一まとまった雨が降った場合には備えておく。落ちてくる水が身体に直撃するのを避けるようにロープをセッティングして、何十時間もかけて縦穴の底へ降りていくのだ。
深い縦穴の底は平らになっていて横になって眠れそうな場所もあった。平坦なスペースから先は、渓谷になっていて水が多いときは激流になる地形が続いていた。いくつもの小さな滝をロープで降りて下流へと進んでみると、目の前にマリンブルーの地底湖が広がっていた。美しさに息を飲みながら湖を覗き込んでみると透明度が高く、水深がどれほどなのかまったくわからない。驚いたのは、目が退化していて身体の色素が薄くなって一部、透明に透けているオタマジャクシが無数にいたこと。
ダイビングの装備がないと進めないプールまで進み、その日は引き返すことにした。地上へ戻るには、300メートルの深さがある縦穴を使って登らなければいけない。すべての荷物の総重量は約120キロ。これも引き上げる。
まず、仲間が先に登り、いったん底から約100メートル上のテラス(ロープにぶら下がらなくても立てる岩棚)をめざす。仲間から「テラスに到着した。登ってよい」との無線交信を受けて、僕はロープをつかんで登り始めようと準備にとりかかった。
すると、上のほうから「カーン、カーン」という、岩が壁に当たる音が2回して、シュルシュルシュルっと風切音がしたと思った瞬間、ヘルメットをかすった握り拳大の石が左肩に直撃。まだ洞窟の底にいた僕はその衝撃で数メートル飛ばされた。左半身は激しい痛みに襲われ、しだいに痺れて指先の感覚もなくなっていた。
仲間はすでにそこには居ないので、洞窟の地面に横になって倒れたまま、外傷が無いかを確かめた。ヘルメットをかぶっていたとはいえ、岩が頭に直撃しなかったのは不幸中の幸い。岩が直撃した肩にも外傷はないことがわかった。もし頭に落下してきた岩が直撃していたら即死。外傷があったら失血死の可能性が高く、傷口からの感染症にかかる可能性も少なくない。この深さで誰かに引き上げてもらえる可能性は低いので、自力で登るしか助かる道はない。
負傷した肩をかばい「お正月の歌」を口ずさみながらロープを使い登ること5時間。底から100メートルほど登ったところで縦穴の上を見上げると、地上の光はとっくに見えなくなり、夜になって真っ暗に。
渇水期だというのに雨も降ってきた。200メートル上から落ちてくる雨水が直接身体に当たらないようにセッティングはしていたけれど、実際には雨水が落ちてくるときに霧状になり、洞窟全体に広がり、縦穴のどこにいてもずぶ濡れに…。気温9℃、水温6℃。止まれば低体温症になる。動き続けなければならない最悪の状態。
「先に登って」という仲間の言葉をもらいながら、120キロの荷揚げも手伝いながらほぼ片手で登り、地上に着くまで30時間。こうして生きて戻ったのだから、洞窟探検中の骨折だけなら大丈夫、帰って来られる。

写真3 メキシコの洞窟で遭遇した400メートルの縦穴。写真の中央辺りに人が見える。
今回の事故は人災だった。一足早く100メートル上のテラスに登った仲間が落としてしまった岩が僕の肩に当たった。その仲間の一言をよく覚えている。
「こんなことを言うのは申し訳ないけど、岩が当たったのは吉田くんでよかった! 他の人なら昇ってこられなかったかも…。助かっていなかったかも…。申し訳ない。ありがとう」だった。探検中の仲間とは親、兄弟、家族とは違う絆がある。それは命を預け合う仲間だ。岩を落とされても仕方ないと思える仲間と一緒だから無理も出来るし楽しい。
初めての石硝抗探検は、いつの日か不思議なオタマジャクシのいた地底湖の向こうの世界に行ける日を夢見て、ひとまず終わった。探検開始から洞内泊3泊目。地底湖にたどり着けたのは日本人4名、中国人2名の計6名。国籍は関係ない。全員、信頼できる洞窟仲間だ。

つづく

*もっと「洞窟探検」を知りたい人に最適の本
吉田勝次著素晴らしき洞窟探検の世界 (ちくま新書)。 本書は当連載を大幅に加筆修正して、新たにイラストレーションを掲載して一冊にまとめたものです。

挿絵:黒沼真由美
対談:五十嵐ジャンヌ


吉田勝次著『洞窟探検家 CAVE EXPLORER』(風濤社)。話題の洞窟王が切り撮った、悠久の時と光がつくる神秘。大自然が生み出した総天然色の魔法! 大判写真集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【バックナンバー】
第1話 怖がりの洞窟探検家
第2話 すごい洞窟の見つけ方
第3話 ある遭難しかけた者の物語 その1
第4話  ある遭難しかけた者の物語 その2
第5話 三重県「霧穴」探検 その1
第6話 三重県「霧穴」探検 その2

*もっと「洞窟探検」を知りたい人に最適の本
吉田勝次著素晴らしき洞窟探検の世界 (ちくま新書)。 本書は当連載を大幅に加筆修正して、新たにイラストレーションを掲載して一冊にまとめたものです。

挿絵:黒沼真由美
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