SNAIL

 

職業柄、カタツムリやナメクジを加熱することがある。

熱した個体から立ちのぼるのは、浜焼きのすごくいい香り。

そのとき僕は「彼らは間違いなく貝だ」と実感する。

寄生虫を研究している僕なりに、好きな陸貝の話をしてみたい。

誰にとってもたのしい陸貝入門になるのかどうかはわからないけれど。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師。貝類の寄生生物を研究中。フィールドで見つけた貝をコレクションしている。

 

寄生虫を研究している僕が
カタツムリとナメクジについて
語りたいときに語ること

第18話

オオケマイマイの意外な一面

 文と写真 脇 司


アリの蛍狩り

「ありさんが、槍をふりふり、蛍狩り」
これは、漫画『動物のお医者さん』に出てくる語呂合わせだ。
このゴロは、とある寄生虫の一生(生活史という)を覚えるため、獣医を目指す人によって実際に使われている。その寄生虫の名は「槍形吸虫」。成虫の形が槍の刀身に似ていることが名前の由来となっている(図1)。
この成虫は、ニホンジカやウシなどの反芻動物の肝臓に寄生する。肝臓に多少ついているくらいでは病害性はあまりないが、重篤感染すると宿主に対して害をなすため、畜産上重要な寄生虫の一つとなっている。そしてこの寄生虫は、その一生の中でヤマボタルガイ(山蛍貝)というカタツムリとアリを経由して反芻動物に寄生することで知られる。

図1. 槍形吸虫の成虫。体長2cmほど。体はとても柔らかい。

カタツムリを利用した不思議な生活史

さて、この寄生虫がカタツムリとどうかかわっているか、槍形吸虫の生活史を少し詳しく見てみよう。
槍形吸虫は世界的に分布しており、どの国でも、その生涯のうちカタツムリ、アリ、反芻動物をこの順番に渡り歩く(図2)。渡り歩くといっても、寄生虫が自分で歩くわけではなく、感染したい相手の食べ物に紛れて(あるいは扮して)伝搬する。
まず、反芻動物の肝臓に寄生した成虫は、そこで多量の卵を産む。その卵は宿主の消化管に入り、やがて糞とともに宿主の外に排せつされる。この卵入りの糞がカタツムリに食べられると感染し、カタツムリの中で欄が孵化して幼虫が生まれる。カタツムリは案外、動物の糞が好きなようでよく食べるのだ。また、カタツムリの種は地域によってさまざまに異なっている。
さて、カタツムリの体内で卵から生まれた幼虫は、カタツムリの殻の頂にある内臓に移動し、そこでサンゴ状の体を発達させる。このステージになった幼虫を専門用語で「スポロシスト」という。

図2. 槍形吸虫の生活史(イラスト:脇司)。

スポロシストの中では分裂が繰り返され、分裂したものの一つひとつが成長し、やがて「セルカリア」と呼ばれる次のステージの幼虫に成長する。セルカリアは集団でカタツムリの肺でだんごになって、粘液に包まれた「粘液球(スライムボール)」となって外にでる。このスライムボールは、雨の降るときに出てくるらしい。スライムボールはカタツムリの卵にそっくりで、アリが間違えて巣まで運んで食べることで感染する。
本当かというような話だが、1952年にWendell H. Krull氏とCortland R. Mapes氏によってこの一連のアリの行動が事細かに記録されているから驚きだ。とはいえ、この2人の研究者も槍形吸虫の研究を始めた当初は、カタツムリから反芻動物にダイレクトに感染する可能性を想定していたらしく、カタツムリの虫体を動物に摂餌させて失敗している。まさかアリを介するとは想像すらしていなかったようである(まあ、アリを介するとか、めちゃくちゃ研究しないと、普通気づかないのだが)。
アリ体内に侵入したセルカリアはさらに成長して、最後の幼虫ステージである「メタセルカリア」になる。このメタセルカリアは、なんとアリの行動を操作する。感染したアリは草の上にのぼって草を噛み、離れなくなってしまうのだ。果たしてアリは草ごと反芻動物に食べられて感染し、その中のメタセルカリアが成虫になる。なお、アリが草の上にのぼっている時に強い日射にあたると寄生虫もろとも死んでしまうので、日中は草から降りる。そしてまた日が傾くと再びアリは草にのぼり、草と一緒に自分が食われるのを待つのだ。

日本での槍形吸虫の生活史に潜むナゾ

日本は2種の槍形吸虫の仲間が生息している。1種目の槍形吸虫Dicrocoelium dendriticumが本州から北海道まで分布し、2種目の中国槍形吸虫Dicrocoelium chinensisが本州に広く分布する。実にさまざまな獣医学の教科書に、この虫の生活史が掲載されており、日本ではヤマボタルガイというカタツムリがスポロシストの宿主になるとされている。また、実験的に虫卵を食べさせると、ヤマボタルガイの体内にスポロシストが形成された記述もある。
一方、日本国内では、野外でヤマボタルガイからスポロシストが出てきた事例はないようだ。また、ヤマボタルガイの主たる分布は岩手以北の北日本で、そこから南の採集例は極めて少ない(図3)。つまり、槍形吸虫の仲間は、ヤマボタルの分布の非常に少ない地域でも反芻動物にくりかえし感染しているのだ。そういった日本の大部分では、むしろ別のカタツムリがスポロシストの宿主になり、アリひいては反芻動物への感染源になっているのではないだろうか?


図3. ヤマボタルの分布。日本の動物分布図集(2010、環境省生物多様性センタ―)より抜粋。北海道と本州北部に主に分布する。

一般に、寄生虫の予防には、その寄生虫がどのようなルートを経由して感染するかを理解することが重要だ。飛沫感染するウィルスに対してマスクで予防するように、感染ルートがわかればおのずと対策も見えるからだ(こういった理由で、槍形吸虫の仲間がヤマボタルとアリを経由するということが、獣医を目指すうえでの大事な覚えるべき項目の1つとなっていたわけだ)。
しかし、槍形吸虫の仲間の生活史が不明な現状では、実は有効な感染対策を打ち出しにくい…というわけで、第一中間宿主となるカタツムリ探しを目的に、僕と共同研究者の先生方は全国的なカタツムリの採集調査を行っている。

吸虫調査 宿主のカタツムリを探せ!

岐阜県のとある地点は、ニホンジカに高率に槍形吸虫の仲間(中国槍形吸虫)がみられ、なおかつヤマボタルが過去に採集された記録が無い。この場所で宿主となるカタツムリを探すため、研究メンバー全員でこの採集地に集合し、カタツムリを集めることになった。竹林、雑木林、人家の近くの茂みといったありとあらゆる場所から100個体以上のカタツムリを採集した。
カタツムリを網ぶくろに入れて研究室に持ち帰り、殻をハンマーで砕いてその内臓を実体顕微鏡下で観察する。すると、ヤマタニシというカタツムリの肝膵臓から大きなスポロシストと元気に動くセルカリアが大量に出てきたではないか! このスポロシストとセルカリアが槍形吸虫の仲間なのだろうか?

図4. ヤマタニシとスポロシスト。ヤマタニシは殻が厚くて硬いので、殻を割るにはハンマーかペンチを使う必要がある。下の動画はヤマタニシから出てきたスポロシストとセルカリア。ピコピコとよく動く虫体がセルカリア。僕が今まで見た吸虫の中で、一番素早く動く元気なセルカリアだ。

さて、槍形吸虫をはじめとする吸虫と呼ばれる寄生虫の多くは、生殖器の形態が種同定に際して重要になる。裏を返せば、生殖器の未熟な幼虫は外見では種を区別できない。そこで、種の判別によく使われるミトコンドリアDNAの部分配列を調べることにした
---スポロシストの微量な組織をピンセットでつまんでとり、指先程の大きさの透明なプラスチック容器に組織を入れる。その容器に透明な試薬を流し込んで加熱すると、スポロシストはすべて溶けてやや粘った液になる。この粘る液体を、さらに別のプラスチック容器に入れ、様々な試薬を少しずつ混ぜこんでから大きな機械に入れてスイッチを入れる-----
この一連のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりスポロシストのDNAの一部を増幅し、それに続く塩基配列の決定をしたのち、すでに分かっていた槍形吸虫の仲間の成虫のDNAと比較をした。
遺伝子は、同じ生物種内でも個体によって多少の変異はある。今回比較対象にしたDNAの部分配列は、吸虫の場合、塩基配列の違いが5%以内であれば同種と考えても不自然ではない。果たして、ヤマタニシのスポロシストの塩基配列をチェックしたところ、槍形吸虫と20%も違っていた。そう、意気揚々とPCRしたヤマタニシのスポロシストは、槍形吸虫の仲間とは全く異なる別の吸虫の幼虫だった。こうして、槍形吸虫類のスポロシスト探しは振り出しに戻ってしまうのだった。

吸虫調査 リベンジ編

そこで僕らは、もっとピンポイントな探索をすることにした。槍形吸虫の仲間(中国槍形吸虫)に感染していたニホンジカが実際に獲られたポイントに行き、その周辺のカタツムリだけ注力して集める作戦だ。感染ニホンジカが生息した場所であれば、そこにいるカタツムリが糞を食べて感染しているはず、と考えたのだ。
採集予定地点まで車で進み目的地に到着すると、そこは山の沢のほとりである。むき出しになった岩肌には苔が生えており、そこに茶色く毛の生えた殻をもつカタツムリ・オオケマイマイが這っていた(図5)。
僕たちはそのカタツムリを拾い、ラボに持ち帰り殻をたたき割って解剖した。すると今度は、未熟で少しよれたスポロシストが複数のオオケマイマイから出てきたではないか。
オオケマイマイのスポロシストは、前回のスポロシストとは見た目も動きも全然違う。今度こそ狙いの槍形吸虫かもしれない。はやる気持ちを抑えつつ、前回同様PCRを行いDNAを比べてみる。はたしてスポロシストの配列は中国槍形吸虫の成虫のDNAと全く同じか極めて近く、同種と判断された。日本で初めて、槍形吸虫の仲間が野生のカタツムリから確認された瞬間だった。

図5. オオケマイマイとスポロシスト。A. 調査地をのんびりと這うオオケマイマイ。B. オオケマイマイから出たスポロシスト(黒矢印)と未熟なセルカリア(白矢印)。C. 調査地のオオケマイマイの殻標本。毛並みのそろった良標本だがあまり洗うと毛が抜けてしまうので、殻に少し泥が残ったままになっている。

オオケマイマイから出たのは槍形吸虫の仲間だったけど

オオケマイマイは毛の生えたカタツムリだ。毛の役割は分かっていない。本州ではよく採集できるので、陸貝屋にはなじみのある貝で、この貝が槍形吸虫類の宿主と分かった時には「お前だったのか…!」と、ごんぎつねのラストのような気持ちになった。
さて、採集したオオケマイマイの消化管内容物を見たところ、落ち葉や朽ち木などの未分解の有機物を食べているようである。本種はいわゆる地上性のカタツムリで、地上に近いところを這って生活する。ニホンジカの糞は地面に落ちているので、オオケマイマイが虫卵入りのニホンジカの糞と接触する機会は多いと思われる。本種の分布は本州ほぼ全域なのだが、これは中国槍形吸虫が本州のほぼ全域に分布することとも一致する。これまで、槍形吸虫類の生活史を語るうえで、オオケマイマイは全く眼中にもなかった貝だったが、このカタツムリが野外で重要な感染経路となっている可能性があることが分かった。

図6. オオケマイマイの分布。日本の動物分布図集(2010)(環境省生物多様性センタ―)より抜粋。

とはいえ、オオケマイマイから出たスポロシストは未熟なものだ。寄生虫には偶発感染というものがあり、「普段利用していない種の宿主に、偶然たまたま寄生できたけど、本来の宿主ではないから体内環境が合わずに寄生虫がうまく成長できない…」ということが結構ある。
今回僕らが見つけた未熟なスポロシストが、その偶発感染であることは否定できず、オオケマイマイ以外に本来の宿主であるカタツムリがどこかにいたのかもしれない。
あるいは、もし今後、オオケマイマイから「完全体の」スポロシストとセルカリアが出てくれば、このカタツムリは槍形吸虫の仲間の宿主の一つとして、陸貝屋のなじみの貝から獣医学の教科書に載る存在に昇華されることになるだろう。
ところでこのスポロシストを見つけたときは、ちょうど陸貝本『カタツムリ・ナメクジの愛し方』(ベレ出版)の作成に取り掛かっていた時だった。槍形吸虫のスポロシストの発見を受けて、テンションが上がってついにオオケマイマイのページをトップに配置してしまった。この本の最初にオオケマイマイが掲載されたのは、寄生虫によって運命づけられた“必然”なのかもしれない。

つづく


【謝辞】
この記事は、Waki et al.,(2021)他、さまざまな論文・教科書・資料を基に書かれています。共同研究者の尾針 由真博士、林 慶博士、森部 絢嗣博士、高島 康弘博士、松尾 加代子博士に感謝いたします。

【バックナンバー】
序章 魅せられて10年
1話 陸貝を愛でるために知っておきたいこと
2話 カタツムリの殻をボンドで補修する話
3話 貝と似て非なるもの
4話 カタツムリはどこにいる?
5話 ナメクジを飼ってその美しさに気がついた
6話 幸せの黄色いナメクジ
7話 オカモノアラガイはカタツムリ
8話 カタツムリの上手な見つけ方
9話 貝屋の見る夢
10話 初採集のトキメキはいま
11話 ピンとくる貝
12話 ナメクジはなぜ嫌われるのか
13話 陸貝採集 -道具のすヽめ
14話 カタツムリの標本づくり
15話 カタツムリの足跡は点線になる?
16話 カタツムリの良さは外見で判断できる?
17話 ナメクジの死に様

*もっと詳しく知りたい人に最適の本
脇 司著
『カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)


本連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。