あなたは、巨大地震が来ると思っていますか?
来ると思う人は、備えができていますか?
来ないと思う人は、その根拠がありますか?
地球の内部って、思ったより複雑なんだけど、
思ったよりも規則性があると私は考えているんですよ。
著者プロフィール
後藤忠徳(ごとう ただのり)
大阪生まれ、京都育ち。奈良学園を卒業後、神戸大学理学部地球惑星科学科入学。学生時代に個性的な先生・先輩たちの毒気に当てられて(?)研究に目覚める。同大学院修士課程修了後、京都大学大学院博士後期課程単位取得退学。博士(理学)。横須賀の海洋科学技術センター(JAMSTEC)の研究員、京都大学大学院工学研究科准教授を経て、2019年から兵庫県立大学大学院生命理学研究科教授。光の届かない地下を電磁気を使って照らしだし、海底下の巨大地震発生域のイメージ化、石油・天然ガスなどの海底資源の新しい探査法の確立をめざして奮闘中。著書に『海の授業』(幻冬舎)、『地底の科学』(ベレ出版)がある。個人ブログ「海の研究者」は、地球やエネルギーにまつわる話題を扱い評判に。趣味は、バイクとお酒(!)と美術鑑賞。
2011年3月11日午後2時46分。私は東京都内にいました。午後3時から都内で開催される会議のために、地下鉄に乗っていたのです。あと数駅で目的地、会議にはギリギリ間に合うかな? と思った矢先、車内アナウンスが流れます。「急停車シマス、急停車シマス」。聞いたことのない機械音声です。電車は地下トンネル内で静かに停車しました。一体何があったのだろう? しかし私にはある予感がありました。もしかしたら……。
停車してすぐ、今度は車掌の肉声のアナウンスが流れました。「ただいま電車が急停車致しました。状況を確認いたしますので、しばらくお待ち下さい」。アナウンスの背後に「緊急地震速報デス、緊急地震速報デス」という車掌室内の音も聞こえました。
その直後、電車は大きな揺れに襲われました。地下鉄車両のサスペンション(バネ)のため、座席はユッサユッサと揺れていました。まるでトランポリンの上に座っているみたい。異様に長く続く揺れの中、「これは普通の地震ではない」と私は感じました。
地震学者の多くは「どこで起きた地震か? どのくらいの大きさか?」などを地震の揺れの中で考える癖を身につけています。一種の職業病です。例えば、地面が「ビクッ」と振動してから、何秒か経ってから「ユサユサ!」と揺れることがあります。この経過秒数から地震の震源(地震が発生し始めた場所)まで遠いか近いかを考えたりします。
あるいは、最初の揺れが「ガツン」とくるのか「ユラリ」と始まるかに基づいて、震源までの距離を直感的に考えます。例えば100km以上離れた場所で起きた地震だと地面はゆっくり(ユラリ)と揺れることが多いようです。
しかし、電車の中で、ユッサユッサと揺すられていた私には詳しいことは分かりません。なんとなく静岡から九州近辺に至る「南海トラフ」と呼ばれる地域で巨大地震が発生したのではないか? と思っていました。
やがて揺れがおさまり、地下は元の静けさを取り戻しました。幸い脱線も停電もありませんでした。線路の安全が確認できた後で、地下鉄はようやく近くの駅まで動き始めました。まるで目をつぶって歩くかのごとく、ゆっくり、ゆっくりと。たどり着いたのは上野駅。すると携帯電話が繋がったのでしょう、乗客の誰かがこう言いました。「宮城で地震だって!」(図1)。
いまも2011年の東北地方太平洋沖地震のときのことを思い出します。もし電車が停車せず、大きな揺れで脱線していたら? 脱線せずとも停電していたら? トンネルや駅で火災が起きていたら? 真っ暗な地下で私は無事だっただろうか?
電車を自動停止させたのは「緊急地震速報」でした。これは気象庁が提供する早期の地震情報です。気象庁は日本全国に張り巡らせた地震観測ネットワーク(図2)を駆使して、地震の発生後のできる限り速いタイミングで警報を出すシステムを構築しています。
緊急地震速報が発表されると、列車は自動的に停止します。またエレベータや工場・工事現場の機械なども自動的に停止するなど、さまざまな場所での安全の確保に役に立っています。
同時にテレビ、ラジオ、携帯電話へのメール、ショッピングセンター内の放送や、防災行政無線(役所からの連絡を町内のスピーカーなどでお知らせするシステム)、インターネットのホームページなどを通じて、警報やアナウンスが自動配信されます(あの独特な警報音を皆さんも聴いたことがあるでしょう)。最近では、室内のインターホンから緊急地震速報が配信されるマンションもあるそうです。
便利な緊急地震速報、そのしくみはどうなっているのでしょうか? 例として、沖合で地震が起きた場合を考えましょう(図3)。沿岸の地震観測点にはまずP波と呼ばれる弱い揺れ(ビクッ)が到達します。S波と呼ばれる大きな揺れ(ユサユサ!)が地面を伝わっていく速度はP波が伝わる速度よりも遅いので、「ビクッ」から「ユサユサ!」までは少し時間があります(初期微動継続時間と言います)。このあいだに地震の規模や震源をコンピュータが推測します。
では具体的な例で見てみましょう。図4は宮城県石巻市で観測された、東北地方太平洋沖地震の時の地面の揺れの様子です(本連載の前回の記事でも紹介しました)。石巻市では3月11日14時46分40秒頃にP波(ビクッ)が到来しています(図4の赤い点線。グラフ上でははっきりとは見えませんが、地面が微かに揺れ始めています)。
気象庁のコンピュータはP波の検出後、即座に地震の震源とマグニチュードなどを計算しました。その結果、P波検出の8.6秒後(図4の▼)に緊急地震速報を発表しています。石巻市にS波(ユサユサ!)が到来するのは、そのおよそ10秒後でした(図4の青い点線)。地面の揺れはさらに大きくなり、14時48分頃には秒速20センチ以上に達します。試しにご自宅の机を1秒毎に20センチずつ右へ左へと揺すってみてください。どれくらい激しい揺れかよく分かると思います(騒音にご注意を)。
緊急地震速報が発表されたのは、この激しい揺れに先立つことわずか数十秒ではありましたが、列車やエレベータなどを停止させるための貴重な時間となりました。また私達自身が「あ、いまから揺れる!」と身構える時間にもなりました。ただし、2011年3月の時点では緊急地震速報自体が本格的に運用されてからまだ3年半しか経っていないため、「何の警報?」と思っているうちに揺れを感じた方も多かったと思います。
2011年のあの日、地下鉄が大きく揺すられているとき、私の隣の女性が「怖い」とつぶやきました。それを聞いて私も初めて恐怖を感じました。救ってくれたのは緊急地震速報と、その基になっている地震計だったと私は思っています。ただし、緊急地震速報が無敵で万能というわけではありません。そのあたりはまた次回。
注1:緊急地震速報の技術的な詳細については下記などを参照のこと。
松村正三, 緊急地震速報の開発と効用, 科学技術動向, 2010年9月号,
p.22-34.
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt114j/
report2.pdf
緊急地震速報の概要や処理手法に関する技術的参考資料(気象庁地震
火山部, 2008年。http://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/nc/
katsuyou/reference.pdf
【バックナンバー】
第1話 世界一深い穴でもまだ浅いのだ
第2話 「マグニチュード9.0」ってなに?
第3話 マグニチュードがだんだん増える?