めざすは南極、しかも冷た〜い湖の底。
なぜ行くのか? それは珍しい生き物がいるから!
世界一深いマリアナ海溝の高画質撮影を成功に導いた、
若き水中ロボット工学者が、南極大陸の地を踏み、
過酷な現地調査に同行することになったのだが…。
著者プロフィール
後藤慎平(ごとう しんぺい)
大阪生まれ。筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。民間企業、海洋研究開発機構を経て、東京海洋大学助教。専門は深海探査機の開発、運用。2014年から生物研究にまつわる海洋機器開発に取り組み、2018年には南極の湖底に生息するコケボウズを水中ロボットで撮影する、世界初のミッションを成し遂げた。雑誌「トラ技 jr」にて「深海のエレクトロニクス」を連載中。
水中探査機入門の3回目、ラストとなる今回は、ROV(Remotely Operated Vehicle)についてさらに深く掘り下げていくことにする。ROVは大きく分けると「ビークル」「操縦装置」「ケーブル」の3つのパートに分割することができることは前回触れたとおり。では、この各パートがどのような機器で構成されているのかをざっくり見ていこう。さらに詳細を知りたい方は拙著『深海探査ロボット大解剖&ミニROV製作』をご覧いただきたい。
人の代わりとなって水中を映し出すビークルには、さまざまな機器を取り付けることができる。映像だけでなく、自機の方位や深度などの航法データ、水温、塩分濃度、溶存酸素といった環境観測データもリアルタイムで確認することが可能だ。
計測するこれらのデータの種類は、ROVの設計段階から計画に盛り込まれ、近年では高精細な映像を取得できる4Kカメラを搭載可能なビークルも開発されている。
ビークルを制御するコンピュータやカメラなどは水に浸かると故障してしまうため、深海の高い水圧にも耐える「耐圧容器」と呼ばれる容器の内部に格納される。一方、機器によっては耐圧容器の中には入れず、「均圧容器」と呼ばれる別の容器に格納する場合がある。
ビークルの動力源は主にAC電源で、船上または陸上からケーブルを使って高い電圧で給電される。ビークル内部にはコンバーター回路が搭載されており、送られてきた電力をカメラやコンピュータ、スラスタなどに使用可能な電力に変換している。
例えば、「かいこうMk-Ⅳ」では、全長約1万2000mのケーブルを使って電力を供給するため、母船からはAC3300Vという非常に高い電圧で給電される。そのままカメラやコンピュータに接続すると一瞬で黒コゲとなってしまうため、探査機内部でAC100VやDC12Vなど、電気機器で広く用いられる電圧に変換しているのだ。
また、ビークルの推進力を生み出すスラスタのモーターにも電気が使用されることは多いが、「かいこうMk-Ⅳ」などの作業用ROVでは、大型のスラスタを動かす高いトルク(物体をねじる強さ)が必要となるため、スラスタ用のモーターは油の力で動作する「油圧モーター」を使用することが多い。このモーターは油圧ポンプで作り出された油の流れを使って、歯車を動かしてスクリューなどを動かすしくみで、大きな力を必要とする場合に用いられる(油圧については前回説明した)。
水中で作業を行うROVには安定した姿勢を保つことが求められる。水中探査機は陸上と違い直線運動と回転運動の「3軸6自由度」の運動を行うことになる。ある程度はスラスタの推力で姿勢を制御することは可能だが、基本的な姿勢は設計段階から考慮する必要がある。
操縦装置はビークルを制御したり、送られてくる映像やデータを確認したりする装置で、主に船上または陸上に設置する。LCDモニタや操縦用コントローラ、制御用パソコン、信号変換器などさまざまな機器で構成され、リアルタイムで送られてくる映像を確認しながらROVを操縦する。
制御信号や映像信号、各種センサーの測定値などの情報処理は、船上装置内のコンピュータで行う。これは、我々が普段使っているパソコンとほぼ同性能であるが、信頼性の高いパーツや過酷な環境でも耐えるパーツを使って組み立てられた、いわゆる産業用パソコンである。これを複数台使ってそれぞれに役割分担を決めて制御している。それぞれのパソコンは、ROVの運動制御やマニピュレータ操縦、音波で障害物を探知するソナー画像の処理、海中音響測位などの仕事を分担している。
パソコンや制御用コントローラからの入力情報は、各機器から電気信号として出力される。これらの信号は、一度、PLC(Programmable Logic Controller)と呼ばれる装置に集約され、信号をD/A(デジタル-アナログ)変換したあと、光伝送装置に送られる。逆に、ROVから送られてくるデータ(映像やソーナー画像)も、PLCでA/D(アナログ-デジタル)変換した後に各パソコンで演算を行ってモニタに表示する。
万が一、パソコンへの電源供給がストップしたりフリーズしたりすると、大深度で作業しているROVが事故を起こす危険性があるため、すべてのパソコンにバックアップ機能を持たせ、どれか1台にトラブルが起きても、ほかのPCがバックアップとして作動しROVを安全に動かせるように設計されている。
近年では、多様化する観測に対応するため、ビークルとの通信には大容量のデータ伝送が可能な光ファイバーが用いられる。実際には、操縦用のコントローラや制御用のパソコンから出力される信号は電気信号(デジタル信号)であるため、これを光信号に変換する装置「光伝送装置」が必要になる。各機器からの信号を光信号に変換することで、電気抵抗の大きい電線を使わず光ファイバーを使って長距離通信する装置である。身近なものでは、家庭用のインターネットなどで用いられる光モデムが類似する機器だ。
1本の光ファイバーに何種類もの信号を通す工夫もしている。光の波長を変えることで1本の光ファイバーに複数の信号を重ね合わせて伝送することができるのだ。これを「光波長多重通信方式(Coarse Wavelength Division Multiplexing :CWDM)」と呼び、「かいこうMk-Ⅳ」では光の波長(1271nmから1611nm)を20nm間隔で使用し、複数の光波長を1本の「シングルモード光ファイバー(Single-mode optical fiber:SMF)」で伝送している。これにより、1本のSMFで16チャンネル分を使用することが可能となり、ギガビットイーサネットや、USB3.0などの大容量高速通信や4K映像など高いビットレートの映像も伝送することができる。
ビークルに電力を供給したり制御信号や映像信号を通信したりするには、専用のケーブルが必要になる。このケーブルの性能がROV全体の性能を左右すると言っても過言ではないだろう。
前回の「リモコン戦車」の例でも見た通り、電力や制御信号の伝送には電線が必要になる。しかし、1つの動作をするのに1対の電線を使用していたのでは、どんどんケーブルが太くなっていく。これは陸上のロボットでも同じで、少ない電線だけで多くの制御信号を伝送することが求められる。
そこで、古くからパソコンなどに用いられてきたシリアル通信を使ったロボットが誕生した。一度に多くのモーターやアクチュエーターを制御できることから、現在でも産業用ロボットなどにも使用されている。
ただ、電線を使って行う通信には最大通信距離(限界距離)が決まっており、水中ロボットのような長距離伝送には不向きであった。そのため、ROVで使用する際にはシリアル通信の信号を光信号に変換し、長距離通信が可能な光ファイバーを使って伝送することで、最大通信距離の問題をクリアーしたのだ。
次なる課題は、1種類の信号だけで1本の光ファイバーを占領すると、結局、たくさんの光ファイバーが必要になってしまう。そこで、前述のCWDM技術を使って1本の光ファイバー内に多くの信号を多重化して伝送する方法が用いられている。
ケーブル内には光ファイバー以外にも電力を供給するための電力線も存在する。「かいこうMk-Ⅳ」を例に見てみると、長さ約1万2000mのケーブルを使って探査機に電力を供給しているため電気抵抗が大きく、ケーブル設計には工夫が必要だ。ケーブルは太くなるにしたがって水中で潮流の影響を受けて流されやすくなり、その先端にある探査機は自由に動き回ることができなくなる。さらに、船舶に搭載する際のスペースも大きくなってしまうため、ケーブルはあまり太くしないことが求められる。電力を供給することで発生する熱はケーブルの劣化を早めるため、発熱を抑えるための電流と電圧を計算して電力線の太さを決める必要があるのだ。
「かいこうMk-Ⅳ」では14mm2の電力線3本を使って3300V/25Aの電力を探査機に供給している。このような光ファイバーと電力線が1本のケーブル内に存在するものを「光電力複合ケーブル」と呼んでいる。
つづく