めざすは南極、しかも冷た〜い湖の底。
なぜ行くのか? それは珍しい生き物がいるから!
世界一深いマリアナ海溝の高画質撮影を成功に導いた、
若き水中ロボット工学者が、南極大陸の地を踏み、
過酷な現地調査に同行することになったのだが…。
著者プロフィール
後藤慎平(ごとう しんぺい)
大阪生まれ。筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。民間企業、海洋研究開発機構を経て、東京海洋大学助教。専門は深海探査機の開発、運用。2014年から生物研究にまつわる海洋機器開発に取り組み、2018年には南極の湖底に生息するコケボウズを水中ロボットで撮影する、世界初のミッションを成し遂げた。雑誌「トラ技 jr」にて「深海のエレクトロニクス」を連載中。
自室でTさんと「ドラえもん」を見ているうちに、気がつけば大晦日の夜10時を過ぎていた。
「寝ますか?」
「寝ましょか?」
「年越しどうします?」
「起きれたら起きましょ」
「じゃあ、先に起きたら起こしてください」
どっちがどっちの会話をしたのか覚えていないが、こんなやり取りをして、あっさりと年越しイベントを見るのを諦めるソフトモヒカンのおじさん二人。各自のベッドへもぐりこみ、夜10時過ぎに消灯。そして…、
「総員起こし5分前-」
艦内放送が鳴って目が覚める。あれ?起床(朝6時)5分前の放送・・・? どうやら爆睡だったらしい。カーテンを開けてTさんが「あけましておめでとうございます」と、ベッドから降りてきた。
人生初、南極で迎える正月である。「お正月は海外で!」なんて芸能人のようなことを一度は言ってみたかったが、この歳になるまで正月は概ね自宅で過ごしてきた。
それがどうだ? 海外? まぁ海外には違いないが、自分たち以外、まわりにはペンギン、アザラシ、トウゾクカモメなどの野生動物しかいない「南極」での新年ある。とても感動的なはずである。しかし、「船=職場」という感覚が抜けないため、夜遅くなり終電逃して職場に泊ってしまった「あの」感覚に似ていた。
「こりゃいかん。もう少し貴重な体験の有難みを噛み締めないと!」と、ベッドから這い出て、のそのそと着替えて身支度をし、開ききらない目で食堂へ行き、いつもと変わらない朝食を食べて自室に戻る。
日課となっている艦内イントラのニュース記事を見ながら、今日は何をして過ごそうか考えていると、朝9時ごろから艦内の神社で初詣があるという情報をキャッチした。「これだ!求めてた南極感!」「ぜひ、参加せねば!」と、ようやく目が覚めた。
「なんで船に神社があるのか?」「初代南極観測船・宗谷の頃からの名残?」なんて疑問に思う人もいるだろうが、実は日本の船には昔から航海安全を祈願した神社などのお札が祀られていることが多い。漁船などの船体が小さくスペースの少ない船では、お札を操舵室に貼っているケースや、大型の客船や調査船などは船橋付近に立派な御社を設けているケースがある。
「しらせ」には富士山本宮浅間大社の祈祷を受けた、通称「しらせ神社」と呼ばれる神棚がある。艦内神事では、艦長以下、乗組員や観測隊員が、今後の南極観測行動の安全と完遂を祈願する。
ぼちぼち初詣イベントが始まる頃だろうと、カメラ片手に自室を出て徒歩数秒の艦内神社に行ってみた。行列も無ければ出店もない。だが、毎年のように正月に神様に挨拶が出来るのはなんともありがたい。時間になると艦内から大勢が集まってきて、神主と巫女(共に自衛官)と艦長、副長が神社の立ち並び、司会の進行に沿って柏手を打って祝詞を上げてと、しっかりとした初詣が行われた。
初詣の後もお正月らしいイベントが盛りだくさんだ。鏡開きや獅子舞の披露に始まり、お昼にはおせち料理が振舞われる。赤飯や黒豆、数の子、ごまめ、栗きんとんなど、おせちに欠かせない主演から、エビ・カニまで入った豪華な内容。どれも仕込みに手間のかかるものばかりで、これまた司厨隊員の愛情を感じる。
お昼過ぎに一通りのイベントが終わると、特にやることもなく自室でまったりタイムである。とりあえず、明日の出発に向けて準備を進めるが、どうも今夜から翌朝に掛けてブリザードの予報が出ているらしく、朝イチのフライトは無さそう。とはいえ、コロコロ変わるのが南極の天気…、果たしてどうなる!?なんとも気持ちが落ち着かない正月であった。