ANTARCTICA

 

めざすは南極、しかも冷た〜い湖の底。

なぜ行くのか? それは珍しい生き物がいるから!

世界一深いマリアナ海溝の高画質撮影を成功に導いた、

若き水中ロボット工学者が、南極大陸の地を踏み、

過酷な現地調査に同行することになったのだが…。



著者プロフィール
後藤慎平(ごとう しんぺい)

大阪生まれ。筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。民間企業、海洋研究開発機構を経て、東京海洋大学助教。専門は深海探査機の開発、運用。2014年から生物研究にまつわる海洋機器開発に取り組み、2018年には南極の湖底に生息するコケボウズを水中ロボットで撮影する、世界初のミッションを成し遂げた。雑誌「トラ技 jr」にて「深海のエレクトロニクス」を連載中。

【バックナンバー】
第1話 日本出発
第2話 フリーマントルから南極へ
第3話 暴風圏突入!
第4話 上陸訓練はペンギンと一緒に

 

めざすは南極湖底生物!

水中ロボットを背負って

 

第5話

しらせを発艦! 南極大陸に上陸!

文と写真 後藤慎平(水中ロボット工学者)

しらせ艦上でヘリコプターに搭乗する隊員たち。機体の右側から1列になってアプローチする。

◎急な予定変更は日常茶飯事

昭和基地へのヘリコプター輸送のフライト・プランは、輸送が始まる前日(2017年12月19日)の夜遅くに決定した。翌日の天候や物資量、輸送のプライオリティ、輸送経路などを考慮しながら綿密に決められたそのプランはホワイトボードに貼りだされ、各自が自分の搭乗便や時間の確認をする。
翌朝、「しらせ」を離れて南極に上陸する日がやってきた。昭和基地に飛ぶヘリの1便には59次隊の隊長が「初荷」と書かれた箱を持って乗り込む。越冬している前次隊の人たちは、約10か月ぶりに送られてくる日本からの物資を楽しみに待っているのだ。第1便を見送ると、自分の出発まで待機場所で過ごすのだが、期待と不安からか、みんな口数は少なくなる。第2便からは昭和基地に入る隊員の輸送が始まる。私の出発は5便目だった。
当初は午後からのフライト予定であったが、朝になって急遽変更があり、9時50分に「しらせ」を発艦することとなった。大幅な変更だが、南極ではこういった変更が発生するのは日常茶飯事。特に、昭和基地から50km以上も離れた、我々がめざすベースキャンプでは、天候がまったく違うこともある。そのため、次第に天候が悪くなるような予報の日は、できるだけスケジュールを詰めて各フライトの安全性を確保するのだ。
そんな不慣れなヘリコプター輸送の段取りに右往左往しているうちに、「しらせ」には野外チームだけが残り、いよいよ私たちの順番がやってきた。発艦の30分前には準備を済ませて格納庫で荷物や体重の測定を行う。私の搭乗する便では、これからの野外観測に必要となる物資なども一緒に搭載される。これらの物資は総重量が1トン以上になるので、あらかじめ荷物パレットの上に積載されてフォークリフトでヘリコプターへと搭載される。ところが、到着地である野外ベースキャンプにはフォークリフトはなく、人がバケツ・リレー方式で運び出す必要がある。人員の少ないチームだと、その場でヘリコプターを長時間待機させることになるため、燃料も時間ももったいない。そこで、現地での物資運搬のために自衛隊の人が数名来てくれることになっていて、なんとも心強い。

ヘリコプター着艦時のダウンウォッシュを避けるため、搭乗待ちの隊員は格納庫内で待機する。
格納庫から外を見ると空はどんよりと曇っていて、いかにも冬の空という感じでも寒そうだが、今は南極の「夏」であることを思い出すと頭がややこんがらがる。鉛色の空の遠くにヘリコプターが戻ってくるのが見えた。いよいよ出発である。
ヘリが着艦すると搭乗員は1列に並んでヘリの外側を大きく迂回するようにして機体へアプローチする。間違えた場所からアプローチすると、高速回転するローターに接触する恐れがあるため、先頭には誘導員がつく。
輸送用ヘリコプターの機内に入ると前方から詰めて座るように言われるが、物資を搭載するため椅子なんてものはない。床に座って何かにしがみつく。あっという間に物資の積み込みが終わると、ハッチと扉が閉じられて発艦態勢となる。
ローターの回転数が上がるとともにプロペラのピッチ各が変わって風を切る音が大きくなった。これまで風切り音が重たくなる瞬間があり、発艦したことがわかる。窓の外を見ると既に甲板上の人が小さくなっている。機体はそのまま機首を左へと向けると、「しらせ」の左舷側を抜けるように飛び立つ。甲板上のいろんな場所で手を振っている人が見えた。徐々に「しらせ」が小さくなり、あっという間に見えなくなった。

◎きざはし浜へ

眼下にはこれまで見たことのない世界が広がっていた。氷で覆われた海には無数の亀裂が入り、ところどころから海面が見えている。その海面に浮かぶ氷は、表面は白いのに側面はコバルトブルーをしている。また、白い雪氷の中からぽつんと赤茶けた岩が見え、岩の窪みに大きな水たまりができている場所もある。
南極というと、一面真っ白な世界だと勝手に想像していたが、実際には、見たことない景色ばかりで、想像との違いの大きさに「ここはホントに南極なのかな?」という不思議な感覚になる。

しらせを発艦すると一面白い世界、かと思いきや、ゴツゴツと露岩が見えてきた。
そんな感覚に追い打ちをかけるかのように雪がまったくない場所が見えてきた。赤茶けた岩肌がごつごつとしていて、切り立った山肌には植物も見えない。「露岩域」である。写真では見ていたが、実際に目の前で見るとまるでイメージと違う。崖と崖の谷間を縫うようにヘリコプターが飛ぶ様子は、まるでスターウォーズさながら。ますます「ホントに南極!?」という思いが強くなる。
ヘリコプターは一旦その場で速度を緩めてホバリング状態に入ると、隊員が側面のドアを開けた。安全ベルトを付けてドアから身を乗り出し、風向き確認用の発煙筒を投下する。ヘリコプターはその場を離れて大きく旋回し、風上に機首を立てて徐々に高度を下げ始めた。

大きな石が転がる露岩域への着陸は容易ではない。隊員が身を乗り出して安全を確認する。

上空から見た「きざはし浜」。中央に見える小屋とテントがベースキャンプ。左上に見えるオレンジの煙はヘリから投下した風向を確認する発煙筒。

少し開けた場所に小さな小屋が立っているのが見えてきた。近くにはオレンジ色のテントや雪上車がある。さらに近づくと、誰かがヘリコプターのダウンウォッシュから身を守るように小さくなっているのがわかった。
私たちのベースキャンプがある「きざはし浜」に到着したのだ!

ヘリコプターが着陸したら、すぐさまバケツリレーで物資を降ろす。再会を喜ぶ暇などない!

つづく