SNAIL

 

職業柄、カタツムリやナメクジを加熱することがある。

熱した個体から立ちのぼるのは、浜焼きのすごくいい香り。

そのとき僕は「彼らは間違いなく貝だ」と実感する。

寄生虫を研究している僕なりに、好きな陸貝の話をしてみたい。

誰にとってもたのしい陸貝入門になるのかどうかはわからないけれど。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員を経て、2015年から公益財団法人目黒寄生虫館研究員に着任。貝類の寄生生物を研究中。フィールドで見つけた貝をコレクションしている。

 

寄生虫を研究している僕が
カタツムリとナメクジについて
語りたいときに語ること

第10話

初採集のトキメキはいま

 文と写真 脇 司


アズキガイという陸貝がいる。
もともと西日本に生息する小さな陸貝で、日本だけでなく韓国の一部地域にも分布している。日本ではアズキガイの仲間はこの「アズキガイ」しか存在しない。そういう意味ではちょっと変わった貝だ。

「アズキガイ」は、殻の長さ1 cmくらいの小さな陸貝だ。

僕が本格的に陸貝を集め始めたのは大学2年生のときで、当時はまだ大学のあった関東地方でしか目立った採集経験がなく、アズキガイは図鑑で見るばかりだった。
ときどき耳にした「アズキガイはたくさんとれるつまんねー貝」という風の噂も、実際に見たことも採ったこともないものだから、それが駄貝・雑貝の類ということにピンとこなかった。
むしろ、アズキガイの形は、それまで採集してきた関東の陸貝とは結構違うので、当時の僕には全く異質な陸貝にさえ思えていた。
生き物屋は総じて、あまり見たことのない形の生き物をカッコいいと思う習性があるものだが、僕も例外ではなく、密かにアズキガイを「かっこいい」「1度は採ってみたい」と思ったものだった。
大学3年生になる頃には関東から足をのばして大分県へ、陸貝を採る旅にも出たけれど、アズキガイには嫌われていたようだった。
ところが、大分への旅から数か月後、変わらずアズキガイへの憧れを抱いていた僕は、長崎県の離島・対馬の採集旅行でようやく1個体目のアズキガイを採集した。このときは超うれしかった(初めて採る貝との出会いは常にうれしいものだ)。

1個体だけ採れたアズキガイのイメージ写真(当時の状況に似た写真を探した)。

結局、対馬では1個体しか採れず、初採集の興奮も手伝って「アズキガイはたくさん採れる貝じゃないし、形も変わっているし結構いい貝なんじゃないか!?」と思ったものである。採れた場所が離島の対馬だったこともあり、若かりし頃の僕のなかでのアズキガイ株は急上昇。採集した標本は当然VIP待遇で、上物のアクリルケースに丁重にしまって飾られた。

時は流れて…

大学院の博士課程を終えた僕は、韓国の済州島でポスドク(「ポストドクター」の略で任期付きの博士研究員)をしていた。ある日、街中をぶらぶらしているときに、何の変哲もないふつうの公園で、ある意味衝撃の出会いがあった。アズキガイのコロニーを見つけてしまったのだ。しかも一度に6個も! もう、いるわいるわで、これが雑貝たるアズキガイの本来の姿であった。
どうやらアズキガイは、芝生や建物の近くのような人工環境下、つまり「陸貝があまりいなさそうなところ」に群生するようなのだ。僕が深い山に分け入ってがんばって探しても採れないわけだよね。

日本住宅地近くにいたアズキガイの集団。丸っこい殻の陸貝がアズキガイで、細長いのはキセルガイの仲間。

近年、アズキガイは都内の公園でジャラジャラ採集できるようになってしまった。むろんこれは自然分布じゃなくて、人間の経済活動によっておそらく非意図的に持ち込まれた外来種である(例えば、植木を持ってくるときに土についてきた、とか)。日本国内の移動だから、「国内外来種」だ。
本当にうんざりするほど大量に採れるのと、外来種でもあり、アズキガイは僕の中で今や駄貝・雑貝の一つになり下がっている。対馬で採った標本もどこへやったかなあ。
「たくさん採れるから駄貝」という評価は、形を愛でる生き物屋としてはどうかと思う自分もいるのだけれど、どうしてもテンションが下がるこの気持ちにウソはつけないよね?


つづく

【バックナンバー】
序章 魅せられて10年
1話 陸貝を愛でるために知っておきたいこと
2話 カタツムリの殻をボンドで補修する話
3話 貝と似て非なるもの
4話 カタツムリはどこにいる?
5話 ナメクジを飼ってその美しさに気がついた
6話 幸せの黄色いナメクジ
7話 オカモノアラガイはカタツムリ
8話 カタツムリの上手な見つけ方
9話 貝屋の見る夢