職業柄、カタツムリやナメクジを加熱することがある。
熱した個体から立ちのぼるのは、浜焼きのすごくいい香り。
そのとき僕は「彼らは間違いなく貝だ」と実感する。
寄生虫を研究している僕なりに、好きな陸貝の話をしてみたい。
誰にとってもたのしい陸貝入門になるのかどうかはわからないけれど。
著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)
1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師。貝類の寄生生物を研究中。フィールドで見つけた貝をコレクションしている。著書に『カタツムリ・ナメクジの愛し方』(ベレ出版)がある。
第8話
生き物は、広い野山にまんべんなく分布しているわけではない。パッチーに分布している。その理由は生き物によって違っていて、石の裏が好きとか、ある植物の葉っぱが好き、あるいはそれしか食べられないとか、水辺の周りが好きで住んでいるとか様々だ。だから、ある生き物を探したいならその生き物が好きな条件・場所をあらかじめ知っておく必要がある。逆に言えば、初めて行くような採集場所であっても、その条件を満たすような場所を見つければ生き物を見つけることができるわけだ。これは生き物屋に必須のスキルで、慣れてくるとそういった場所を目にしただけで「その生き物がいそうだ」、と肌で感じるようになる。これを僕は、その生き物の「におい」とよんでいる。
山には悲しいかな、不法投棄されたゴミが転がっていて、結構におう。ゴミと言っても、毎週出すゴミのような生ごみではなく、壊れた家具、陶器、肥料のビニール袋とかの大きめのガラクタをイメージしてほしい。ゴミの中でも、打ち捨てられたブルーシートやプラスチック袋の裏から陸貝が特にたくさん見つかる。これは、ビニールやプラスチックが湿度を逃がさないので、その下と地面との間にできたわずかな空間が陸貝の生息に適した環境になっているからだ……と自分なりに解釈している。湿った段ボールや古くなった木製家具も割と良い。陸貝には紙や朽ち木を食べる種類が多いので、少し痛んで腐ったりしたやつが格好のエサになるんだと思う。当たり前だけど、日のガンガン照るところのゴミには陸貝が付いてない。
(上) ゴミの中から見つかったキセルガイ。(下)はその拡大図(矢印:キセルガイ)。
このため、山でゴミ捨て場を見かけたら、僕はしばらくそこに居ついて、ゴミをつついたりひっくり返したりしている。ときどき変なものが落ちていて、この間はプルタブの取れるタイプの古いスチール缶や、未開封のジュースの瓶が落ちていた。ボロボロになった人形とか、美容院のヘアカット練習用マネキンが転がっていた時は流石にヒヤリとした。そして、めくっても陸貝はいなかった。
ガードレールには結構な確率で大型のカタツムリがついている。よほど暗い場所でない限り、ガードレールに付いたカタツムリが茶色く目立つので遠くからでもよく見える。これも僕の解釈なんだけど、雑木林に設置されているガードレールがしばしば苔むしていて、夜間や雨が降ったときにカタツムリがその苔を食べに来て、日が出て気温が上がってカタツムリがそのまま休んでしまうからだと思っている。
苔が生えるようなガードレールには、カタツムリが居なくてもその食痕が十中八九ついている。これはカタツムリが近くにいることの証拠だから、その周りを丁寧に探すとカタツムリが大抵みつかる。
側溝もかなりにおう場所で、陸貝が転がり落ちて脱出途中と思われるものがよく見つかる(陸貝はコンクリートが好きだけど、側溝自体がコンクリートなので、側溝内の壁を這いながら齧っているだけかもしれない)。このため、側溝に沿って歩くとその壁を這う陸貝を効率よく見つけることができる。山道の右左の両側に側溝があるようなところでは、行きに右側、帰りに反対側、あるいは登りに左右をジグザグに見て、帰りは暗くなっているのでさっさと下山する、といった具合に、僕は必ず両サイドを確認するようにしている。
【バックナンバー】
序章 魅せられて10年
1話 陸貝を愛でるために知っておきたいこと
2話 カタツムリの殻をボンドで補修する話
3話 貝と似て非なるもの
4話 カタツムリはどこにいる?
5話 ナメクジを飼ってその美しさに気がついた
6話 幸せの黄色いナメクジ
7話 オカモノアラガイはカタツムリ