SNAIL

 

職業柄、カタツムリやナメクジを加熱することがある。

熱した個体から立ちのぼるのは、浜焼きのすごくいい香り。

そのとき僕は「彼らは間違いなく貝だ」と実感する。

寄生虫を研究している僕なりに、好きな陸貝の話をしてみたい。

誰にとってもたのしい陸貝入門になるのかどうかはわからないけれど。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員を経て、2015年から公益財団法人目黒寄生虫館研究員に着任。貝類の寄生生物を研究中。フィールドで見つけた貝をコレクションしている。

 

寄生虫を研究している僕が
カタツムリとナメクジについて
語りたいときに語ること

第7話

オカモノアラガイはカタツムリ

 文と写真 脇 司


「この貝ってカタツムリなんですか?」
オカモノアラガイという貝の寄生虫について解説会を開いていたとき、宿主の貝についてこんな質問を受けた。 このとき僕は、「オカモノアラガイは、カタツムリと呼んでも差し支えないと思いますよ……」と、ちょっと曖昧な返答をした。

◎カタツムリのイデア

オカモノアラガイは、陸で生活する貝類すなわち「陸貝」の仲間で、渦巻き状の殻をもち、伸縮自在な触覚があってその先に目が付いている。呼吸孔もあって、ちゃんと肺呼吸をする。体はやわらかく、粘液に覆われてぬめぬめしており、足で這って移動する。これらの特徴は間違いなくカタツムリそのものだ。ただし、殻が縦長で殻口が卵型に大きく開いていて、殻全体が水のしずくのような独特な形になっている。

殻全体の形は変わってるけど、場所によって大量に取れる貝故か、その殻をちゃんと収集する人は限られる。
このためオカモノアラガイは、「カタツムリ」と耳にしたときイメージするだろう「カタツムリのイデア(=おまんじゅう型の殻をもつでんでん虫)」と形が全く異なっている。この理由があって、オカモノアラガイを「カタツムリ」と呼ぶときには、僕の脳の一部が若干の抵抗を見せる。

カタツムリのイデアに近いであろう「マイマイ類」の一種、ハコネマイマイ。
同じ理由で、カタツムリと呼びにくい陸貝が結構いる。キセルガイの仲間は、殻の背が塔のように高くなった“チョココロネタイプ”で、殻の口も変わっていて、カタツムリとはとっても呼びにくい。オベリスクガイなんかは全体がすっと細長くなり先端が尖っていて、カタツムリとはもっと呼びにくい。逆に、ダイオウエンザみたいに完全にぺちゃんこに巻いたソーセージみたいな殻をもつ陸貝もいるけど、これもカタツムリとはちょっと言いにくいかもしれない。

キセルガイの1種オオトノサマギセル。殻はチョココロネでも、頭は立派なでんでん虫スタイル。
実は、「カタツムリ」は生物の分類では使われていない言葉で、生物学者御用達の『岩波生物学辞典』にも載ってない。逆に普通の国語辞典には載っていて、『集英社国語辞典』によると「かたつむり:陸生の巻き貝マイマイ類の総称。渦巻き状の殻を持ち、2対の触覚のうち大きい方の先に目がある……」となっている。「カタツムリ」の定義は、非常にフワフワしたもののようだ。結局のところ、渦巻き状のお饅頭型の殻を持つでんでん虫が「カタツムリ」と呼ばれることは多いのだろうが、オカモノアラガイをはじめとした、カタツムリと呼びにくい陸貝を「カタツムリ」と呼んでも間違いでない……僕は今のところ、そう結論づけている。
ところで、世の中には、カタツムリとナメクジの中間の陸貝が存在する。というのも、ナメクジは殻をなくす方向に進化したグループの総称だけど、進化の課程でいきなり殻がなくなったわけではない。カタツムリの殻が徐々に小さくなってやがて消失、あるいは体内にはいって見えなくなってはじめて、ナメクジと呼ばれるものができたのだ。この課程の途中にある、中途半端に殻を残した陸貝がたくさんいる。
下の写真は、関東でとれたベッコウマイマイの一種で、一般的なカタツムリと比べると殻が肉に対して小さい。これくらいの殻サイズだとカタツムリと認識できると思うけど、もっと小さな殻を持った陸貝を目にしたとき、僕はカタツムリとナメクジのどちらで認識することになるのだろう?

ベッコウマイマイの1種。普通のカタツムリよりも、殻が少し小さい。

つづく

【バックナンバー】
序章 魅せられて10年
1話 陸貝を愛でるために知っておきたいこと
2話 カタツムリの殻をボンドで補修する話
3話 貝と似て非なるもの
4話 カタツムリはどこにいる?
5話 ナメクジを飼ってその美しさに気がついた
6話 幸せの黄色いナメクジ