Parasite

 

寄生虫は気持ち悪いと思われることがほとんどだ。

しかも「あいつは寄生虫みたいだ」という言葉に尊敬の気持ちは微塵もない。

そう、寄生虫はこの世の中でかなり厳しいポジションにいるわけなのだが、

あまりにも多くの寄生虫が私たちのそばにいるので無視をするわけにもいかない。

というか、自然の中に出かけて行き、よく見てみるとこれが実に面白いのだ。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師、2022年4月から同大准教授。貝類の寄生生物をはじめ広く寄生虫を研究中。単著に『カタツムリ・ナメクジの愛し方:日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)がある。

 

あなたのそばに寄生虫

第10話

寄生虫の人生にどん詰まりはあるか

 文と絵 脇 司


皆さんは「アトランチスの謎」という横スクロールアクションのレトロゲームをご存じだろうか。
このゲームでは、プレイヤーは1面からスタートしてキャラクターを操作する。フィールド上にいくつかある扉を選んでワープして、さらに次の面に進んでゆく(選んだ扉によって飛び番になるので、1面から2面にいくとは限らない)。これを繰り返して、最終的に100面まで到達してクリアとなる。
実はこのゲームには、入ってはいけないステージがある。42面である。そこに入ると画面は真っ暗で足場がなく、ゲーム開始直後からただただ落下してミス扱いになるだけである。ミスすると42面の開始地点に戻されてまたすぐに落下するので、残機がいくつあってもゲームオーバーになる。42面に入ることは、すなわち実質的なゲーム終了となる(幼稚園のころプレイした記憶がある。歳がばれるな)。

さて寄生虫には、卵から成虫になってふたたび卵を産むまでの一生のうち、成長段階に合わせてさまざまな宿主を渡り歩くものがいる(その様子を生活史という)。その寄生虫の生活史は、「アトランチスの謎」に似ているところがある。
まず、寄生虫の卵が産まれて宿主を離れて外界に出て(1面)、広大な自然の中で最初の中間宿主(幼虫の宿主のこと)に感染して幼虫になる(2面到達)。やがてその宿主から離れて、さらに別の宿主に感染する(3面以降に進む)。その宿主は、1つ目の宿主がどの動物に食べられるかとか、最初の宿主から放出された虫体がどの動物に到達するかによって決まっていく(入る扉の選択)。寄生虫によってはこれを何回か繰り返し、次へ次へと感染する。最終的に、終宿主(成虫の宿主のこと)と呼ばれる宿主動物に感染できたとき(100面、流石に100も宿主は乗り換えないだろうが)、成虫へと発達し、産卵して次世代を残すことができる(ゲームクリア)。
さて、寄生虫の一生に「42面」はあるのだろうか。つまり、その動物に取り込まれると成虫にもなれず、別の宿主に移るチャンスも失う相手である。それはすなわち「実質的な寄生虫の死」だ。実はこれには、相当なケースが該当しているように個人的には思っているが、それらは大きく分けて2通りのパターンに分けられる。
まず1つ目は、寄生虫の能力的にまったく感染できない動物相手に食われた場合である。たとえば魚に寄生して成虫に成長するタイプの寄生虫が、幼虫時代に中間宿主としてカニを利用していたとする。幼虫はカニの体内で、魚に食われるのをずっと待っている。しかし、その感染ガニが運悪くカモメに見つかって食われた場合、その寄生虫は鳥に寄生できないのでそのままカモメの中で消化されて養分となる。このように、寄生虫の生活史に全く的外れな動物に食べられてしまうことは、一般的な「動物の捕食」と同じように、自然界の中でごくごく普通に起こっていると思われる。
2つ目は、ある宿主動物にとりこまれたとき、それなりの期間は寄生虫が生きながらえるが、どうあがいても次の宿主に行けない(と考えられる)パターンである。今回は、この2つめの例となる事例について考えてみたい。

アニサキスの場合
アニサキスの仲間は線形動物に属する細長い寄生虫で、終宿主(成虫の宿主)はクジラやイルカの仲間である。
クジラやイルカの体内で産卵し、糞と共に外に出て、海水中で孵化し、やがてオキアミに感染する。オキアミの中で第三期幼虫まで成長したアニサキスは、そのままクジラに食べられて成虫になる。あるいは、アニサキスに感染したオキアミが魚に食べられると、アニサキスは魚の体内でそのまま待機することができる。その魚がクジラやイルカに食べられることによっても、アニサキスは成虫になる。
さてここで、我々人間はアニサキスの”本来の”宿主ではない。人間が魚を漁獲して、その魚をアニサキスとともに食べたとき、人間に取り込まれたアニサキスは成虫になれない。人間の胃や腸でアニサキス症を引き起こすことがあるが、やがて自然死するか、あるいは病院で内視鏡につままれて人体から取り出されるか…いずれにせよ死亡するのみである。その人が(アニサキスが元気なうちに)クジラの口の中に飛び込んで食べられたらアニサキスは無事にクジラに感染できるのだろうが、まずありえないことである。そう、我々人間は、アニサキスにとっての「42面」なのだった…!

図1. アニサキスの生活史。終宿主は鯨類で、オキアミは中間宿主。そのまま鯨類に食べられれば成虫になれる。オキアミが魚に食べられると、その魚の中で第三期幼虫のまま成長段階が変わらない。こういった「成長段階の変わらない宿主」を待機宿主という。アニサキス症で人に腹痛も起こすので、人がアニサキスを口に入れることは、人ににとってもアニサキスにとっても不幸な事故といえよう。

マイマイサンゴムシの場合
マイマイサンゴムシは、北海道のカラスやキツネとカタツムリをその生活史で利用する。
まず、終宿主のキツネやカラスの消化管に成虫が寄生し、そこで産卵する。卵は糞と共に外に出る。その糞がエゾマイマイなどのカタツムリ(第一中間宿主・寄生虫が最初に利用する中間宿主のこと)に食べられて感染する。感染カタツムリからはセルカリアという幼虫が多数出てきて、さらに別のカタツムリ(第二中間宿主・寄生虫が2番目に利用する中間宿主のこと)に感染する。このカタツムリをカラスやキツネが食べることで、虫体は成虫へと成長する。
さてここで、かつてヒキガエルからマイマイサンゴムシの未熟な虫体(成虫になり切れていない虫)が出てきたことがある。この未熟な虫体は、第二中間宿主のカタツムリがヒキガエルに食われた際、ヒキガエルに感染しようとしてみたけれど結局うまくできなかった哀れな虫と考えられる。ヒキガエルに食われることは、マイマイサンゴムシにとって想定外で、この虫体はヒキガエルの中でやがて死んでしまうと思われる。第二中間宿主の感染カタツムリがウヨウヨいる公園に住むヒキガエルは、普段からそういったカタツムリを食べていると思われるが、そのヒキガエルの体内からこの虫が(未熟であっても)出てきた事例は極めて少ない。したがって、未熟な虫体として発見されたものは氷山の一角で、食われた後にうまく成長できずそのまま死んで消化され、ヒキガエルの養分となった無数のマイマイサンゴムシがいたのだろうと思われる。

図2. マイマイサンゴムシの生活史。終宿主はカラスやキツネで、第一中間宿主と第二中間宿主はいずれもカタツムリ。基本的に、第一中間宿主と第二中間宿主のカタツムリは違う個体となる。

ルリガイにつく吸虫の場合
ルリガイ類は、青紫色の殻をもつ美しい貝類だ。ルリガイ類は水表生物(ニューストンという)の一種で、丈夫な気泡を作ってそれを体に付けて水面に浮いている。この貝は同じくニューストンのヒドロ虫類、すなわちカツオノエボシやカツオノカンムリ、ギンカクラゲなどのクラゲ類を食べて生活している。
ルリガイ類から寄生虫が検出された事例は多い。寄生虫はいずれも吸虫というグループの寄生虫の幼虫で、成虫はシイラなどの魚に寄生することが知られている。この吸虫の幼虫は、ルリガイだけでなくカツオノエボシなどのクラゲからも検出されているので、この吸虫の幼虫はクラゲがルリガイ類に食われる際に、ルリガイに移行したものと思われる。
このルリガイ類に移行した吸虫は、その体内で生活史が終わってしまう可能性が高いとみられる。というのも、ルリガイ類が魚の餌になっているという事例を聞いたことがない(たれにも喰われない?)のだ。ルリガイ類は魚の吸虫にとって、たどり着いてはいけない「42面」となる可能性が高いと思われる。

図3. ルリガイとシイラの若い個体(写真:関根百悠)。ルリガイの殻は固いので、魚に食われた後にその胃袋の中に貝殻が残るはず。しかし、魚の消化管内容物を調べた先行研究を調べても、胃袋からルリガイが出てきた例は見当たらない。

実は次があった?クラゲの寄生虫
かつて、クラゲはあまり動物の餌になっていないと考えられていた。
さまざまな魚の胃内容物を観察して調べた研究でも、クラゲが胃から見つかったことがとても少ないのだ。
一方で、クラゲからは、いろいろな魚の寄生虫の幼虫がこれまで検出されている。このため、クラゲについた寄生虫がその後どうやって魚に感染していくのか、それとも寄生虫はクラゲの中でその生涯を閉じざるを得ないのかが謎となる。
しかし、魚の胃内容物をDNAで調べたところ、そこにクラゲを含むゼラチン質の動物がかなりの割合で含まれていたことが明らかになっている。つまり、目視による魚の消化管調査は、消化の早いクラゲ類の検出には向いていなかったということになる。
また、稚魚時代にクラゲを住処とする魚にとって、クラゲは格好の餌にもなっているようで、クラゲから魚に寄生虫が移る事例も報告されている。考えてみれば、クラゲはカニやゴカイのように隠れることはないし、貝のように固く岩にくっついていることもないし、(刺胞という毒の棘があることを我慢できれば)とても食べやすい動物であることは間違いないだろう。ということで、クラゲに付いた寄生虫は、魚に無事感染することができる可能性は高いと思われる。

図4. 海の中では、漂うクラゲを集団でついばむ魚の様子が観察されている。住処にもなりエサにもなるので、クラゲを食べることのできる魚にとってはクラゲは「お菓子の家」だ。

魚の食べ物に関する人間側の理解の解像度が上がったことで、クラゲは寄生虫の「42面」ではなく、次の宿主に移動できる宿主であることが明らかになった。上記のヒキガエルやルリガイ類についてしまった一見「どん詰まり」状態に陥った寄生虫たちも、人間側の理解が足りないだけで、自然界の中では実は無事に次の宿主に到達して生涯を全うしているのかもしれない。
ちなみに、人の中で生き残るアニサキスや、ヒキガエルの中で生き残って成虫になるマイマイサンゴムシが今後出てきた場合、その時点で新規宿主の開拓成功となる。こういった死も寄生虫にとって完全な案外無駄ではなかったりするのだ。

つづく



*併せて読みたい
脇 司著
カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑
』(ベレ出版)


当Web科学バー連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。

<バックナンバー>
第1話「この世の半分は寄生虫でできている」
第2話「そもそも『寄生』ってなんだろう?」
第3話「綱渡りのような一生」
第4話「秋の夕暮れとヒジキムシ」
第5話「外来種にまつわる寄生虫の複雑な事情」
第6話「愛しいハリガネムシが見つからない」
第7話「マンボウと僕とサナダムシ」
第8話「サカマキガイの逆襲」
第9話「吸虫界の最深レコードホルダー」