あなたのそばに寄生虫
第9話
吸虫界の最深レコードホルダー
文と写真 脇 司
深海はロマンあふれる未知の領域だ。変わった形の生き物も多く、その写真を見ているだけで僕は心が満たされる(不思議なものを見てQOLが充実するところは、寄生虫に通じるところがあるかもしれない)。
深海の生き物のうち特に深海魚は、長年の調査でいろいろな種類が明らかになってきた。世界最深記録もたびたび更新されており、2023年には水深8336mの深海からクサウオの仲間が記録されている。「深海魚」で「最深」。なんともワクワクするワードではないか。
さて、すべての動物には寄生虫が付いている。どんな極限環境でも、そこに動物がいる限り、一緒に寄生虫も生活していることになる。というわけで、深海の生き物にも寄生虫が居ることとなる。実際に、深海魚をはじめ深海生物につく寄生虫は多いのだ。
例えば下の写真(図1)は、深海で採れたキアンコウの口につく寄生虫だ(矢印)。寄生性カイアシ類という甲殻類の仲間の寄生虫で、魚の口にしっかりとくっついている。
図1. キアンコウの口腔に寄生するカイアシ類の一種(矢印)。
それからこれは(図2)、ヘリダラというソコダラ科の深海魚の消化管から出てきた吸虫だ。大きさの違う虫が2ついるが、僕が詳しく調べたところ、どちらも同じ種のようだ。

図2. ヘリダラの消化管から出てきた吸虫(扁形動物、矢印)。
吸虫の世界最深記録
ところで寄生虫の場合、深海ではどのくらいの深さから記録されているのだろう?(理論上、最深記録の水深8336mの魚にも寄生虫は付いていると思うが、今回は実際に宿主体内から虫を出したケースを話したい)。僕の好きな寄生虫のグループ「吸虫」の場合、クリル・カムチャッカ海溝の水深およそ6200mで、深海性巻貝ハナヅトガイ科の一種から吸虫が得られており、これが世界最深記録となっている(Takano et al. 2023)。
この吸虫の記録は、深海性巻貝の体内から取れたDNA情報にもとづくもので、吸虫の形態は明らかになっていない。ただし、吸虫は幼虫の宿主として貝類をよく利用するので、おそらくここで記録された吸虫は幼虫段階と思われる(図3)。
その後の僕たちの調査により、この深海性巻貝の吸虫はソコダラシンカイ吸虫(学名:
Lepidapedon oregonense)で、深海のソコダラ類に成虫が寄生する種類とわかった(Waki et al. 2024)(図4)。
相模湾の水深1000~1100mに生息していた深海魚オニヒゲ(学名:
Coelorinchus gilberti)から成虫を得て、そのDNAを調べたところ、先行研究で記録された最深記録の吸虫(幼虫)と同種とわかったのだった。
図3. ソコダラシンカイ吸虫の生活史(僕の予想)。吸虫は一般的に、その成虫が魚などの脊椎動物に寄生する。成虫が産んだ虫卵が宿主の外に出て、孵化した幼虫はまず貝類(第一中間宿主)に寄生する。その後、幼虫は貝類を離れて別の宿主(第二中間宿主:吸虫の種によって、貝類、甲殻類、ゴカイ類など、利用する宿主が異なる)に感染する。それが脊椎動物(終宿主・今回はソコダラ類)に食べられると成虫になる。ソコダラシンカイ吸虫の場合、貝類が第一中間宿主か第二中間宿主か判断できないので、2パターンの仮説が予想されることになる。

図4. 深海魚オニヒゲから得られたソコダラシンカイ吸虫(学名:Lepidapedon oregonense)。レピダペドン属の吸虫の中でも、ひときわ細長いのがこの吸虫の特徴だ。体長およそ8mm(写真:熊谷貴博士/日本文理大学)。
さて、先行研究の最深記録の水深と、オニヒゲの釣れた水深には5000mほどの落差がある。このことから、この吸虫の分布する水深帯がとても広いことがわかる。さらに、過去の文献を調べてみると、1968年に北アメリカ西のオレゴン州沖(水深およそ2800m)のソコダラ類(キタノソコダラとヒラガシラダラ)からこの吸虫が採れている。これらの魚はオニヒゲとは別属のソコダラ類だったので、この吸虫はいろいろなソコダラ類に寄生できるようだ。この記録からは同時に、この吸虫が相模湾から北アメリカ西までに生息していることも読み取れる。
こういった状況から察するに、おそらくソコダラシンカイ吸虫は深海のさまざまな環境や宿主に馴染んできたジェネラリストなのだろう。その”適応力”の高さ故に、水深6200mという深海でも生きることができたのかもしれない。
一方で、ソコダラシンカイ吸虫の生活史は完全にはわかっていない。吸虫の生活史を調べるには、この吸虫の宿主候補になりそうな動物をたくさん採って調べる必要がある。深海のさまざまな生物を根気強く集めて、丁寧に調べていくことが大切だ。
自宅でできる? 深海魚の寄生虫調査
ロマン多き深海魚の寄生虫。
実は、読者の皆さんにも自宅で気軽に調べていただける。深海の定義が200m以深なので、それよりも深いところに生活する魚はみな深海魚となる。例えばタチウオ、アオメエソ(メヒカリ)、キンメダイなど、スーパーで見かけるような魚も意外と深海魚だったりする。深海魚を1匹まるごと買って、家や学校でその内臓を調べれば、その多様な寄生虫を観察することができるだろう(
第3話 綱渡りのような一生)。深海魚の寄生虫を見て、深海で彼らが生きているようすを妄想してみるのもきっと素敵な体験になるはずだ。
つづく
【引用文献】
1. Takano, T., Fukumori, H., Kuramochi, T., & Kano, Y. (2023). Deepest digenean parasite: Molecular evidence of infection in a lower abyssal gastropod at 6,200 m. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers, 198, 104078.
2. Waki, T., Kumagai, T., & Nishino, Y. (2024). Identification of
Lepidapedon oregonense as the current world’s deepest trematode. Journal of Helminthology, 98, e38.