すべての生き物をめぐる
100の系統樹
第24話
シジミチョウ科の系統樹マンダラ
文と写真 長谷川政美
図24AIbi-1-11.シジミチョウ科の系統樹マンダラ。系統樹は文献(1,2)より。ミドリシジミ亜科とヒメシジミ亜科をそれぞれ独立の系統としているが、本当は正確な表現ではない。分子系統学からは、ヒメシジミ亜科がミドリシジミ亜科の内部に入ることが示されている(1,2)。しかし、ここで示されたすべての種について分子系統樹解析がなされたわけではないので、暫定的に2つの亜科に分けておいた。ヒメシジミ亜科の
Nacaduba kuravaと
Jamides celenoの写真は中国雲南省にて撮影。
ホウセキシジミ、
キマダラルリツバメ、
ゴイシシジミ、
クロシジミ、
ゴマシジミの画像は、それぞれリンク先の写真を使わせていただいた。本図をクリックすると拡大表示されます。
◎シジミチョウとアリの共生
シジミチョウ科にはアリと深く関わり合いながら生活しているものが多い。このようにアリと共生(一緒に生きるという意味で)しながら生きている昆虫を「好蟻性(こうぎせい)昆虫」という。
シジミチョウ科には好蟻性のものが多いが、アリとの関わり方はさまざまである。植物食の幼虫が排泄する甘い蜜をアリに与え、代わりに外敵から保護してもらうものから、アリの巣に入り込んでアリの幼虫を食べるものまでいる。
キマダラルリツバメ(
Spindasis takanonis;キマダラルリツバメ亜科)。孵化した幼虫はアリの巣に入り、アリの給餌を受けて育つ。画像はリンク先の写真を使わせていただいた(以下同様)。
キマダラルリツバメは日本に分布する美しいシジミチョウだが、後翅の尾状突起が2本ずつある。このチョウのメスはハリブトシリアゲアリ(
Crematogaster matsumurai)の巣がある樹木の枝や樹皮に卵を産む。孵化した幼虫は自分で這って、樹上にあるハリブトシリアゲアリの巣に入り、アリの給餌を受けて育つ。それに対して、幼虫は背面にある蜜腺から甘露を分泌してアリに与える(3)。
このようなシジミチョウとアリの共生関係は平和的な双利共生(双方が利益を得る共生)のようにも見えるが、キマダラルリツバメのほうに利益が偏っているようにも思われる。
幼虫がアリの行動を制御してボディーガードとしているムラサキシジミ(Narathura japonica;ミドリシジミ亜科)。
上の写真のムラサキシジミの幼虫もアリと共生関係にある。幼虫は蜜腺から甘い液体(甘露)を出してアミメアリ(
Pristomyrmex punctatus)に与え、そのかわりにアリに天敵から守ってもらう。アリはほかの動物に警戒される存在なので、アリが近くにいるとボディーガードになるのだ。これは一見シジミチョウとアリの双方に利益がある双利共生のように思われるが、実際にはシジミチョウの側に利益が偏っているのではないかという研究がある(4)。
ムラサキシジミの幼虫の出す甘露を摂取したアリは巣に戻らず幼虫の周囲にとどまって、アリを天敵から守るが、その際アリの歩行活動が減少して幼虫の近くに長くとどまり、しかもより攻撃的になるのだという。また幼虫を守っているアリの脳内物質を調べたところ、さまざまな活動を調整するドーパミンの量が減少していることが判明した。ムラサキシジミの幼虫は甘露を使ってアミメアリの行動を制御して、自分自身に奉仕するように仕向けている可能性があるのだ。
シジミチョウの幼虫にとってはアリに保護してもらうことは生き延びる上で重要だが、さまざまな食べ物が得られるアリにとっては、幼虫からもらう甘露は生きていく上で必須ではなさそうである。甘露のもつ麻薬のような作用で、幼虫はアリを引き付けているようなのである。
幼虫がアリから餌をもらって育つ
クロシジミ(
Niphanda fusca;ヒメシジミ亜科)。
上の写真のクロシジミは、コナラやクリなどの植物に卵を産むが、これらの植物にはアブラムシが集まっていてそこにはクロオオアリ(
Camponotus japonicus)がアブラムシの甘露を求めて集まっている。アブラムシにとってクロオオアリは外敵から守ってくれるボディーガードの役割を果たしていて、両者の関係は双利共生と考えられる。このような環境でクロシジミの幼虫は3齢になるまではアブラムシの出す甘露を摂取して成長する。この段階までは、クロシジミの幼虫はアブラムシに特に利益を与えているわけではなさそうなので、寄生と見ることができる。
幼虫は3齢になると、蜜腺から甘露を分泌し始めるが、クロオオアリはこの甘露が大好物で、クロシジミの幼虫を自分の巣に運び込み、その後幼虫はアリから口移しに餌を与えられるようになる。この幼虫はチョウ類一般に共通のイモムシでアリには似ていないが、オスのクロアリと同じような匂いを出す。クロオオアリはクロシジミの幼虫を自力で餌をとれない仲間のオスアリと思い込んで、餌を与え続けるのだ(5,6)。
クロシジミの幼虫が3齢になったときに分泌する甘露にはアブラムシの出す甘露にはない特別の成分が含まれていて特別にクロオオアリを惹きつける作用があるようである。また、オスアリに擬態した特別の匂いを出すなどさまざまな手段を駆使してアリの行動を制御していると考えられる。
この場合、当初は幼虫から蜜をもらうのでアリにとっても多少の利益はあるが、幼虫を巣に運び込んだあとは共生によるアリの利益はないので、偏利共生つまり寄生である。クロシジミの幼虫は匂いによってクロアリになりすまして利益を得るのである。
◎幼虫が肉食性のシジミチョウ
幼虫が肉食性の
ゴマシジミ(
Maculinea teleius;ヒメシジミ亜科)。
鱗翅目の幼虫の99%以上は植物食だが、ときには肉食性のものが見られる。そのほとんどはシジミチョウ科のものである。上の写真で示したゴマシジミの仲間であるゴマシジミ属(
Maculinea)の幼虫には肉食性のものが多い。ゴマシジミ属の幼虫は、孵化してしばらくはシソ科(Lamiaceae)の花の芽などを食べて育つが、4齢になると地面に落ちて、主にクシケアリ属(
Myrmica)のアリによってアリの巣に運ばれる。この際、幼虫は宿主となるクシケアリのものとそっくりなフェロモンを出して、アリの幼虫になりすますのだ(7)。
アリの巣の中で、ゴマシジミ属の幼虫は11~23ヶ月を過ごすことになるが、そこで2通りの行動のいずれかを採る(8)。巣の中のアリの幼虫や蛹を食べる(捕食型)か、働きアリから栄養卵(未受精卵を子供の餌として与えるもの)やアリの捕った獲物をもらう(カッコー型)。2通りの行動のどちらを採るかは、ゴマシジミ属の種によって決まっているが、カッコー型は祖先の捕食型から進化したと考えられる(9)。ちなみに上の写真のゴマシジミは、幼虫がアリの幼虫や蛹を食べる捕食型である。
このようなゴマシジミ属のクシケアリ属との寄生型の共生は、ゴマシジミ属の幼虫の最初の食草の近くに寄生すべきクシケアリ属の特定の種の巣があるなどの条件が揃わないと成り立たないものであり、現在環境変化に伴ってゴマシジミ属の多くが絶滅の危機にさらされている。
ゴイシシジミ(
Taraka haimada thalaba;アシナガシジミ亜科)。
上の写真のゴイシシジミの幼虫も完全に肉食性で、アブラムシなどを食べる。タケ科植物につくタケノアブラムシやササコナフキツノアブラムシなどを捕食する。ゴイシシジミの成虫は、アブラムシの出す甘露を摂取するが、メスはアブラムシのいるところに卵を生む。そこで生まれた幼虫はアブラムシを捕食するということで、このシジミチョウはアブラムシに大きく依存して生きている。
チョウではないが、ハワイ・マウイ島のカザリバガ科の
Hyposmocoma molluscivora (
第13話・鱗翅目の系統樹マンダラにあるキバガ上科に属する)の幼虫は、小型のカタツムリを捕食する(10)。この幼虫は吐いた糸でカタツムリを固定してから軟らかい部分を食べる。
またハワイのシャクガ科のなかには、幼虫がクモを食べるものも知られている。ハワイでは肉食性の昆虫が少ないので、そのような生態的地位を埋める進化が起こったのかもしれない。鱗翅目のなかでは肉食性のものは少ないが、条件が整えばそのようなものが進化することがあるのだ。
◎成虫で冬を越すウラギンシジミ
ウラギンシジミ(Curetis acuta;ウラギンシジミ亜科)。
日本に生息するチョウの多くは、卵か蛹の状態で寒い冬を越す。ところが上の写真のウラギンシジミは成虫で冬を越す。
第18話で、タテハチョウ科では止まるときに後ろの4本脚だけで止まるが、そのようなことはシジミチョウ科でも見られるという話をした。ただし、成虫で葉の裏などに止まって冬を越すウラギンシジミの観察によると、風の弱いときには後ろの4本脚で止まるが、風が強いときにはたたんでいた2本の前脚を伸ばして6本脚で止まる (11)。ウラギンシジミの前脚は止まるためにも使えるのだ。
春になってウラギンシジミが飛び立つと、一冬の間一つの葉の裏側にじっと止まっていた脚の跡が残っているという。その跡は4個だというので、強風の時に使った2本の前脚は補助的なものなので、あまりはっきりした跡にはならないのであろう。
◎ベニシジミのオスはどのようにしてメスを探すのか
ベニシジミ(Lycaena phlaeas;ベニシジミ亜科)。花の蜜を吸うときも翅を広げて日光浴して、体温を上げている。
単為生殖で子孫を残すことのできない動物では、オスとメスがどのようにして出会うかはとても重要である。多くのチョウのメスは羽化後すぐに交尾できるので、食草の周辺に羽化したばかりのメスがいる可能性が高く、オスはその周辺を探索するのが効率的である。
ベニシジミの幼虫は主にタデ科の植物を食草にするが、ベニシジミのメスは羽化後2~4日たってから交尾するので、オスは食草の周辺を探索しても無駄である。メスは交尾可能になる前に飛び立って分散してしまうのだ。
交尾可能なメスと出会うためには、オスとしては広い範囲を飛び回る(探索戦術)か、メスがやってくるのを待つ(待ち伏せ戦術)かの2つの配偶戦術が可能である。チョウは飛んでいる間に体が冷やされるので、探索戦術は天気のよい日しか使えない。チョウは変温動物だから、日光浴して体温を高めないと飛べないのである。
一方、天気の悪い日は待ち伏せ戦術しか使えないことになるが、オスが飛べないということはメスもなかなか飛んでこないことを意味する。従って可能性は低いが、たまたまメスが飛んでくればオスはちゃんと飛び立って追いかけるのだという(12)。天気が悪くてメスが飛んできそうもない日でも、オスは辛抱強く待ち伏せしているのだ。
今回で鱗翅目は終わりにし、次回からは昆虫綱のほかの目について順次系統樹マンダラを展開していくことにする。
つづく
【引用文献】
1. Espeland, M., Breinholt, J., Willmott, K.R., et al. (2018) A comparative and dated phylogenomic analysis of butterflies.
Curr. Biol. 28, 770–778.
2. Pierce, N.E., Dankowicz, E. (2022) Behavioral, ecological and evolutionary mechanisms underlying caterpillar-ant symbioses.
Curr. Opinion Insect Sci. 52, 100898.
3. 山口進(1988)『五麗蝶譜:シジミチョウとアリの共棲』講談社.
4. Hojo, M.K., Pierce, N.E., Tsuji, K. (2015) Lycaenid caterpillar secretions manipulate attendant ant behavior.
Curr. Biol. 25, 2260–2264.
5. Hojo, M.K., Wada-Katsumata, A., Akino, T., et al. (2009) Chemical disguise as particular caste of host ants in the ant inquiline parasite
Niphanda fusca (Lepidoptera: Lycaenidae).
Proc. Roy. Soc. B276, 551–558.
6.
北條賢(2010)アリと共に生きるチョウ
7. Akino, T., Knapp, J.J., Thomas, J.A., Elmes, G.W. (1999) Chemical mimicry and host specificity in the butterfly
Maculinea rebeli, a social parasite of
Myrmica ant colonies.
Proc. Roy. Soc. B266, 1419-1426.
8. Thomas, J.A., Schönrogge, K. (2019) Conservation of co-evolved interactions: understanding the
Maculinea–
Myrmica complex.
Insect Conserv.
Div.12 (6), 459-466.
9. Als, T.D., Vila, R., Kandul, N.P., et al. (2004) The evolution of alternative parasitic life histories in large blue butterflies.
Nature 432, 386–389.
10. Rubinoff, D., Haines, W.P. (2005) Web-spinning caterpillar stalks snails.
Science 309 (5734), 575.
11. 高柳芳恵(1999)『わたしの研究・葉の裏で冬を生きぬくチョウ』偕成社.
12. 井出純哉(2022)ベニシジミの配偶行動:雌雄双方の立場から.『チョウの行動生態学』井出純哉編、pp. 127-145、北隆館.