EARTH

 

あなたは、巨大地震が来ると思っていますか?

来ると思う人は、備えができていますか?

来ないと思う人は、その根拠がありますか?

地球の内部って、思ったより複雑なんだけど、

思ったよりも規則性があると私は考えているんですよ。



著者プロフィール
後藤忠徳(ごとう ただのり)

大阪生まれ、京都育ち。奈良学園を卒業後、神戸大学理学部地球惑星科学科入学。学生時代に個性的な先生・先輩たちの毒気に当てられて(?)研究に目覚める。同大学院修士課程修了後、京都大学大学院博士後期課程単位取得退学。博士(理学)。横須賀の海洋科学技術センター(JAMSTEC)の研究員、京都大学大学院工学研究科准教授を経て、2019年から兵庫県立大学大学院生命理学研究科教授。光の届かない地下を電磁気を使って照らしだし、海底下の巨大地震発生域のイメージ化、石油・天然ガスなどの海底資源の新しい探査法の確立をめざして奮闘中。著書に『海の授業』(幻冬舎)、『地底の科学』(ベレ出版)がある。個人ブログ「海の研究者」は、地球やエネルギーにまつわる話題を扱い評判に。趣味は、バイクとお酒(!)と美術鑑賞。

 

知識ゼロから学ぶ

地底のふしぎ

 

第16話

火山噴火予知は可能か?(4)

文と絵 後藤忠徳

火山噴火シリーズの第4回目、今回は御嶽山での噴火のナゾに迫ります。なぜこの噴火は予知できなかったのか? 噴火の様子を詳しく見ていくと、最近多発する自然災害に共通する「ある特徴」が浮かび上がってきます。

◎地震活動は活発になっていたが…

前回ご紹介したように、噴火前には火山の直下で地震活動が活発になります。今回の御嶽山の噴火でも同様でした。図1には、2014年9月の地震活動の様子が示されています。御嶽山の山頂付近(赤い丸で囲んだ部分)の地震活動は7月や8月にはほとんど見られなかったのに、9月には急に活発になりました。

図1. 2014年9月1日~30日の御嶽山周辺での地震活動の様子。左上:水平面(四角は各機関の地震観測点)、右上、:南北断面、左下、東西断面に地震の震源を投影(円)。各円の大きさはマグニチュードを、また各円の色は震源の深さを示す。
名古屋大学によるwww.seis.nagoya-u.ac.jp/SEIS/ontake2014/ontake2014A-j.html

もっと長い期間の地震活動も見てみましょう。図2には2007年から2014年の噴火直後までの地震活動の様子が示されています。この図からも、御嶽山の山頂直下では長いあいだ地震活動は見られなかったのに、2014年9月に入ると活発化している様子が認められます。

図2.2007年~2014年噴火直後(9月27日)までの地震活動の様子。左上:水平面、左下、東西断面に地震の震源を投影(円)。右上:縦軸に南北位置、横軸に発生時刻を取り、震源を投影(円)。白い円は2006年12月1日~2014年7月31日、黒い円は2014年8月1日~9月27日に発生した地震。火山噴火予知連絡会資料より(注1)。

「地震活動に異常があったのに、なぜ火山噴火を予見できなかったのか?」 気象庁や火山学者を批判する声は、一般の市民からだけでなく、著名な大学教授からも上がりました。しかし火山の中の「実態」はそれほど単純ではなかったのです。まず噴火前の地震活動をもっと詳しく見てみましょう。

図3. 御嶽山での火山性地震の日別発生回数(2014年8月1日~9月28日12時(速報値含む))。火山噴火予知連絡会資料を一部改変(注1)。A型・BH型・BL型は火山性地震のタイプを示しており、震源の深さはA型では1~10km程度、B型では1km程度。
図3は、8月~9月の御嶽山直下での地震発生回数をグラフにしたものです。地震活動は9月に入ってから盛んになり、9月10日から11日にかけてピークを迎えます(1日あたり85回発生)。しかしその後、地震の発生回数は徐々に減少していきます。地震活動が再び増加するのは噴火の約10分前です。9月27日11時41分頃から火山性微動が発生し、11時52分に噴火に至ります。地震活動はその後増加し、9月27日だけで350回を越える火山性地震が観測されました。
これでは地震の増加が、いつ噴火に結びつくかは判断ができません。しかも過去の事例と比較しても、今回の地震活動の増加が「大規模な噴火に至る前触れだ」とは思われませんでした。
実は、御嶽山は2007年に噴火しています(注2)。ごく小規模な噴火でしたが、その時の一日あたりの地震発生回数は130回を越えており、起きる深さもごく浅く(山頂の地下1km程度)なっていました。さらに、火山が膨らむような地殻変動も観測されていました(注1)。

◎判断を誤った理由

では今回の噴火ではどうだったか? 図3に示したように、9月上旬~中旬の地震発生数は1日あたり85回が最高値でした。また異常な地殻変動も観測されていませんでした。これでは「ごく小規模」な噴火にすら至らないと判断するのが普通でしょう。実際、気象庁は御嶽山噴火に先立つ9月16日に「2007年の火口の内側やそのすぐ近くでは、少量の火山灰などが噴出するかもしれませんから、注意して下さい」と発表していました。大規模な噴火に至る科学的な異常はなかったのです。
これが誤りであったことは、皆さんご存知のとおりです。どこに誤りがあったのか? よく言われていることは「御嶽山では噴火の記録が少なかった」ためです。小規模な噴火を除くと、1979年に中規模な噴火があったことは知られていますが、それ以前の噴火の記録が見当りません。1979年の噴火の際には「死火山大爆発」というような見出しが新聞に載ったくらいです(前回お話したように、死火山・休火山という分類はその後見直されることになります)。
最近の調査結果では、1000年に平均1回程度の噴火を起こしていたようですが、いまも詳しくは分かっていないのです。これでは過去のデータと照らしあわせて噴火予知をすることは難しいでしょう(言い換えれば、これまでに噴火予知に成功してきた火山では、噴火の頻度が高く、種々の記録が充実していたことが幸いしたと言えます)。

図4.原動力による噴火の3分類。小山真人氏(静岡大学)による。
https://twitter.com/usa_hakase/status/529558002169163777/

◎判断を難しくした噴火のタイプ

今回の噴火の「タイプ」も、噴火予知を難しくしました。噴火のメカニズムには大きく分けて3種類あります。まずは、(1) 水蒸気噴火(図4左、水蒸気爆発とも言われます)。地下水を含む地層(帯水層と言います)とマグマは直接触れませんが、地下水がマグマに熱せられて水蒸気になり、噴火を引き起こします。次は、(2) 水蒸気マグマ噴火(図4中、マグマ水蒸気爆発とも言われます)。これはマグマと地下水が直接触れ合って、水蒸気が大量に発生することにより噴火を引き起こすタイプです。このとき、マグマ本体も細かく壊れるので、水蒸気とマグマの欠片が火口から一緒に噴き出してきます。そして (3)マグマ噴火(図4右)。マグマ自体が山頂直下まで上がってくる際に、マグマの中で火山ガスが発生し、この圧力が噴火を引き起こします。今回の御嶽山の噴火では、火山灰中に新しいマグマの欠片は含まれていませんでした。つまり(1)の「水蒸気噴火」が起きたのだと考えられています(図5)。

図5.2014年9月27日の御嶽山の噴火の様子。噴気は水蒸気が主体であるため、白色の噴煙が上がっている。 朝日新聞デジタル版より(https://www.youtube.com/watch?v=Gyl_6wv-JBY)。

水蒸気噴火は、火山噴火の予知が一番難しいタイプの噴火です。水蒸気マグマ噴火やマグマ噴火の場合は、マグマ本体が地下の浅くまで上昇してくるために、地震活動が明らかに変化し、大きな地殻変動も発生するのですが、水蒸気噴火の場合はその度合が小さいことが知られています。御嶽山は、火山噴火の記録が少なく、地震・地殻変動の異常が比較的出づらい水蒸気噴火を繰り返している火山なのです。

◎噴火の規模は小さかったが…

今回の噴火の予知と被害を考える際に、もう一つ重要な点があります。噴火の規模です。今回の噴火は大噴火ではありませんでした。東京大学や産業総合研究所の試算によりますと、火山灰などの総量は41万~145万トンに上るそうです(注3)。この量は三宅島での2000年の噴火時の総噴出量の数十分の1程度であり、1900~1995年の雲仙普賢岳の噴火時の数百分の1に過ぎません。さらに第13話でお話したような巨大噴火と比べるとごくごく小さな規模になってしまいます。例えば、第15話で取り上げました姶良カルデラ(前回書き忘れましたが「アイラカルデラ」と読みます)の場合と比べると、100万分の1の噴出量にとどまっています。
しかしながら戦後最悪の火山災害となった理由は、噴火時の火口付近に多くの人がいたためだ、と言えるでしょう。7合目まではロープウェイや自家用車で登ることができる御嶽山。紅葉の時期であり、多くの登山客で賑わっていた。小規模な噴火でも被害が出るのは当然でしょう。予知の難しい小規模な自然災害であっても、人間の生活圏のほど近い場所で発生すれば被害は甚大ですし、予測をせねばならないのです。
火山噴火予知は地震予知よりも実現可能性は高いと言われています(私もそう思っています)。前回お話したような地震活動や地殻変動の異常を検出しやすいからです。一方、小さな地震が大被害を起こすケースは稀ですが、小さな噴火は大きな被害を引き起こしました。

◎2014年に起きた「災害」の共通点

2014年は御嶽山の噴火以外にもさまざまな災害が日本を襲いました。例えば2014年8月、広島市で大規模な土砂災害が発生しました。死者は74名、全壊家屋は130軒以上に上りました。しかし今思えば、この災害と御嶽山の噴火災害には共通点があります。
広島での被害が大きかった理由のひとつは、局地的かつ猛烈な大雨だと言われています。幅の狭い地域に急速に発達する雨雲を捉えることは、中国・四国地方全域に広がるような大規模でゆっくりとした雲の動きを捉えるよりもずっと難しいでしょう。また地質や地形の影響も被害の有無に大きく影響します。被害を受けた地域は「扇状地」といって、度重なる土石流によって作られた傾斜地でした。しかし同じようにみえる傾斜地でも、被害を受けた地域は谷間に集中していて、少し離れた地域は被災していません(注4)。また大きな土砂崩れが起きていても人家が近くになく、人的な被害が発生していない地域もあるようです。
広島の豪雨、土砂災害、御嶽山の火山災害、これらに共通する事は「自然災害そのものは小さいかもしれないが、人的被害が大きい」という特徴です。そして規模が小さいがゆえに災害発生を予知することが難しいという状況も似ています。小さな自然災害であっても、それをいち早く捉えて人的被害を最小限に食い止める。そのような努力が21世紀も(いや、人間の進出域が広がった21世紀にこそ?)必要となっています。
火山噴火のお話に戻りましょう。では、どうすれば「小さな火山噴火」を事前に予知できるのでしょう。次回に続きます。


注1:火山噴火予知連絡会拡大幹事会資料(平成26年9月28日)http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/CCPVE/
shiryo/kakudai140928/kakudai140928_no01.pdf


注2:御嶽山での有史以降の火山活動 http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/312_Ontakesan/312_history.html


注3:「御嶽山噴火、今回の特徴は…火口付近に厚い灰 日本火山学会で最新報告」
(朝日新聞デジタル版、2014年11月6日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S11440516.html


注4:平成26年(2014年)8月豪雨による被害状況に関する情報(国土地理院)。
http://www.gsi.go.jp/BOUSAI/h26-0816heavyrain-index.html
「空中写真による写真判読図」を参照。


つづく

【バックナンバー】
第1話 世界一深い穴でもまだ浅いのだ
第2話 「マグニチュード9.0」ってなに?
第3話 マグニチュードがだんだん増える?
第4話 地震計は命を救う
第5話 地震科学は失敗ばかり?
第6話 地中の埋蔵金の探し方(1)
第7話 想定外と想像内の狭間で(1)
第8話 想定外と想像内の狭間で(2)
第9話 想定外と想像内の狭間で(3)
第10話 想定外と想像内の狭間で(4)
第11話 地中の埋蔵金の探し方(2)
第12話 地中の埋蔵金の探し方(3)
第13話 火山噴火予知は可能か?(1)
第14話 火山噴火予知は可能か?(2)
第15話 火山噴火予知は可能か?(3)