あなたは、巨大地震が来ると思っていますか?
来ると思う人は、備えができていますか?
来ないと思う人は、その根拠がありますか?
地球の内部って、思ったより複雑なんだけど、
思ったよりも規則性があると私は考えているんですよ。
著者プロフィール
後藤忠徳(ごとう ただのり)
大阪生まれ、京都育ち。奈良学園を卒業後、神戸大学理学部地球惑星科学科入学。学生時代に個性的な先生・先輩たちの毒気に当てられて(?)研究に目覚める。同大学院修士課程修了後、京都大学大学院博士後期課程単位取得退学。博士(理学)。横須賀の海洋科学技術センター(JAMSTEC)の研究員、京都大学大学院工学研究科准教授を経て、2019年から兵庫県立大学大学院生命理学研究科教授。光の届かない地下を電磁気を使って照らしだし、海底下の巨大地震発生域のイメージ化、石油・天然ガスなどの海底資源の新しい探査法の確立をめざして奮闘中。著書に『海の授業』(幻冬舎)、『地底の科学』(ベレ出版)がある。個人ブログ「海の研究者」は、地球やエネルギーにまつわる話題を扱い評判に。趣味は、バイクとお酒(!)と美術鑑賞。
「日本の科学技術レベルの高さを示すものを何か挙げて下さい」と言われたら、何を思い浮かべますか? 2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授のiPS細胞でしょうか? ASIMOのような二本足で歩く人型ロボット? あるいは新幹線や有人潜水調査船「しんかい6500」を思い起こす方もおられるでしょう。ここでは乗り物繋がりで「宇宙船」を例に上げましょう。といっても人間が中に乗り込めるような大きさではありません。宇宙を旅して他の惑星を探査する無人の衛星、宇宙探査機です。
日本はこれまでに沢山の宇宙探査機を作り、ロケットで打ち上げてきました。その中でも忘れられないのは、火星探査機「のぞみ」です(図1の上)。
「のぞみ」の名前をご存じない方も多いでしょう。1998年に打ち上げられた火星探査機「のぞみ」は1999年に火星に到着する予定でしたが、打ち上げから約5か月後に深刻な機器トラブルに見舞われます。このままでは火星に辿りつけない。そこで宇宙科学研究所(いまの宇宙航空研究開発機構、通称JAXA)の科学者・技術者たちは知恵を振り絞り、「のぞみ」を火星へ届ける方法を編み出します。努力の結果、予定から5年遅れの2004年頃に火星に到着できる見込みとなりましたが、残念ながら2003年7月に通信途絶。度重なるトラブルを乗り越えてきた「のぞみ」は結局、火星にたどり着くことはできませんでした。
火星探査機「のぞみ」は失敗に終わりましたが、5年以上に及ぶ探査機の運用、極限状態でのトラブルへの対応、そして諦めずに火星を目指した科学者・技術者たちの執念は新たな形で実ります。それが小惑星探査機「はやぶさ」です(図1の下)。
2003年5月、「はやぶさ」は小惑星イトカワを目指します。小惑星イトカワへの到着は2005年。しかし「はやぶさ」もその後、多数のトラブルに見舞われます。窮地を救ったのは「のぞみ」での数多くの経験でした。
2010年、苦難の末に「はやぶさ」は地球へと帰還します(本体は燃え尽き、小惑星サンプルを入れたカプセルのみが帰還しました)。「はやぶさ」の名は感動とともに日本人の記憶に深く刻まれました。しかしその影には「のぞみ」の失敗があったのです。
さて、宇宙から地球に話を戻しましょう。前回の本連載では「緊急地震速報」についてお話ししました。地震の際の大きな揺れがやってくる前に「揺れるよ!」と教えてくれるこのシステムも、日本が世界に誇る科学技術の結晶です。
ただし、緊急地震速報はいわゆる「地震予知」ではありません。地震の発生前に出されるわけではなく、地震発生後に速いスピードでやってくるP波(グラッ)と遅いスピードでやってくるS波(ユサユサ!)の時間差を利用して、警報を出す。これが緊急地震速報の仕組みです。見方を変えれば、震源が陸地に近くてP波とS波の到達時間の差が小さい場合、大きな揺れが来た後に緊急地震速報が出されるケースもあるのです(図2)。
緊急地震速報が間に合わなかった例として、陸地の下で起きた2008 年岩手・宮城内陸地震(マグニチュード7.2)が知られています。仙台市では緊急地震速報は間に合いましたが、震度6強を観測した岩手県奥州市では緊急地震速報は間に合いませんでした。奥州市は震源に近すぎたのです。“震源から遠い地域では間に合うが、震源近くの激震地では間に合わない”、これが緊急地震速報の抱えるジレンマなのです。
ただしこのとき、仙台市も震度5強の揺れに襲われています。広い範囲が大きく揺れる巨大地震の場合、震源から離れた地域では緊急地震速報は役立ちます。また、沿岸から遠く離れた地域で起きる地震についても緊急地震速報の効果は大きいです(図3:この図は前回も登場)。
ところで、なぜP波は地中を速く伝わり、S波はゆっくり伝わるのか? その理由をご存知でしょうか? まずはP波とS波の違いを見てみましょう(図4)。
地震の波の特性を利用した緊急地震速報ですが、誤報も時々あります。例えば2014年5月の地震(マグニチュード6.0)では東京で震度5弱が観測されましたが、緊急地震速報は発表されませんでした。これとは逆に、2006年伊豆半島東方沖の地震の際に気象庁は最大震度7という速報を出しましたが、実際の最大震度は4でした。
緊急地震速報だけでなく、地震科学については予測を誤ることがしばしばで、お世辞にも完成された科学技術とは言えません。しかし科学者・技術者たちはそれらの原因を一つひとつ解明しています。
例えば、前述の2014年5月の地震の際に緊急地震速報が出されなかった原因は、震源の深さは約160kmと深く、震度をうまく推定できなかったためのようです。また、2006年の伊豆半島東方沖の地震のケースでは、震度予測のプログラムにミスがあったことと、直前に小さな地震が発生したことの2つが原因でした。
これらの問題点はすでに解決済み、あるいは修正が試みられています。原因を探って失敗を減らす努力をする様子は、火星探査機「のぞみ」の失敗を糧に「はやぶさ」を成功に導いた様と似ています。緊急地震速報の改善だけではありません。ここ20年のあいだ、地震科学は多数の地震の事前予測に失敗しましたが、これを糧にしてさまざまな新発見を成し遂げています。新しい発見の中から、地震発生の事前情報をどのように抽出し、どのように市民に伝えればよいか? そのような研究も進みつつあります。
…とはいうものの、巷からは「宇宙探査と比べてもらっちゃ困る! 地震の場合は人の命がかかっているんだ! 失敗など許されない!」というお叱りの声が聞こえてきます。あるいは「緊急地震速報で“あと10秒で大きな揺れが来ます”と言われたってどうすればいいの?」と困惑されている方々も多いでしょう。またいくら精度が上がっても、緊急地震速報が間に合わない地域は今後もでてくるでしょう。
日本人の生活にあまりにも密接な地震科学には、そのような厳しい意見があることは当然ですし、科学者たちも重々承知しています。本連載でも近いうちにそのようなテーマを扱いたいと思います。まずは地震発生の予測について、地震学者は2011年の地震の前にどう考えていたか? 2011年の地震の後はどう考えているか? などからお話したいと思います。
最後に日本の科学技術の話に戻しましょう。日本発のテクノロジーは海外でも活躍しています。例えば家電製品。あるいは新幹線。小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されたイオンエンジン(プラズマ状イオンを噴射するタイプのロケットエンジン)も、海外の衛星へ採用される可能性大です。
そして日本の緊急地震速報もいま、世界中から注目されています。そもそも緊急地震速報はアメリカが元祖で、カリフォルニアでは古くから試験運用がなされていますが、本格的な運用には至っていません。メキシコ・トルコ・ルーマニアでは緊急地震速報が運用されていますが、特定の都市に限られています。国全体をカバーする緊急地震速報を持つ国は、日本と台湾のみです(注1)。
東日本大震災を契機に、ヨーロッパ・アジア・南米の各国が緊急地震速報の導入を検討したり、導入を始めたりしています。日本の緊急地震速報がこれらの国に輸出されるかもしれません。「メイド・イン・ジャパン」が日本だけでなく世界の人達を災害から救う、そんな日が来ることを夢見て、科学者・技術者たちは今日も地震との果てなき戦いを続けているのです。
注1:ちなみに台湾の緊急地震速報の警報音には、日本のアニメやゲームのテーマ曲が使われているそうです。本当でしょうか?
【バックナンバー】
第1話 世界一深い穴でもまだ浅いのだ
第2話 「マグニチュード9.0」ってなに?
第3話 マグニチュードがだんだん増える?
第4話 地震計は命を救う