Creature

 

870万種ともいわれる地球上の多様な生き物たち。

まだ私たちはそのごく一部しか知らないが、

実に多くのことが明らかにされてきてもいる。

進化生物学者である著者が、

世界中で長年撮りためた貴重な写真と文章で

思いのままに「生き物」を語る。



著者プロフィール
長谷川政美(はせがわ まさみ)

1944年生まれ。進化生物学者。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『分子系統学』(岸野洋久氏との共著)『DNAに刻まれたヒトの歴史』(共に岩波書店)、『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』(ベレ出版)、『世界でいちばん美しい進化の教室』(監修、三才ブックス)、『共生微生物からみた新しい進化学』(海鳴社)、『進化38億年の偶然と必然』(国書刊行会)など多数。進化に関する論文多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。全編監修を務める「系統樹マンダラ」シリーズ・ポスターの制作チームが2020年度日本進化学会・教育啓発賞、2021年度日本動物学会・動物学教育賞を受賞。

 

進化の目で見る生き物たち


第13話

光を求めて

文と写真 長谷川政美


植物は水と二酸化炭素から光のエネルギーを使って糖類を合成し、その副産物として酸素を放出する。これを「光合成」というが、植物のこの働きが、地球上のほとんどの生き物の生活を支えている。光合成を進めるためには、植物は太陽の光を浴びなければならない。
最初に陸上に進出した植物であるコケ類は、地面を覆うように育つことによって光を確保した(図13-1)。ところがほかの植物に覆われると光を浴びられなくなってしまうので、地面から立ち上がって垂直方向に伸びることによる太陽光をめぐる競争が激化した(図13-2)。しかし、コケ類では垂直方向にあまり高く伸びることはできない。

図13-1 地面を覆うヒメジャゴケ(Conocephalum japonicum;ゼニゴケ植物門)。

図13-2 ハイゴケ(Hypnum plumaeforme)とコスギゴケ(Pogonatum inflexum)。どちらもマゴケ植物門。ふだんは地面を這うように覆うハイゴケが、コスギゴケが光を遮るように伸びてくると、このように垂直方向に伸びることがある。

コケ類以外の現生の陸上植物を「維管束植物(Tracheophyta)」という。これにはシダ植物と種子植物が含まれる。維管束は重力に逆らって植物体を立ち上がらせ、植物体全体に水や栄養を運ぶ。これによって、植物は高く伸びて大型化できるようになった。
維管束植物が進化しなかったら、陸上生物の世界はほとんど平面的なものだったに違いない。地下では三次元的な豊かな世界が開けたかもしれないが、高い樹木の出現によって、はじめて昆虫や鳥類が空を飛ぶ意味が生まれ、陸上で三次元の豊かな生態系が生まれたのである。またヒトを含む霊長類の進化も、高い樹木が作る森林の発展によってはじめて可能になった。
大型化した樹木が集まって森を作ると、てっぺんの樹冠だけが十分な光を浴びられるようになる。樹冠が重なってしまうと、下のほうの枝は枯れてしまい、それぞれの樹冠がなわばりのように重ならないように樹冠平面の分割が起こる(図13-3)(1)。これを「クラウン・シャイネス」という。

図13-3 77年生のスギ(Cryptomeria japonica)の樹冠(1980年、東京大学千葉演習林にて)。このように樹冠が互いに重ならないようになっている様子をクラウン・シャイネス(シャイな樹冠)という。もっときれいなクラウン・シャイネスは、橘みちこ氏のブログで見ることができる。

クラウン・シャイネスができる原因には、樹冠が重なると光合成できなくなって、陰になった枝が枯れてしまうというだけではなく、風で枝同士が衝突することによって隙間ができるということもある。
実はそれだけではなく、枝をこれ以上伸ばしても無駄だと学んだ樹木が、樹冠の成長を止めてしまうということもあるらしい。化学物質などを通じた樹木同士のコミュニケーションによって、ぶつかる前に樹冠の成長を止めている可能性さえあるという(2)。まさに、「遠慮深い樹冠」クラウン・シャイネスである。

◎絞め殺しの木

最初は地面を這うように広がっていた植物は、ほかの植物との競争を通じて光を求めて垂直に伸びるようになった。
この中で、イチジク属(Ficus)の植物には特異な生き方をするものがいる。いわゆる「絞め殺しの木」と呼ばれるものである。ツルを伸ばしてほかの木に巻きつき、最終的にその木を締め付けて 枯らしてしまうのだ。
鳥やコウモリが食べたイチジクの果実の種子が糞として木の枝の上などに落ちると、そこで発芽して根を伸ばす。根は急速に枝分かれして太くなり、樹木に巻きつきながら伸びて地面に到達し、その後地面からの水分・養分と太陽の光でどんどん太くなる。イチジクに巻きつかれた樹木はこうして水分や栄養の循環を阻害されて枯れてしまうことが多い(図13-4a, b)。これは樹高の高い熱帯雨林などで植物が素早く光の当たる環境(樹冠)を獲得するための特性である。

図13-4a タブノキ(Machilus thunbergii;クスノキ科)に絡みつくアコウ(Ficus superba; クワ科;2008年3月7日、屋久島にて)。

図13-4b イチジク属(Ficus)の「絞め殺しの木」。図13-4aのようにして絞め殺された木が枯れて空洞になっている(2006年6月29日、中国雲南省シーサンパンナにて)。

またイチジク属の木には、枝から気根が伸びるものが多い。気根は地面に到達すると本当の根になり、それまで気根だったものは根の生えた幹のように太くなる。一本の木にたくさんの幹ができることになり、一本の木がまるで林を作っているように見えるのである(図13-5a、b)。

図13-5a この公園には何本もの木が生えているように見えるが、実は全体で一本のイチジク属(Ficus)の木なのである(2010年5月13日、ハワイ・マウイ島にて)。最初一本の幹から伸びた木の枝からたくさんの気根と呼ばれるものが伸びてくる(図13-5b)。気根が地面に到達するとそこから本当の根が地中に伸び、以前の気根は根の生えた幹のように太くなる。そのようなことで、一本の木であるにもかかわらず、たくさんの幹ができることになる。

図13-5b これは図13-5aと同じ木だが、たくさんの気根が垂れ下がっているのが見える。これが地面に到達すると、地中に根が伸び、気根は幹のように太くなる。

◎高くそびえる巨木の起源

このように太陽の光を求めて樹木は高くそびえるようになった。本連載の第3話ではバオバブの巨木を紹介したが、日本にも樹高30メートル、幹周り16メートルにも達する屋久島の縄文杉などの巨木が多い(図13-6)。さらに、アメリカ・カリフォルニアのレッドウッド海岸にあるセコイア(Sequoia sempervirens)のなかには、樹高が100メートルを超えるものがたくさんある(3)。

図13-6 屋久島の「縄文杉」と名づけられたスギ(Cryptomeria japonica;2016年11月11日)。幹周りは16m、樹高は30m。樹齢はおよそ3000年と推定される。

巨大な樹木が垂直に伸びるためには、それを支えるための強固な幹が必要であるが、現在の樹木ではリグニンが幹の強度の基になっている。この物質は、光合成によって合成された糖から二次的に作られる三次元網目構造をもつ巨大高分子であり、木質を形成する。
植物がリグニンを合成するようになったのが、シルル紀(4億4400万年前~4億1900万年前)の後期であり、こうして巨木が誕生する基盤が整えられた。次のデボン紀(4億1900万年前~3億5900万年前)には高くそびえた巨木の森が誕生した。デボン紀とそれに続く石炭紀(3億5900万年前~2億9900万年前)には陸地は巨木の森で覆われるようになったのである。
リグニンで強化された幹をもった巨木は、石炭紀には40メートルもの高さに達していた。そのような巨木もいずれ寿命がくれば枯れて倒れてしまう。ところがその当時の生物の中にはリグニンを分解できるものがいなかった。リグニンはセルロースなどと結合して存在するが、そのような状態ではセルロースも分解できなかった。そのため、倒木が分解されることなく、そのまま地中に埋没して石炭になったのである。「石炭紀」という名前はこのことからきている。
このような状況は生態的に大きな問題を引き起こした。植物は光合成を行なうことによって二酸化炭素を消費して酸素を放出する。逆に動物や菌類などが植物を分解する過程で酸素が消費されて二酸化炭素が放出される。ところがこの分解過程が働かないために、大気中に酸素がどんどんたまっていった。デボン紀の中頃から石炭紀を通じて、大気中の酸素濃度は上昇を続けた。
翅を広げると70センチメートル以上にもなるメガネウラ (Meganeura)というトンボが石炭紀末のおよそ3億年前に出現したのは、このような高い酸素濃度によるものであった。現在日本のトンボの中で一番大きなオニヤンマでさえ、翅を広げて10センチメートル程度だから、メガネウラがいかに大きかったかがわかる。現在の大気中の酸素分圧の割合は21%だが、石炭紀に続くペルム紀(2億9900万年前~2億5200万年前)にはそれが30%にも達した。
酸素濃度の上昇は、動物が活発に活動するためにはよいことであるが、生態系全体としては深刻な問題であった。巨木が分解されないということは、物質が循環しなくなるということである。酸素が増えて二酸化炭素が少なくなるということは、光合成の原料が少なくなるのだから、植物にとっても問題である。また、温室効果ガスである二酸化炭素が少なく、酸素が多いということで、寒冷化が進んだ。
この状況を一転させたのが、次回紹介するリグニンを分解できる菌類の進化であった。
つづく


【引用文献】
1. 長谷川政美、種村正美(1986)『なわばりの生態学』東海大学出版会.
2. 「木々の隙間は「社会的距離戦略」かもしれない」(ナショナルジオグラフィック、2020.07.09
3. 巨木の森と生きる.ナショナルジオグラフィック、2009年10月号、pp.38-77.




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ブックデザイン:西田美千子
イラスト:ちえちひろ
編集:畠山泰英(科学バー/キウイラボ)


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編集:畠山泰英(科学バー/キウイラボ)





<バックナンバー>
第1話「コウモリの自然史」
第2話「特異なコウモリ『アブラコウモリ』」
第3話「海流と生き物の分布」
第4話「海を越えた動物の移住」
第5話「ヒグマの自然史」
第6話「クマ科の進化」
第7話「動物の長距離移動」
第8話「スズメ目の進化」
第9話「イヌの起源」
第10話「ウマの起源」
第11話「ネコの起源」
第12話「動物のからだの模様の形成」
第13話「光を求めて」
第14話「酸素濃度の極端な増減」
第15話「木材を食べるタマムシ」
第16話「木材を食べる動物たち」
第17話「物質循環をあやつる小さな生き物」
第18話「退化と中立進化」
第19話「目的なき性選択」
第20話「鳥が飛べるようになったのは性選択のため?」
第21話「音楽の起源」
第22話「節足動物の進化」
第23話「オスとメスの出会い」
第24話「無慈悲なハチと慈悲深いハチ」
第25話「チョウとガの進化」
第26話「遺存種」
第27話「植物の遺存種」
第28話「クジラの進化」
第29話「思い出に残る生き物たち」
第30話「ネアンデルタール人との出会いに思いを馳せる」