めざすは南極、しかも冷た〜い湖の底。
なぜ行くのか? それは珍しい生き物がいるから!
世界一深いマリアナ海溝の高画質撮影を成功に導いた、
若き水中ロボット工学者が、南極大陸の地を踏み、
過酷な現地調査に同行することになったのだが…。
著者プロフィール
後藤慎平(ごとう しんぺい)
大阪生まれ。筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。民間企業、海洋研究開発機構を経て、東京海洋大学助教。専門は深海探査機の開発、運用。2014年から生物研究にまつわる海洋機器開発に取り組み、2018年には南極の湖底に生息するコケボウズを水中ロボットで撮影する、世界初のミッションを成し遂げた。雑誌「トラ技 jr」にて「深海のエレクトロニクス」を連載中。
いろいろ小さなトラブルはあったものの、大きなトラブルもなく南極生活がスタートした。一夜明けて翌日(12月21日)は、朝から物資整理の続きと翌日からの調査に向けた準備が行われた。物資は大井ふ頭での積み込みの時点で、梱包数100個を超えており、さらにNHKの取材クルーの機材や「しらせ」で配布された野外糧食を入れると、200個近いダンボールやコンテナが小屋の前に置かれた状態であった。そのため、とにかく自分の物資を探すのにも一苦労する。そんな状態では作業効率が悪いのと、日本から送った着替えや観測機器などの確認を兼ねて整理を行うのだ。
食糧は到着した時点である程度は仕分けを行っている。特に冷凍品は、いくら南極といえど外気温では少々危ない。きざはし浜小屋には採取したサンプルを保管する小さな冷凍庫があるので、肉や魚などの腐りやすい物はそこに入れ、野菜などはクーラーボックスに入れて小屋の日陰に置いておく。
外気温が常に冷蔵庫くらいの温度であるため、直射日光を避ければ屋外でも十分に保存ができる。配布された食糧には、缶詰やインスタント麺、飲料、非常用のドライフーズなどもあるが、これらは腐ることがないので種類ごとに分けて小屋の脇に置いておく。飲料やビールなどは、冷やさなくても常に飲み頃なのだ。
しかし、気をつけなければいけないのが前にもお話しした直射日光である。南極の上空にはご存知の「オゾンホール」が存在し、日本に比べて大量の紫外線が降り注ぐ。そのため、日焼け止めをしていないと一発で南国バカンスを楽しんだような良い焼け具合になるのだが、度を過ぎると火傷のように皮膚がただれるほど紫外線がキツイ。
日中でも外気温は冷蔵庫くらいの気温であるが、天気が良く風のない日はあまり寒さを感じないほど暖かい。風のない日に太陽に背を向けてじっとしていると、遠赤外線の治療を受けているような気分にさえなる。慢性肩こりの私にとっては持参した低周波治療器よりも効果的であった。
だが、この強烈な南極の太陽は人だけではなく野外に置いてある物資や食料にも悪影響を与えることがある。野菜などの生鮮食品が腐ってしまうのはもちろんのこと、外装や保存容器も劣化してしまう。日本で南極に運ぶ物資を準備している段階で、予め衣装ケースのようなコンテナはあっという間に劣化してバリバリに割れてしまうという話は聞いていた。そのため、自分の物資はキャンプなどで使用する屋外用コンテナに入れて持って行っていた。
しかし、そこで驚いたのが、赤の油性マジックで書いたラベルが1週間ほどで消えてしまうということだった。同じようなコンテナと同じ絵柄のダンボールが200個近くもあると、どこに何が入っているのか分からなくなるため、養生テープなどにマジックで「探査機」「予備パーツ」「私物」などを記載して貼り付ける。その際、重要な物は一目で見分けがつくように赤のマジックで書いたのだが、いざ、そのコンテナを使うときになって探しても見つからなかったのである。
「おかしいなぁ~赤のマジックで書いたのになぁ~」
置いてあった付近のコンテナの上面を1つひとつ見て回ると、緑の養生テープにうっすらと「消耗品」の消えかかった文字が目に留まった。そう、紫外線で赤色が消えてしまっていたのだ。
「まさか!?」
と思い、再び赤と黒のマジックで同じように「消耗品」と書いてしばらく放置してみたら、やはり1週間も経たない内に赤のマジックで書いた方は消えかかっていた。恐るべき南極の紫外線・・・。
南極2日目(12月22日)は朝から晴れて良い天気だが、午後には崩れてくるという予報だった。この天気予報は、昭和基地に設置されている気象台に毎年交代でやってくる気象庁の職員が担当している。天気予報は、毎日夜8時の定時交信の際に各野外観測チームに伝えられ、翌日の行動予定を立てる。
天気は一度崩れると回復するまでに何日もかかることもあり、調査はもちろんヘリコプターの支援もストップする。そうなるとベースキャンプを離れて調査に出るチームは、何日間も調査地でビバークを余儀なくされるため、調査日数+αで食料や物資を持って行かなければならない。
つまり、昭和基地で活動する人はもちろん、基地から遠く離れた野外観測チームにとっても気象予報は最も重要かつ毎日気になる情報なのだ。
つづきは書籍『深海ロボット、南極へ行く』(後藤慎平著、太郎次郎社エディタス)をご覧ください。